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「君たちの学校校則はヘンじゃないですか?~『ルール!』~」【YA79】

『ルール!』 工藤 純子 著 (講談社)      2024年2月8日読了
 

“学校では男女とも白のスクールシャツを着用、下着の色は白のみ”
“靴下はくるぶしまで、ルーズソックスは禁止 色は白の無地もしくはワンポイントのもの”
“中学生らしい清潔な頭髪、パーマや染髪は禁止”
“学校外においては薬物使用・飲酒・喫煙は禁止”etc‥‥
 
各学校では必要とされて学校独自の規則…【校則】が存在していますが、内容によってはなぜ?どうしてここまで決められているのか?というような、ちょっと疑問に感じるような校則も存在しています。
 
特に厳しすぎるのではないかと思えるような校則は、中学校に多いような気がします。
 
確かに私が通っていた70年代の頃、とくに地方では多かったと思うのですが、男子は丸刈りにしないといけませんでしたし、女子の髪が長いと括るか編んでおさげにしないといけないとか…。
 
高校では、女子のスカートの長さが長くなりすぎ、生活指導の教師がものさしで地面から測ったりしていました。
 
それでも現在の方が、上記に書いたようなかなり細かい部分に及ぶ校則がしだいに増えてきたようです。
“中学生らしい”っていったいどういうことを言うのか、校則ではその肝心な部分が細かく書かれておらずあいまいで、もしかしたら指導する先生によって基準や考え方が違ってくるかもしれません。
 
そもそも下着の色まで決める必要があるのか、校外に関する生徒の行動は学校の責任になるのかなど、校則の中に組み入れるのがナンセンスに思えるものもありますが、これも人によって考え方が違うと言われればそれまでで…。非常に難しい問題ではあります。
 
なぜこれまで何も考えずに過ごしていけたのか…?
 
 
今回ご紹介するYA本は中学校が舞台で、このような校則はもちろん“スマホは原則持ち込み禁止、どうしても必要であれば理由を申告し許可を受けるが、登下校での緊急の場合を除いての使用も禁止”と言う部分で、主人公がどうしようもない立場の中スマホを使ってしまい、生活指導の教師に見つかりスマホ没収、反省文を書き職員室で読み上げるという罰則を受けてしまいます。
 
当初なぜ学校を出ていたのに先生に見つかってしまったのか疑問がわき、スマホのない不安さを覚え、反省文を職員室の多くの先生や他の生徒たちの前で読まないといけない屈辱に、戸惑い、怒りが渦巻いていきます。
 
確かに校則違反をしてしまったのは事実だけど、何かが引っかかっているのも事実。
 
主人公が所属している文芸部でも、この一連の“事件”が話題になり、他の部員も校則に悩まされていることを告白します。
元々の髪の質により頭頂部の髪がモヒカンのようになってしまい、常に生徒指導の教師に目を付けられているクラスメートの男子。
 
ドイツ人と日本人の親を持ち、中学生になって帰国しこの中学校に通うようになった1年生の男子は、生まれつき髪が明るいが、「地毛証明書」というものを提出しないといけないのが疑問だし、不満だというのです。
そもそもドイツには日本のような厳しい校則がないため、学校からの理不尽な言いがかりに怒っています。
 
もしかしたらみんな校則について、疑問に思ったり、不満に感じたりしているのではないか?
もっと生徒たちが受け入れやすいものに変えていけないものか?
 
考えれば考えるほど、我慢を強いられるほどの規則もあり、どうにもモヤモヤ感があります。
上記にあげた校則の一部は、今回ご紹介する本にも入っていますが、おそらくほとんどの中学校でも取り入れられている内容かもしれません。
 
生徒全員が同じ、誰も集団から逸脱していない状況は、管理者からすると統率させるのにすごく都合がいいものです。
本文中にもあるのですが、全てを同じに統一して管理しやすくするというのは、軍隊や囚人のように感じられ、かえって違和感もあり生きづらさを引き起こしそうです。
 
生徒にとって、あまりに理不尽で不都合で疑問に思うような校則を、時代に合わせて変えていきたいと生徒側が思ったとき、はたしてできるものなのでしょうか。

物語では、文芸部に所属する主人公たちが、学校側から「中学生の主張」という弁論大会に参加するよう要請があったところから、きっかけを作り出し、やがてはじめはなかなか賛同者が現れなかったのが、紆余曲折を乗り越えしだいに味方を引き入れていきます。

校則の変更に難色を示す教師からは、進学のための内申書に響くからと、目立った活動をしない方がいいのではという“脅し”に近い提案をされてしまうのには、物語の登場人物たちと同じように読んでいて困惑しました。
確かに3年生には辛い指摘ですよね。
 
しかしどうにかそこから教師側の意見や保護者、地域の人々の意見も考慮しながら、そして大多数の意見だけではなくて少数派の意見も丁寧に聞き入れながら、まずはできるところから始めていこうと努力していきます。
ひとりではできないことも、みんなで知恵を出し合い、一方的な主張だけを押し出さず、周りを徐々に味方にしていって成果を勝ち取ります。
 
と、こう書くととても順調にいったように感じられるかもしれませんが、実際はそんなに甘くはないこともきちんと書かれていて、単なる成功体験だけのお話ではありません。
 
自分たちの身近な問題について、主体性をもってどれだけのことが行動できるのか。
上手くいかなくても、挫折を一時は味わっても、そこからどうやって乗り越えて自分たちで考えて次につなげていけるかをこの物語では主張しているのかもしれません。
 
この数年、全国的にこの校則見直しの流れが広がっています。
以下では文科省が2022年12月に生徒指導提要の改訂を打ち出しており、この時代に沿った校則というものがもう避けられない状況になっているのは、明るいニュースと言えそうですね。


↓京都での校則見直しの早い動き


以下のように案外教員自体が疑問に思っていたのかもしれない学校も多いのではないでしょうか。


かつて生徒だった私たちは校則の厳しさを実感していても、たいして疑問を持たず、もし疑問や違和感を覚えても何も行動に移すことはしなかったでしょう。
今、以前の昭和的な事象・考え方が古くなり、世の流れとしておかしいことはおかしいとはっきり口に出して言える世の中になりつつあるように思います。
だから校則に限らず、何かしら疑問に思ったことがあれば、先生や周りの大人に尋ねたり調べたりすることで、積極的に自分たちの進む道を照らしていける方法を見つけていってほしいです。
 
何も変わらないと文句を言うだけなら誰にもできます。
でもそれだけじゃ本当に何も変わりませんよね。
何か行動をおこしてみようかなとわずかでも感じている生徒たちにとっては、勇気をもらえる本だと思います。


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