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Restless Sleep Disorderとは何か ~ICSD-3TRでも触れられている小児の睡眠疾患~

朝から疲れている、昼間に眠い、そんな子で夜中の寝相が激しい場合、ひょっとしたらその子は restless sleep disorder なのかもしれません。

もともと、この疾患を扱った演題発表を昨年(2023年)の睡眠学会定期学術集会に出そうとしていたのですが、諸事情からお蔵入りとなりました。

せっかく集めた資料を埋もれさせることが残念なので、自分の勉強がてら、まとめを作って置いておくことにします。


要点

  • Restless sleep disorderとは、小児における睡眠中の大きな動きを特徴とする疾患である。

  • 2018年から提唱されるようになったかなり新しい疾患概念だが、2023年に発刊された睡眠障害国際分類の最新版にもこの疾患に触れている記載があり広く認知されつつある。

  • 治療法としては鉄補充が効果的であるとされている。

  • この疾患について解明が進み認知が広がることによって、睡眠の問題で困る人を減らせるかもしれない。



1.      どのような疾患か

Restless sleep disorder (以下RSD)という名前をよく見て見ましょう。まず、restless という言葉には、「落ち着きがない」「休まない」「動き続ける」という意味があります。Restless sleep となると、「落ち着きのない睡眠」、「動き回る睡眠」というニュアンスになります。すなわち、restless sleep disorderとは「眠りながらも動き続ける病気」ということです。眠っている最中にも体が大きく動き続けることによって昼間の疲労感や眠気が生じるのではないかという疾患概念で、この数年、主に米国で小児睡眠の先生たちが提唱しています。現在提案されている診断基準は小児(6歳から18歳)のみを対象としており、その他の年齢層については今後の研究が待たれます。

2.      どのような動きが問題なのか

では、具体的には睡眠中のどのような動きが問題となるのでしょうか。
カリフォルニア大学のDelRosso先生が提唱したRSDの診断基準を見てみましょう (1) 。

私によるつたない訳ですが、だいたいこのような具合です。

AからHすべてを満たすこと
A.     「落ち着きのない睡眠」の訴えが、患者の親、保護者、ベッドパートナー、もしくは患者本人からある。
B.     落ち着きのない睡眠は、全身、もしくは四肢、両腕、両脚、頭の大筋群による運動を伴う。
C.    その運動は、睡眠中もしくは眠っていると見える時に起きる。
D.    ビデオ終夜ポリグラフィによる解析では、1時間あたり5回以上のtotal movement indexが見られる。
E.     落ち着きのない睡眠は、少なくとも週に3回は生じる。
F.     落ち着きのない睡眠は、少なくとも過去3カ月間続いている。
G.    落ち着きのない睡眠は、行動学的、教育的、学問的、社会的、職業的、あるいは他の重要な分野の機能において臨床的に明らかな機能障害を引き起こしていることが、患者の親、保護者、ベッドパートナー、もしくは患者本人によって報告される(例:日中の眠気、苛立ち、疲労感、気分障害、集中力低下、衝動性)。
H.    この状態の説明できるよりふさわしい睡眠疾患、内科疾患、精神疾患、行動障害、環境要因(例:睡眠呼吸障害、むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害、睡眠関連律動性運動障害、不眠症、アトピー性皮膚炎、てんかん等)や、物質による生理的な影響(例:カフェイン)がない。

補助的な所見
(1)  睡眠中の大きな体動は、典型的には一晩中生じる。
(2)  寝付くまでに時間がかかることは少ない。

メモ:これらの基準は、6歳から18歳の小児および思春期のRSDを診断することを意図されている。将来的な研究によっては、さらに年少の小児や成人に対してこの基準を使用することが可能となるかもしれない。

DelRosso LM et al. Consensus diagnostic criteria for a newly defined pediatric sleep disorder: restless sleep disorder (RSD). Sleep Med. 2020;75:335-40.

