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古書は病を悪化させ新本は病を産み落とす

古いカメラを引っ張り出してきてデータを抽出してみると元彼女の写真が出てきてそれを私のいないところで見た妻が夫に女装の趣味があるとは知らなかったと思うほどに私と元彼女の顔は似ているらしい。だとするとかつて私は私自身と裸で抱き合い愛し合っていたわけでそれはとても幸福なことではないかと思う。妻は夫である私とは見た目は全く似ていない。本人も知らない双生児は至る所に居る。あらゆる場所。あらゆる空間。あらゆる辻。あらゆる角に。

思えばここ最近古書店で本を探すことをしていない。私は古書とか古道具が好きで眺めるだけで喜びに満ち溢れるのであるが、どちらともずっと無縁の生活を営んでいる。そもそも30歳過ぎるまでマトモな定職に就いたことのない私が遮二無二働いてようやく人様と肩を並べることのできる給金を手にするのだ。生半可な気持ちでいては達成することのない修羅の社会である。ロボトミー手術を自らに施したマッドサイエンティストそこのけの勤勉さだ。もはや神保町にはコーヒーを飲みに行くだけで、古本など見るのも嫌である。そもそも私と古書はそんなに蜜月だったっけ。そもそもおれとお前って付き合っているの?そんな考えが浮かんでは消えた。古書店の本も古着屋の服も全部ゴミに見える。硫化水素ガスの出ている思想も含めて、全てが、要らないものでできていた。

温泉に行くと必ずまぐわう。宿の部屋に入るなりすぐにまぐわる。布団もひいていないし、温泉にも入っていない。座布団を二枚合わせて、膝が痛くなるか痛くならないかのギリギリで腰を振る。読書家の私には知らないことが多い。温泉に行くというのはまぐわる目的ではなく、癒されることが第一目標で第二目標は憩うことだ。全く、全然、まぐわる必要はないらしい。思い返せば、なるほど体力のない女性とお付き合いした場合相手がすぐ疲れるので私はまぐわることを躊躇いながらまぐわった。結局まぐわるんかい、というツッコミをあえて無視して言い切るがまぐわるために性器はついているのではないのか。君の手は誰かを救うためにあるのではないのか。さあ、永遠の恋人よ、こっちへ来てシコっておくれ。

カスタネットをなぜ貴方が持っているのかはわからないけれども、兎にも角にも貴方がカスタネットを持っていて私は貴方のヴァギナにペーニスを突っ込んでいた。貴方は言った。これは昭和時代の余興です。感じたらカスタネットを叩きます。私はガムシャラに腰を振った。汗が滝のように流れて、貴方の身体に落ちかかっている。15分以上がんばったがついにカスタネットが快音を響かせることはなかった。これで分かりましたよね、と貴方は私が射精するとさっさと服を着ながら言い放った。もう充分ですね。何もかもこれで。貴方はカスタネットを私の手に握らせる。私はその夜車を走らせて印旛沼の周囲をぐるっと回って帰って来た。カスタネットは沼に投げた。一番星がいつまでもしつこく瞬いてどこまでも追いかけてくる。

元彼女の写真は全て強制的に削除された。私が元彼女というとこの世でただ一人で貴女のことである。私は妻と仲がいいし給料の高い仕事にも就いたし人生が楽しい。だが、元彼女との性交渉だけは忘れ難い。私が元彼女に最後にあったのは数年前の浅草で隅田川を眺めながら、これから君と別れて僕はどうやって生きていけば良いのかわからないわけじゃないが、君との性交渉が人生から消えることに耐えられるかは予想できないと言った。事実だった。そして何年経っても元彼女とした性交渉が如何に素晴らしかったか思い出す。貴女の膣は万力のように締めてくるので私の右手の握力よりもずっと筋肉があって、しかも濡れ方が山の湧き水のように無尽蔵だった。私は妄想癖が祟って遅漏であったが、元彼女は性交渉における体力が常人の20倍はあって私が人生で2番目の男(1番目の男は理系の優男で車の中で何回かしただけだった)であることから私の口車に乗って私の無茶苦茶な性交渉に対してものともしない耐性を得たのだった。元彼女と別れた後で私は何人かの女性と性交渉をした。女性たちは悲鳴をあげて私から遠ざかっていった。私は異常者であると彼女たちは口々に罵った。当たり前だが1時間以上ハイペースでスポーツのように腰を振ると膣の感覚が死ぬのだ。元彼女は1時間以上セックスしても合間に優しい言葉をかけてくれるしどれだけ自分が感じているのか言葉にして情熱的に伝えてくれた。あらゆる女性が言うようにもう耐えられないから早くイって欲しいなどと言われたことはない。振り返れば開発されたのは元彼女ではなく私の方だったのである。私と元彼女は私の貧乏や私の性格の悪さや私の文学趣味のせいで別れざるを得なかった。果たして元彼女は私の代わりを見つけてあの稀有な才能を発揮しているのだろうか。悔しいものだ。惜しい人材を手放してしまった。大正時代であったら元彼女を別宅に住まわせて毎日番ってしまうのかもしれない。元彼女の裸は思い出せる。他の女性たちの顔は全て忘れてしまった。

あらゆる辻。あらゆる街。あらゆる膣。消えて行く記憶。それはどこにもあるようでどこにもない場所。私は戸惑いながら貴女の面影と対面しては決して消えない光に縋り付くのだった。

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