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北欧歌曲リサイタル:スウェーデン語のシベリウス

先日、スウェーデン歌曲のランチタイム・リサイタルに行きました。

スウェーデン出身のソプラノ歌手で、NZのオークランド大学で教鞭をとられるカトリン・ジョンソンさん。声量はオペラ歌手には及びませんが、リート歌手としては素晴らしい歌い手でした。ピアノ伴奏はレイチェル・フラーさんで、最初の民謡ではチェロさえも弾かれました。

5月11日のコンサートから

Dear Old Stockholm

リサイタルは、よく知られたスウェーデン民謡で始まりました。

Ack Värmeland du sköna(麗しのヴァルムランド)という哀愁たっぷりの心に残る唄。

でも英語名はDear Old Stockholm 。ジャズ・スタンダードとして知られています。

原題のヴァルムランド Värmeland は、首都ストックホルムの西500キロに位置するのですが、なぜだかこう呼ばれています。

世界的にはヴァルムランドなんてほとんど知られてはいませんからね。でも誰もが知る大都市ストックホルムの名前を冠することで、世界的に知られる名歌となりました。

Google Mapより。隣国ノルウィ国境に隣接しているのがヴァルムランド群。

往年のスウェーデンが誇る不世出の名テナー、ユッシ・ビョルリング (1911-1960)の歌唱でどうぞ。

ジャズ版はスウェーデンの名ジャズボーカリスト、モニカ・ゼタールンド (1937-2005) はいかがでしょうか。彼女は1964年にビル・エヴァンスと一緒に「ワルツ・フォー・デビイ」を歌い、一世を風靡しました。

器楽演奏では、ジョン・コルトレーンの演奏が広く知られています。マイルス・デイヴィスのトランペット演奏も大変に美しい。

スウェーデンのクラシック音楽作曲家

Dear Old Stockholmは民謡。残念ながらスウェーデンのクラシック作曲家の音楽はクラシック音楽の世界では全くマイナー。

隣国ノルウェー、デンマーク、フィンランドは著名な世界的作曲家を持ちますが、その意味でスウェーデンは少し残念なのです。グリーグやニールセンやシベリウスに匹敵する大作曲家をスウェーデンは生み出しませんでした。どこか大音楽消費地である、作曲家不毛の英国に似ていなくもありません。

しかしながら、スウェーデンは北欧の文化大国。音楽活動は盛んで、現代では数多くの名演奏家を輩出しています。

前述のビョルリング、後述の二ルソンやオッター。世界的な指揮者のヘルベルト・ブロムステットもスウェーデン出身です。

古典作曲家では、先日紹介した「スウェーデンのモーツァルト」ヨーゼフ・マルティン・クラウスやアルヴェーンなど、知る人ぞ知る作曲家は存在します。

コンサートでもアルヴェーンの歌曲を一曲だけ聴くことができました。とてもロマンティックな名歌、「ぼくはきみにあこがれる」作品28-5。

ところで、隣国フィンランドの大作曲家ジャン・シベリウス (1865-1967) の母語がスウェーデン語だったというのはご存知でしょうか?

わたしはこの伝記を読むまではそうした事実を知りませんでした。ベートーヴェン同様にワイン大好きで中毒になるほどだったなど、あまり知られぬ作曲家の別の顔を知ることができます。

 
フィンランドという国は、大国スウェーデンとロシアの間に位置して、政治的に緩衝国としてお互いの大国の支配に長い間甘んじてきた国。

18世紀にはスウェーデン、19世紀にはロシアに隷属を強いられて苦しみました。19世紀のフィンランドはフィンランド語ではなく、スウェーデン語が公用語で、1865年生まれのシベリウスはフィンランドを長年にわたって支配していたスウェーデンのスウェーデン語で育ったのです。

出世作となった作品9の「エン・サガ」という交響詩の題名はスウェーデン語。伝説という意味。「エン・サガ」はフルトヴェングラーやトスカニーニといった伝説の大指揮者が演奏会でしばしば取り上げたほどの作品。

つまり、以上のような事情から、シベリウスの数々の歌曲にはフィンランド語の詩に音楽が付けられたもの以外に、スウェーデン語の詩やドイツ語の詩のものがたくさんあるのです。

シベリウスのスウェーデン歌曲

ソプラノ歌手さんはわたしの名前の知らないスウェーデンの作曲家たちの作品の中に、数曲、フィンランドのシベリウス作曲のスウェーデン語歌曲も含めてくれました。

フィンランド人ヴェクセル Joseph Wecksell (1838-1907) の書いたスウェーデン語の詩によるものです。

そのうちの一曲、数あるシベリウス歌曲の中でも最も人気の高い「3月の雪の上のダイヤモンド Demanten på marssnön 作品36-6」をご紹介いたします。

この曲を実演で聴いたのは今回が初めてのことでした。

わたしが聴いた実演はピアノ伴奏版でしたが、作曲家は後に管弦楽版さえも作り上げています。シベリウスにとっても自信作なのでしょうね。とても素敵な歌です。

 吹き溜まりの雪の上できらめいている
一つのダイヤモンドが清らかだ。
どんな涙も、真珠も
これほど見事に輝いたことはなかった。

密やかな憧れをもって
とても素敵な輝きを放っている。
彼女は太陽に眼差しを向け
そこで登ってゆく美しい陽光とまみえる。

太陽の光線の足下に
彼女は祈るように立っている。
そして愛をこめて口づけをし
涙となって溶けてゆく。

おお、愛の運命の美しいこと
愛は至高の生命を与える。
太陽の光の中で輝き、
そして、太陽が一番美しく微笑むときに死ぬとは。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S403.htm

春を待ち焦がれる土地に降り積もった雪の上に煌めく陽光。それがダイアモンド。北欧らしさたっぷりの美しい詩です。

キラキラと輝く雪の輝きを表現したような華麗なピアノが素晴らしかったのですが、作曲家自身の手になる管弦楽版もまた、別の魅力があります。

ビルギッテ・二ルソンの美声

わたしが好きなスウェーデン歌手は、ヴァーグナーソプラノとして知られるビルギッテ・ニルソン (1918 – 2005)と、深い歌曲解釈で知られるメゾソプラノのアンネ・ゾフィー・オッター (1955-)。

オッターの録音はYouTubeでは見つかりませんでした。

ここではビルギッテ・二ルソンをお聴きください。二ルソンの美声は比類ないものです。

交響曲作曲家シベリウスは、素敵なピアノ小品と同様に、こういった珠玉の名歌を幾つも書き遺してくれた作曲家でした。もっと多くの方々に聞いていただきたいです。

わたしはクラシック音楽専門ですが、アメリカのジャズのみならず、より洗練された北欧ジャズも大好きですし、我が国のJPOPにも永年親しんできました。素晴らしい音楽にジャンルの垣根はありません。

モニカもブリギッテもシベリウスもDear Old Stockholmもみんな楽しめて好きな人は、本当に音楽を愛している人なのだと私は思います。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。