というわけでざっくりまとめると睡眠中の症状としては「全身、もしくは腕、脚、頭が眠りながら大きく動いており、頻度としては1時間に5回以上、ほとんどの日に起こることが続いている」ということです。

ではそれがどのような問題につながるのか。診断基準のGをもう一度見てみましょう。

行動学的、教育的、学問的、社会的、職業的、あるいは他の重要な分野の機能において臨床的に明らかな機能障害を引き起こしている(中略)(例:日中の眠気、苛立ち、疲労感、気分障害、集中力低下、衝動性)。

つまり,日中の症状としては、日中の眠気、苛立ち、疲労感、気分障害、集中力低下、衝動性が認められるということです。一般的に睡眠不足であったり睡眠の質が低下したりする際にみられる症状ですね。

3.      似ている他の病気との違い

RSDとむずむず脚症候群 (restless legs syndrome)とは、名前だけでなく、睡眠に関連した運動障害であることや、どちらも鉄欠乏が原因の一部となっているらしいところが共通しています。
違いとしては、むずむず脚症候群の診断のためには必須である、脚などを「動かしたい」という衝動が、RSDの場合には欠けていなければならないというところだと思われます。

周期性四肢運動障害とRSDに関しては、いずれも睡眠中に体が動くという点では共通していますが、周期性四肢運動の場合はRSDよりも動きが小刻みで頻繁、かつ規則的であるというところが大きな違いです。

4.      なぜ動くのか

RSDと診断される子どもたちがなぜ眠りながらよく動くのかは、まだはっきりと解明されていません。ただ、後述するように、患児には鉄欠乏(貧血を伴わない場合も含まれる)が生じている傾向があると報告されています。例えば、最初にRSDを提唱した DelRossoらの論文によると、RSDがある子15人のフェリチン値の平均は20.8 ng/ml, RLSのある子15人の平均が30.3ng/mlです(2)。(なお、フェリチンの単位が文献によってng/mlだったりμg/lだったりしますが、数学的には同じ意味です。日本ではng/mlが使われることが一般的であるようです)。 
鉄の補充によりRSDの症状が改善すると報告されており (3)、鉄欠乏が影響している病態である可能性が高そうです。同様に鉄不足が症状を引き起こすむずむず脚症候群の場合は、脳の鉄不足によりドパミン作動系の機能障害が出て運動障害につながるのではないかと推測されており(4)、RSDの場合も同じような機序が背景にあるのではないかと言われています。

ただし、ここは個人的な推測ですが、鉄欠乏のある小児であっても、RSDを発症する割合は決して高くないのではないかと思われます。
鉄欠乏の極端な場合に鉄欠乏性貧血を発症するわけですが、その鉄欠乏性貧血ですら有病率が米国の思春期女子だと2%、日本の小児の10~15%には軽度の貧血が見られるということで(5)、まあまあ多いのです。もしそのみんなが睡眠中にどたばた動いていたとしたら、RSDは今頃とっくに有名な病気となっていたことでしょう。RSD発症に関しては、鉄欠乏以外の素因が何かあるものと思われ、今後の研究が待たれます。

ちなみに睡眠専門医療機関に紹介された小児の中ではRSDの有病率は7.7%だったという研究があります (6)。睡眠専門医療機関を受診する小児だと一般人口よりも何かしら睡眠の問題を抱えている可能性が高いことを考えると、一般人口における有病率はさらに低くなることでしょう。

なお、夜間に動いている子がみんなRSDかと言うとそれもまた違うようで、ADHDの特性がある子66人を対象とした調査で、保護者から見てrestlessな(落ち着きのない)睡眠である子が81.1%と高率だったものの、終夜睡眠ポリグラフィなどの精密検査を経てRSDの診断基準を満たしたのはわずか9.1%だったという研究があります(6)。つまり、この疾患の診断には、終夜睡眠ポリグラフィが必要ということです。

なお、終夜睡眠ポリグラフィのデータがあっても、既存のAASMによるスコアリングマニュアルはRSDに対応していません。
生データを自分で解析してRSDを診断してみようという方は、こちらの文献を参考にされるのが良いと思います。
Ferri R, DelRosso LM, Provini F, Stefani A, Walters AS, Picchietti DL. Scoring of large muscle group movements during sleep: an International Restless Legs Syndrome Study Group position statement. Sleep. 2021;44(9). (7)

5.      治療法は

RSDの治療法はまだ確立していませんが、鉄を補充することによって症状が改善したケースが多いと報告されています(3)。ただし、経口の鉄剤を投与しても、体内の鉄在庫の指標であるフェリチン値が治療前から10μg/L以上上がらなかったnon-responder (無反応者)が半数近くおり、さらにフェリチン値が10μg/L以上増えたresponder(反応者)であっても症状が改善した人の割合は73.9%ということで、症状がある人全員を改善させられるというわけにもいかないようです。

