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宙に向かって射出される

どうしたいのか、わかってる。
どうなるのかが、わからない。

どうすればいい、どうすれば。

ループしっぱなしの自問自答を脳内に感じながら、おれは音楽を起動させた。

いい。これ、いい。これだよこれ、こういうの。この感じ、この感覚。

たちまち車窓の青空に光の微粒子が走り出す。一瞬ふわっとした。体が浮く。べつに、電車が揺れただけのことだろ。たんなる振動だよ。でもタイミングよく跳ねた。おれは気分が良くなった。

予備校への通学は気楽なもので、おれお気楽で、電車の中では音楽を聴きまくる時間にしている。

あの日、父親に訊かれた。おまえどうするんだ? と。


電車の揺れは心地良いときと気持ち悪いときがあって、どちらかを好きに選ぶことができないのがツライ。いつもなら気持ちよくたかぶるタイミングで今朝は吐き気もよおしてしまう、なんて落差いつものこと。

ふと昨夜の声が、よみがえる。
『また明日。ね』
それだけ。でも心が、なんだろ。ふるえる。よろこぶ? なんだろ。
別れ際の彼女の声。とくに気の聞いた返しもできず、また明日それじゃ、と返した。のを思い出した。
トンネル。イヤホンしてると轟音やわらぐ。風圧で窓ガラスきしんだ。

ギターのカッティング。スラップするベース。高らかに歌い斬るボーカル。ドラムのハイファットの刻みが細かくて気持ちいい。夏みたい。まるで、いま夏。ここだけ夏。ほら、暑いし。セーター着込んでコートを脱がずにマフラーも。着込んだ服が厚い暑い熱い。車内の暖房も効いている。座席シートの下から必要以上高熱未満の暖気が昇ってくるのが時々わかった。

ふたたび思い出す、あの日に父親から訊かれたこと、どうするんだって。

どうするんだ。
どうするんだ。
どうするんだ。

どうしろっていのうさ。

ああしろ、こうしろ、そうしろ。と。さんざん言われて、さんざん期待されて、たっぷり要求されて、これでもかこれでもか。これでもか、と。大人のほうがワガママだよ。子供がワガママなんて言えるタイミングどこにあるんだい。ああしなさい、こうしなさい、そうしなさい、あれはダメこれもダメもちろん、それもダメ。親の言うことに辟易しながらも、期待に応えられたときの嬉しそうな笑顔が忘れられなくて、つい、ついつい、つい。な? やっちまうのな、またしても、今回も、な。そんなこと繰り返していたら、このざまだね。なんなのコレいったい。相州浪人、詠み人知らず。

あ。そろそろ多摩川!

多摩川を渡るときの横須賀線すげえ最高。ふぅと宙に向かって射出されるみたいな上昇角度。車窓いちめん川原の広大空間だ。亜。亜。亜。亜、もはや感動が言葉にならず声が出せないまま心なのか脳なのか、えもいわれぬ感情を吐きまくる。うわあ。青だ。青だよ青。なんなのコノ青って青って青だよ青すげえ青なんなの夏なの夏なの夏だよ夏! 真冬だけど。

東京領域に入ると空気が変る。おれは感じる。別次元の感覚だ。このエリアに入ったとたんに、つねにエネルギーが補給されているみたいになるんたぜ。天からの恵みだろうか。宇宙からの補給だろうか。まあ都会ならではの日照具合や紫外線量とか分子レベルの波動の変化かもしれないけど、あくまでも気分の問題だから気にしない。おれ元気、ここ東京。そうだ。東京だ。東京!

どういうわけか東京が好き。ここの空気が。どんなふうに誰かに、いかなる言われようであろうとも、ゆるぎない信念みたいな感覚。で、おれ東京が好き。その東京に今まさに入ったとこ!

それにしても西大井駅。どんなところなんだろう。降りたことがないけれど、降りてみよう。そうだよ定期券なんだ途中下車できるんじゃないか? 

そんなこと考えているうちに、数ヶ月。なにもしないていうか途中下車することもなく時間が経過。対抗列車が通過。次の品川駅は、比較的すぐ着く。
いま考えていることだって、イヤホン外せば忘れている。いまは音楽が流れていて、おれを主役に盛り立ててくれているから、あれやこれやとイメージが湧いて尽きないんだ。おれが主人公のサウンドトラック盤は、日々更新され続けているから飽きることがない。それでもクライマックスは、お決まりのナンバーだ。

この曲を聴くと、視界すべて体感まるごと夏に変わる。

夏に変わる。だからどうした。冬は冬だ。どうしようもなく冬だ。だけどさ、ちゃんとやってきたじゃないか。おれ、やってきた。がんばってる。誰も誉めてくれない。わかってる。結果がすべて。知ってる。結果は出ていない。これからだもんな。もっと先だったらいいのに。もっと先。まだ先。もうちょっと先。とかなんとか、な。もう、すぐ目の前まで迫っちまってるのな。

受験。

大学受験。

試験日程スタートまで、あと何週間。

かろうじて7の倍数が存在する。そのうち割り切れなくなってアフューデイズ。はえーな! あっちゅーま。な!

あ。おおきいカーブ。ここ、ここ、ここ。ここのカーブ。最高に気持ちよか! このタイミングで間奏ギターが終わる。

着いた。乗換えだ。急がないと。な。


小泉癸巳男 「品川砲台」 (1935)

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