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無学の教育者 八重子おばさんの想い出 #7

 誰から見ても僕が盗んだとすぐにわかる状況だった。けれど八重子おばさんは、僕を問い詰めたり怒ったりせず、それどころかお金を盗み、嘘までついた僕にお礼さえ言ったのだ。
 そのことは、ひどく僕を傷つけた。

 大人になってからも僕はちょくちょくこのことを想い出していた。教職に就いてからは想い出しては考えるようになった。そのたびに、八重子おばさん、すごいな、と思う。とても自分にはできないな、かなわないな、と思う。
 人間は、実際に苦い思いをしたり胸を痛めたりしないと同じ過ちを繰り返してしまう。悪いことをしたら痛い目にあう、自分が傷つく、だから二度としない。とてもシンプルな原則だ。そこには何のロジックも方法論もない。それはとても大切なことで、本質的なことだ。
 最後まで自分が盗んだと白状することはなかったが、盗むことも二度としなくなった。


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