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#2 私にとってのサッカー

皆さん、こんにちは!

今回は、私にとっての「サッカー」について書いていきます。


サッカー中心の人生


サッカーとの出会い

私がサッカーと出会ったのは、10歳、小学4年生の時。当時仲の良かった友達に誘われて、サッカーを始めた。その頃、”女子サッカー部”があるのは、珍しかった。人数も20人ほどいたと思う。

最初はボールが飛んでくるのが怖かったが、やっていくうちにどんどん楽しくなって、ボールを蹴るのが大好きになった。

好きこそものの上手なれというように、どんどん成長して、フットサル大会では2年連続全国大会に出場した。そこでもまた選抜され、日本代表としてアメリカに連れて行ってもらったこともある。

中学・高校

中学、高校と、神戸のクラブチームに所属した。ここではサッカーだけでなく、精神的なものも沢山学ばせてもらった。一生涯の仲間にも出会えた。

16歳、高校2年生の時にニュージーランドへ1年間留学に行った時も、サッカーを通じて友達が沢山できた。言語が話せなくても、ボール1つあれば通じ合えた。

大学

大学へもサッカー推薦的な感じで入学した。ここでは、スポンサーもついていたため、初めて、すごく”結果”を求められた。目の前の試合に勝つこと、リーグを昇格すること、全試合に出場すること、、、。とにかく走りの練習が多くて、1週間で5kg痩せたこともある。間違いなく人生の中で1番体を追い込んだ。

大学3年生の時に、その大学を中退して、サッカーを使って、アメリカの4年生大学へ編入した。アメリカ人の体の強さ、ゴールへの執着心や思い切りの良さ、結果が全てみたいな文化。本当に違うスポーツをやっている感覚になった。それでも日本人としての、技術の高さや丁寧さなどが評価され、なんとか試合には使ってもらっていた。(日本では技術はない方だったが、アメリカに行くと1番評価された部分だったというのは面白かった)

社会人

卒業後、帰国し、名古屋のサッカーチームに入団した。パワフルなサッカーから、一気にパスサッカーに変わった。ゴールはその先に自然とあるもので、パスを綺麗に繋いで崩していける選手が活躍しているチームだった。郷に入れば郷に従えで、やってはみたものの全然上手くいかなかった。でも周りに上手な選手が沢山いて、一緒にプレーすることで学ぶことは多かった。この舞台を経験できたことは振り返ってみると、良かったなと思う。


現役引退



名古屋のサッカーチームを最後に、10歳から続けてきた14年間のサッカー人生を引退した。決して華やかな引退とは言えないが、ここまでやってきたことを誇りに思っている。

私の場合、身体の性別と、生きていきたいと思う性別が異なったため、女性から男性へ性別転換の治療をすることを決断した。

なので、遅かれ早かれ、どこかで区切りをつける必要があった。スポーツは男女で明確に分かれているから、引退は仕方なかったのかもしれない。それがたまたまこのタイミングだったということだけかなと思う。

でももう1つ引退の理由があるとしたら、子供の頃からずっと、ただただ好きで続けてきたサッカーが、いつしか道具にしか思えなくなったからかもしれない。個人の思うことや感じることは無視され、勝つため、結果を出すためだけのサッカー。

勝てば評価されチヤホヤされる一方で、負ければ監督から怒られる。求められるプレー、評価されるプレーだけを選択し、もう自分らしさなんて消えて行ったし、そもそもサッカーが嫌いになった。なんのためにプレーしているのか分からなくなり、「あーもうこれ以上できないや」と。

監督からは、「逃げるのか」とか色々言われた。引退は逃げとか、引退は良くないこととして認識されているかもしれない。

でもそんなことはなくて、新たな挑戦を早い段階で決断した。これまでの頑張ってきた経験を活かして、この引退が自分の中の正解だったと言えるようにこの先、生きていこうと思った。


私にとってのサッカー




とは言っても、私の人生はサッカーで創られてきた。サッカーが、自分の人生を豊かにしてくれた。

私にとってサッカーをしてきた時間は、「自分を高める時間」だった。サッカーというツールを使って、人としての在り方や、人間関係、忍耐力、1つのことを極める力など、様々な能力を高めてこれたと思っている。

しんどいことや苦しいことの方が多かったかもしれないが、サッカーがなかったら今の自分はいないし、色んな景色を見れていなかった。

なのでサッカーは、自分を遠いところまで連れて行ってくれた、飛行機のようなものでもあった。

サッカーに出逢えて本当に良かった。


新たな挑戦


この度、男子サッカーチームの立ち上げに関わらせてもらい、男子サッカー選手としてプレーすることになった

女子サッカー選手の現役を引退してから3年。この3年間、サッカーから距離を置き、治療と仕事に専念してきた。女子サッカーをずっとやってきて、女性ではなくなった以上、サッカーに戻ることは一生ないと思っていた。

男性になったからって、男子の中に混ざって、サッカーができるなんて思わなかった。身体能力はもちろん、これまで生きてきた環境も180度違う。

最初は選手としてプレーすることを躊躇したが、仲間と関わっていくうちに、やってみたいと思うようになった。こちらから何にも話さなくても、「そうくん!」って普通に話しかけてくれるし、頼ってくれるみんながいる。ここにいてもいいんだと思わせてくれる。

集団の中での振る舞い方や立ち位置が分からなくても、1人ひとりと向き合っていけばいいんだと思えた。

新たなチャレンジ。どこまでできるのか未知の世界ではあるが、頑張ってみたい。





お知らせ


★「海外×サッカー」をコンセプトにしたプロジェクトをスタートします。

PLAINE代表のみきさんが中心となり、今回、新たに「海外×サッカー」をコンセプトにした事業をスタートします。これまでのサッカー経験をもって、1人でも多くの人がサッカーをきっかけに海外に目を向け、新たな一歩を踏み出せるよう、活動していきたいと思います。

具体的な活動はこれからですが、進捗状況などはこのnoteやTwitterを通じて報告できたらと思います。

また、以下のnoteYouTubeでも発信していく予定です。


★クラウドファンディングを実施しています。

2023年1月、PLAINEでは「海外」「サッカー」「ジェンダー」をキーワードにクラウドファンディングを実施しています。1月31日まで実施していますので、ぜひ応援&シェアいただけると嬉しいです。
また、サッカーに関する相談事などありましたら、お気軽にご連絡ください。



次回は、私の「ジェンダー」について書きたいと思います。

読んでいただき、ありがとうございました!


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