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要介護者を増やさないおふろの仕事と、要介護者を助けるおふろの仕事。

要介護の90歳の女性の入居者さんは、隔日の入浴をとても楽しみにしておられた。

今日はぼくが入浴介助の担当だ。車椅子で脱衣所までお連れして、服を脱ぐのを手伝い、浴室用の車椅子に乗りかえてもらう。あらかじめあたためておいた浴室の洗い場で、まずはシャワーで身体と頭を洗ってさしあげる。

ひととおり、洗いおわると浴槽に付属している昇降機へ移動を手伝い、座っていただく。あとはその昇降機を操作して湯船に浸かってもらうのだ。湯加減をお聞きしたら

”気持ちええわ”

とおっしゃるので、安全を確認してしばらく浴室から出て脱衣所で待機をする。

浴室から出るのは、少しでもくつろいでもらうための配慮だが、万が一に備えて気は抜けない。

スーパー銭湯の運営会社を辞して、温浴事業のコンサルタントとして独立した直後、時間に余裕があったので週末限定で介護の世界を経験した。

今までとは違うかたちでの、おふろを楽しんでいただくお手伝いであった。

入浴介助と呼ばれるその仕事をするたびに思うのは、こういった貢献の大切さと、こうはならないように貢献することはもっと大事だということだった。

銭湯に通う高齢者たち

この体験をする以前、ぼくは勤めていた会社で3つのスーパー銭湯を運営する部門の責任者として働いていた。

多い時期には、年間120万人のお客様が施設を利用していた。平均すると1店舗あたりの1日の入浴者数は1,000人をこえる。

平日の夕方までは、近隣の常連様の比率が高い。そこにはかなりの数の高齢のかたも多かった。スーパー銭湯に通ってこられるかたは皆さん、肌艶も良くお元気なかたばかりであった。

”ここで、毎日あったまるさかい病気知らずや”

”死ぬまで通うんで、よろしゅうな”

フロントでは日々お客様たちとこんな会話をしながら過ごしてきた。

そういいながらも、しばらく音沙汰のないかたは病気でもされたのかな?と心配したりもしていた。大抵は、しばらくすると元気な顔を見せてくださるのだが、そのまま姿をお見かけしないかたもおられる。

ながく運営を続ければ、それだけそういった人たちの数も増えていくわけで、仕方のないことではあるが、切なさも感じたりもしていた。

ある時、喪服を着た人たちが来店され、食事だけさせてくださいとお願いをしてこられた。その中の高齢のご婦人は見覚えのある常連のかたで、いつもご主人と二人で来店されていたかたであった。

その日はそのご主人の四十九日だったようで、息子さんたちのご家族も集まり法要をすませた帰り。ご主人が生前気に入っていた温泉で食事をしようと立ち寄ったとのことだった。

この時はそのお客様のご冥福をお祈りしながら、とても良い仕事をさせていただいていたのだなと誇りに思えた。

街なかの温浴施設は、その地域に暮らす人たちの日常に溶け込み、かよってこられる人たちの健康と幸せの日常を演出する舞台でもあるのだ。

温浴施設は、健康というキーワードから高齢者の利用が多いというイメージが高いとおもわれる。たしかに、人口統計学的にも65歳以上の利用は多い。スーパー銭湯は、土日は完全にファミリー型で年齢層は下がるが、平日は中高年の割合が逆転する。

そういった理由もあるのだと思うが、介護施設のコラボだとか、経営に進出してみないかというお誘いを頻繁に受けていたことがある。

しかし、実際は多くの健常者が利用する公衆浴場を、要介護のお年寄りが利用するのはとてもむつかしい。

時間を区切って貸し出せば良いとの話も持ちかけられるが、特定の人数に貸し出すには経費が見合わない。上述したように、要介護者の多くはマンツーマンで対応する必要のある人が多い。介護施設も、ただでさえいそがしく人員が足りていないなか、温浴施設を往復する余裕もないだろう。

ならば、敷地内に介護施設を作れば良いとの意見もあるが、とてもではないが採算が合わない。

関西の介護施設を運営するある法人が、施設の横にスーパー銭湯を建てた例がある。平日の夕方までは介護施設の利用者さんが利用し、夕方からと、土日祝を一般のお客様に解放していた。

浴室の床がビニール式の畳を敷きつめたユニークな作りで、歩くことがむつかしい人にも優しい設計になっていた。

しかし、固定経費の高いスーパー銭湯は一定数の集客がないと運営は厳しい。限られた人数しか利用しない時間であっても湯を沸かすとランニングコストもかかる。それを上回る集客を残さ時間で稼ぎだせるかが重要になってくる。

とても良い施設ではあったが、結局は一般客への解放をやめられてしまった。介護施設の入居者だけが利用する施設だとしたら、その施設はかなり贅沢な使いかただ。今、どのように運営されているのかはわからないのだが、二刀流はうまくいかない事例であったのではないだろうか。

広い湯船に身を沈め、全身を温める入浴は肉体的にも精神的にも健康によい。それが難しくなった人を介護する仕事もすばらしい仕事ではある。

ぼくとしては、やはり介護状態になるのを防ぎ、あるいは遅らせて、少しでも健康寿命を伸ばすための手段としてのおふろを提供する側の人でありたいと思っている。

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