RSDについての論文にも言及されているように(9)、睡眠障害の治療として行われる鉄補充に関して、ほとんどの研究はむずむず脚症候群 に関するものです。International RLS Study Groupというむずむず脚症候群に関する国際的なワーキンググループは、鉄不足が疑われる大人のむずむず脚症候群患者に対しては積極的に鉄補充を行うことを推奨しています。小児のむずむず脚症候群患者に対しては、鉄補充をすべきというエビデンスが大人の場合ほどはないという状況のようですが、血清フェリチン値が50μg/Lを下回っているむずむず脚症候群の小児に関しては、鉄補充を行うことがエキスパートコンセンサスとして推奨されています(10)。RSDの患者さんに対する鉄補充の基準も、当面はこれに準じることになるのではないかと思われます。

鉄補充の方法としては、経口の鉄剤よりも静脈注射の方がフェリチン値が上昇し症状の改善度合いも大きいという報告があります(9)。
しかし、本邦でむずむず脚症候群の小児患者を多く診ている小児科医の先生が、RLSの治療として子どもに鉄剤の静脈注射を行ったことはないと発言しているのを聞いたことがあります。私自身も行ったことはありません。内服薬を処方するよりもだいぶハードルの高い治療法であるという感覚があります。

6.      RSDの睡眠障害国際分類における位置づけ

ここから先はおまけとして、RSDの睡眠医学界における現時点での位置づけを説明します。

睡眠医学の分野において最もよく用いられている睡眠障害国際分類(International Classification of Sleep Disorders: ICSD)におけるRSDについての記載を見てみましょう。2024年5月現在、日本語版が入手可能なのは2014年に出された第3版まで、そこにはまだRSDのことは書かれていません。それもそのはず、初めてこの疾患概念が提唱されたのは2018年のことです。

“restless sleep disorder”というフレーズでPubmedを検索した結果(2024年3月31日)

ちなみに、その2018年にrestless sleep disorder を最初に扱った論文 “Restless sleep disorder in children: a pilot study on a tentative new diagnostic category.”(2)を書いたのが、米国カリフォルニア大学のDelRosso先生です。この先生は以降精力的に、RSDについての論文を発表し続けます。2024年5月3日現在Pubmedでヒットするrestless sleep disorderについての論文31本中22本はDelRosso先生を著者に入れているほどです。

さて、2023年にICSDの新しい版が米国で発刊されました。ICSD-3 -TRです。TRとはtext revisionの略で、日本語で言えばテキスト改訂版というところでしょうか。なぜICSD-4にならなかったのかというと、ICSD-3-TRの前書きによると、そこまで徹底的な書き直しは必要ないと判断されたからということのようです。ICSD-2から3の間にはかなり抜本的に変更があり疾患によっては枠組みから診断基準が作り変えられていましたが、3と3-TRの間は枠組について基本的に変更はなく、最近の知見を盛り込んで診断基準の細かいところを変更したり記載を充実させたりしているようです。

このICSD-3-TRに、ほんの6行ですが、restless sleep disorderについての記載があります。かいつまんで訳すとこんな感じの内容です。(全文を知りたい方は、Amecian Academy of Sleep Medicine のオンラインストアから購入できます)

・ Restless sleep disorderは、6歳から18歳の子どもについて最近提唱された病気である。
・ 落ち着きのない睡眠が特徴で、ビデオ監視下の終夜睡眠ポリグラフィでは1時間あたり5回以上の大きな体動が睡眠中にみられる。
・ むずむず脚症候群と異なり、脚を動かしたいという衝動はない。
・ 病理学的な機序ははっきりしていないが、鉄の補充によって症状が改善するところからは、むずむず脚症候群と何か関係があるのかもしれない。

というわけで、先ほど説明した診断基準の要約版という趣です。
これは、小児におけるむずむず脚症候群の鑑別疾患の一つとしての説明であり、RSDが正式に睡眠障害国際分類に収載されたというわけではまだありません。正式に収載される場合はきちんとスペースをとって診断基準が記載されるので、まだその手前の段階といったところですね。とは言え無視されているわけでもなく、最近出てきたばかりの疾患概念にしては存在感を示しつつあるという状況に見えます。

