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「満天の星を眺めて前を向く~『天を掃け』~」【YA82】

『天を掃け』 黒川裕子 著 (講談社)
                           2019/09/03読了

駿馬しゅまは、親の仕事の都合で小学生時代をモンゴルで過ごしました。
相棒の馬・ハルザンとともに、草原を思いっきり走り抜けるのが大好きです。
 
しかし、親の都合でいよいよ日本に帰らなければならなくなった日の前夜、駿馬はぎらぎらと輝く満天の星の下、友達のゲンちゃんの住むゲルまで走りました。別れを告げに。
 
それから1年後、中学2年生になった駿馬は山口県の中学校で陸上部に所属しすでにいい成績を次々と残していて、期待の注目選手となっていました。
ある試合の日も新記録更新か?との触れ込みもプレッシャーを感じることもなく、ぶっちぎりで走るつもりだったのです。
が、途中で何かが切れてしまいました。
 
駿馬はアキレス腱を切り、手術を余儀なくされてしまいます。
 
手術後、彼は走ることをやめていました。
すっかりケガは治っているのに、いざ走り出そうとするとあの時の記憶が蘇ってきて走れなくなってしまうのです。
 
悩んだ駿馬は親にも言わずにこっそり医者に聞きに行くと、“イップス”だと告げられました。
 
希望が持てなくなったそのときから彼は、クラスメイトで成績が優秀な医者の息子・カガミとつるんで“ダラダラ同盟”をむすんでいました。何かに熱中するすることなく、ただ日々をなんとなくすごしているだけの二人でした。
 
何もやることがないということにどこか引け目を感じている駿馬は、ひょんなことから同級生で不登校中のすばると出会います。
 
すばるは、小高い山中の古民家で祖母と二人暮らし。
夕方になると、毎日望遠鏡を持ってヤッケを着て、丘の頂上まで行き天体を眺めています。
彼には、ある壮大な夢がありました。亡き父が追いかけていた小惑星を見つけて、名前をつけるというものです。
 
はじめは友達でもない駿馬が人懐こくくっついて来るのを嫌がっていたすばるでした。
しかし写真家の母を持つ駿馬も母から父が持っていた一昔前の望遠鏡をもらい、星を眺めることに興味を持ち始め、すばるは駿馬に星のことや天体のことを教えるはめになります。
 
そんなとき、同じ中学校の3年生女子の先輩・瑠生るいが天文クラブをたちあげるという情報が駿馬の耳に入ってきました。
 
いまだ“ダラダラ同盟”から抜けきれないカガミとともに入部した駿馬は、クラブ設立に必要な人数に一人足りないことを知り、すばるを引き込もうと考えます。
 
 
すばると駿馬たちは、はたして小惑星を見つけることが出来るのでしょうか?
後半は、いよいよ少惑星探査という大冒険をくりひろげる彼らとともに、わくわくした気分になれます。
 
 
物語は青春まっさかりの悩みや友情、夢と希望、挫折と成長…と、てんこ盛りな内容ですが上手くまとまっていて、煩雑さは感じません。
 
唯一の女子部員・瑠生に対するうぶな恋心を見出すのは駿馬だけですが、そこはさらっと、触れるか触れないかくらいの程度で、この物語の中であまり重要ではないことを示しています。
 
仕事の都合とはいえ、思春期に入るころになって親しんでいたモンゴルを離れることになり、親に対する恨みと尊敬という相反する複雑な気持ちも、丁寧に描かれています。

短距離の世界で記録を伸ばしていくことを夢見ていた彼が、突然その夢を絶たれ、何も希望すら持てずにいた中で出会った同級生とともに、星を見続けているうちにみんなとともに別の夢を持ち始めていくことに未来への明るい兆しを感じます。
出会いが駿馬に希望を与えてくれたのかもしれません。
 
星を眺めるということに、「上を向く」「まだ見ぬ果てしなく遠い場所にあるだろう惑星を見つけるという気の遠くなるような行為も、忍耐の心得を初めて持つ」ことが背後に隠されているのかもしれません。
 
もっとも日本の都会で見るのとは比べ物にならないほどの星々の美しさを際立たせるのに、導入部分のモンゴルで見上げた夜空に広がる星々が描かれていますが、それはきっと想像できないほどの美しさでしょう。
 
望遠鏡やその周辺機器に関する知識が半端なくて、すごく詳しく書いてありますが、そういう機械モノや理系に弱い私はすっ飛ばして(いや、読むには読むのですが流し読み)いくしかありません。
 
天体に関する数値的なものも「ふ~ん、そうなんだろうな…」とやや他人事で読んでしまいましたが、星や天体に興味がある人、宇宙に詳しい人達ならとても楽しく読めたでしょう。
 
それを抜きにしても、青春ものとしてはとてもおもしろく読めました。
 
 
私も細かいことはわかりませんが、星を見ること自体は好きです。
30年以上前に一度友人と、ペルセウス座流星群を見るために山の頂上へ出かけたことがありましたが、遠くにはやはり街の灯りが見えていました。それでも、遠くの灯りを無視してできるだけ暗がりで山の夜空を見上げた時は、あちこちで飛んでいく流星が見えて感激しました。
 
 
余談ですが、文中に「スターゲイザー(星をみる人)」という文言が出てきたので、同じタイトルの曲を歌うセカオワ大好きな私としては単に嬉しいのでした。
(※セカオワのライブで「スターゲイザー」を歌う時の、レーザーを駆使したライティングの演出が異世界に飛ばされていったように感じるので大好きなんです。関係ないけど…)


※私も観に行ったライブの『スターゲイザー』の時の照明が素晴らしい。
 実際に手を伸ばしたくなるように引き込まれます。
(ちなみにテレ朝の『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』にて、照明博士ちゃんが“後世に残したい舞台照明”でこのスターゲイザーの照明を紹介してくれました)

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