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UI/UXから学ぶDAW論 ⑥パターン式と“分身”

UI/UXデザインにおいて、ユーザーが製品を使う姿を具体的に想定することは重要です。場合によっては、典型的な顧客ターゲットを明確化するために、年齢や性別、趣味や性格まで作りこんだ【ペルソナ】と呼ばれる架空の人物像を用意することも。あるいはユーザーの具体的な行動や操作を順序立てて書き起こした【シナリオ】と呼ばれる文書を作成することで、UIの問題点を洗い出したりします。

前回見たDAWごとの「ハコ」の働きの違いには、まさに想定するユーザーの差、ユーザーの曲作りのシナリオの差が映し出されています。今回も、引き続きDAWの「ハコ」の仕組みについて見ていく中で、DAWごとの個性への理解を深めていきたいと思います。
前回は、スタンダードな「イベント式」と、【セッション】というパフォーマンス機能を前提にした「クリップ式」を紹介しました。今回紹介したいのはFL Studioが採用する「パターン式」。しかしその前に前提として知っておく必要のある機能があって、それがハコの“分身”を作る機能についてです。

ハコの“分身”

音楽において「反復構造」はつきものです。特にドラムなどは何周か全く同じパターンを繰り返すこともよくあるでしょう。

こちらの画像では、同じリズムを4周リピートしています。
そして、作曲の途中でフレーズを変更することも当然ありますよね。「やっぱりこのパートはまだキックは打たないでおこう」なんて風に。その時、こんな機能があったら便利ではないでしょうか? すなわち、1周目のハコからキックを消したら、残りの3周のハコからも同じようにキックが消えるという、ハコの中身を自動でリンクさせる機能です。
ケースバイケースではありますが、「ココとココは同じ演奏をリピートするぞ」と決めている時には、その方が手間が省けますよね。
実際に多くのDAWではこの機能が導入されています。その名称はDAWによって異なるんですけども、この記事ではハコの“分身”機能と総称することにします。

イベント式と“分身”

この分身機能についても、イベント式とクリップ式で差異があります。CubaseやStudio Oneでは、分身機能は「ハコの中身を共有している」ということで【共有コピー】と呼ばれます。
Cubaseでは、イベントの右端をShiftを押しながらドラッグすることで、共有コピーを作成できます。

「特殊キーを押している間だけ操作が切り替わる」のは、前々回紹介した【バネ式のモード】というものでしたね。割と上級者向けの機能なので、見えないところに隠しているわけです。
一方Studio Oneでは、右クリックメニューに「共有を複製」という項目があります。

共有コピーは、Cubaseだと「」のマーク、Studio Oneだとオバケのアイコンがついて区別されます。分身を“幽体離脱”と捉えているのか、オバケというのは可愛らしいですね(実際に英語では、共有コピーのことを“Ghost”と呼んだりします)。

ただ、共有コピーは“幽体”というより“細胞分裂”のようなもので、「コピー元」と「コピー」の区別がなく、たとえオリジナルを削除してもコピーたちは組織として連携し続けます。

さながら自我を共有したひとつの生物といったところ。この共有コピーを使いこなすことで、制作の効率アップが図れます。

Logicの場合

ちなみにLogicでは【エイリアス】という名称でこの機能がありますが、こちらはオリジナルを削除しようとすると「コピーたちが連携を失ってしまうが大丈夫か」と訊かれます。

わざわざオリジナルとコピーを区別するメリットは、なかなか思いつきません。正直なところ、【共有コピー】の方が優秀な設計と言えるでしょう。


クリップ式と“分身”

一方Ableton LiveやBitwig Studioのようなクリップ式のDAWでは、“分身”は【ループ】と呼ばれ、単にハコの右端をドラッグすれば分身が生成されるのがデフォルトの動作になっています。

イベント式DAWが【バネ式のモード】や右クリックメニューにこの機能を隠していたのに比べて、クリップ式DAWではこれを使って当然というくらい優先度が高くなっています。

これもLiveやBitwigがループミュージック向けと言われるゆえんのひとつで、短いフレーズや素材のループによる作曲を前提に考えたら、ループの操作はしやすい方が合理的と言えます。想定している曲作りの【シナリオ】が全く異なっているわけです。

逆に言うとLiveではハコの長さを変えるのに一手間かかる設計になっていて、他DAWから乗り換えた人は「ハコの長さが変えられなくて挫折」という苦渋を味わったりもします(実際に私がそうでした)。


【ループ】の特徴

【ループ】と【共有コピー】を比較するとその差は大きく、【ループ】は明確に先頭のハコがリーダーであり、コピーたちは列車のように後ろに連結することが定められていて、切り離すことができません。だからどこかを掴んでドラッグしたらば必ず“列車”全体が動きます。

これはループ全体をひとかたまりとする限りは便利ですが、一方で離れた場所に分身を配置することが出来ないという欠点を抱えているということでもあります。「1番Aメロと2番Aメロのドラムを同じにしたいから、分身を使って……」というのが不可能なんですね。

Logicの場合

ちなみに先ほど批判したLogicですが、実は【エイリアス】とは別に【ループ】の機能も備えていて、2つを使い分けられるという嬉しい特徴があります。【多機能主義】を全力で突っ走っているのがLogicといった所でしょうか。

このように、“分身”をどうシステムに組み込むかは、DAW設計の分岐点のひとつです。そしてこの“分身”を最も活用したシステムが、第三の方式、「パターン式」になります。


パターン式のDAW

「パターン式」を採用する唯一のDAWが、FL Studioです。……というより、FL Studioの作りがあまりにも他のDAWと大きく異なっているため、この独特な設計をこの記事ではパターン式と呼ぼうという話です。それくらいユニークなのです。
まずFLは、Liveがウリにした「フレーズを置く倉庫」というアイデアをより強固に取り入れて、こんなに便利なのだったら別画面にするのではなく、ずばりメイン画面に「倉庫パネル」を用意すればいいではないかと考えました。

加えてFLは、“分身”の使用をさらに基幹レベルに組み込む決心をしました。コピー元となる“本体”はずっと倉庫にいて、アレンジ画面には“分身”だけを置くというシステムにしたのです。

こんな具合で、ちょっとした効果音ひとつとっても倉庫に“本体”が積まれています。当然倉庫は山積み状態にはなるんですが、逆に言うと「曲に使ったフレーズが全てそこにある」という点で一覧性が高くもあります。
フレーズのパターンを倉庫に積んで、その“分身”を配置して作曲する。これが「パターン式」のシステムです。

パターン式におけるハコの挙動はおおむねクリップ式に近いですが、例えば複数楽器のフレーズをひとつのハコにまとめて収納することも出来たりして、これまでのDAWの固定観念を覆すような設計が各所に見られます。
ですから、他DAWからの乗り換えで一番戸惑うのがこのFL Studioへの乗り換えではないかと思います。でも逆にこの方式にぴったりハマってしまったら、もう他のDAWでは替えが利かないかもしれませんね。


まとめ

イベント式、クリップ式、パターン式と、DAWを3種類に大別して見てきました。基本的にはどの方式も一長一短です。しかしDAWごとに想定している曲作りの【シナリオ】というのがあって、したがってそれに自分がフィットするか否かでDAWへの評価が決まってくるでしょう。
一見同じように見える「ハコ」にDAWの個性が色濃く表れているということをぜひ覚えていて頂けたら、DAW選びの際の参考になるかと思います。



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