7.      個人的な感想

RSDは、ICSD-3-TRで触れられるようにはなったもののまだ提唱されて日の浅い疾患であり、研究にあたっている人もかなり限られている、要はマイナーな睡眠医学の中でもまだまだマイナーな概念です。

にもかかわらず今回のnoteにまとめてみたいと思ったのは、RSDについて知る人が増えることによって、睡眠で困っている人を減らせる可能性があるのではないかと思ったからです。

私は日頃、日中の眠気が強くて困っている子どもや大人をたくさん診療しています。その中には詳しい検査をおこなっても睡眠時間やリズムを調べても、どうにも眠気の原因がはっきりしない人も少なくありません。原因がはっきりしない場合は、眠気の治療にも難渋することが多いです。そして原因もはっきりせず強い眠気が続くというのは、学校生活や仕事を行う上で本人も周囲も困るしストレスフルなことです(診察する医者としてももちろんストレスを覚えます)。

もし、これまで「原因がはっきりとしない眠気」「原因のわからない疲れる睡眠」としかわからなかった人たちの中に、ごく少数であってもRSDの人が含まれているとしたら、それに対して適切な診断と治療を行うことによって、これまでよりもたくさんの人を助けられるようになるのかもしれません。
その数は決して多くはないかもしれないし、RSDという病気自体、睡眠の病気のひとつとして定着するかどうかもまだはっきりとはわかりません。けれども、この疾患概念をあてはめることによって、睡眠に困っている人を少しでも減らせるかもしれないなら、現時点でわかっていることを日本語でまとめておく価値はあるかもしれないと考えました。

8.      おわりに

もっとライトなネタも書きたいけどその前に、喉に引っかかる小骨のように意識にひっかかっているRSDについて学んだことをアウトプットしておこうと書き出したら、思いの外長くなり時間がかかりました…。次回はもっと軽いものを短期間で出したいと思います。

ここまで読んでくださった方は、ありがとうございました。

参考文献

1. DelRosso LM, Ferri R, Allen RP, Bruni O, Garcia-Borreguero D, Kotagal S, et al. Consensus diagnostic criteria for a newly defined pediatric sleep disorder: restless sleep disorder (RSD). Sleep Med. 2020;75:335-40.
2. DelRosso LM, Bruni O, Ferri R. Restless sleep disorder in children: a pilot study on a tentative new diagnostic category. Sleep. 2018;41(8)
3. DelRosso LM, Yi T, Chan JHM, Wrede JE, Lockhart CT, Ferri R. Determinants of ferritin response to oral iron supplementation in children with sleep movement disorders. Sleep. 2020;43(3).
4. Earley CJ, Jones BC, Ferre S. Brain-iron deficiency models of restless legs syndrome. Exp Neurol. 2022;356:114158.
5. 加藤 陽. 2.小児と思春期の鉄欠乏性貧血. 日本内科学会雑誌. 2010;99(6):1201-6.
6. DelRosso LM, Ferri R. The prevalence of restless sleep disorder among a clinical sample of children and adolescents referred to a sleep centre. J Sleep Res. 2019;28(6):e12870.
7. Kapoor V, Ferri R, Stein MA, Ruth C, Reed J, DelRosso LM. Restless sleep disorder in children with attention-deficit/hyperactivity disorder. J Clin Sleep Med. 2021;17(4):639-43.
8. Ferri R, DelRosso LM, Provini F, Stefani A, Walters AS, Picchietti DL. Scoring of large muscle group movements during sleep: an International Restless Legs Syndrome Study Group position statement. Sleep. 2021;44(9).
9. DelRosso LM, Picchietti DL, Ferri R. Comparison between oral ferrous sulfate and intravenous ferric carboxymaltose in children with restless sleep disorder. Sleep. 2021;44(2).
10. Allen RP, Picchietti DL, Auerbach M, Cho YW, Connor JR, Earley CJ, et al. Evidence-based and consensus clinical practice guidelines for the iron treatment of restless legs syndrome/Willis-Ekbom disease in adults and children: an IRLSSG task force report. Sleep Med. 2018;41:27-44.

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