Pー業界の酒のつまみになる話し 第三話【静止した車の中で】

この話の書き出しにかなり迷いました。
話のメインの所から書くのか。
詳細から書くのは文字数が膨大になる。

なのでこう書く事にした。

“昔々とある店舗で”

24歳子供一人、離婚して一人で子供を育てていた女性スタッフがいた。
その人は私が着任する2日前に採用された方で業界勤務は初めて。その会社で私が一から研修した最初で最後のスタッフだった。
以後新人指導は部下に任せる事が多かった為。

余談だが、新人を見るとその店舗の有り様が分かりやすい。なぜ、その人を採用したのかを考える事で現状が分かり、そのスタッフに接する先輩スタッフや社員を見ると会社の有り様が見えてくる。

その女性の髪は金髪で完全に色が抜けてケアも出来てなく、自分でマニキュアを塗っている爪は伸びっぱなしで所々割れていて育児に仕事に大変なのかと思えば4歳の子供を家に置いたまま飲み会に出て来たり、仕事終わりには打ちに行くのが日課になっている様な人だった。

子供は大丈夫なのかと聞けば、関係ないと言われ、近くには自身の親がいるから何かあれば見てくれると言うが、結果子供にはその最悪の何かが起きてしまうのだが、私がその会社を辞めてテレビのニュースで見聞き知った事だった。

出勤すると、いつも当然の様に私に自動販売機にお金を入れる様に催促してくる。
スタッフ達は汗だくになって頑張ってくれるのでイベントや入れ替えの日は率先して飲み物を振る舞っていたが、彼女は当然の様に毎日飲み物や、仕事終わりに打ちに行く遊技代を催促してきた。

そんな人だから光熱費など期日通りに支払っておらず、消費者金融から度々店舗に確認の電話が来たり、強面のお兄さんが訪ねて来たり、今から考えたらハッキリ言って迷惑極まりないが、会社から洗脳されつつあった私にはどんなスタッフでも有り難く感じる存在で、困っていれば何とかしてあげたいと思う様になっていた。

給料の前借りをよくお願いされていたが、1万円が5万円になり、気付けば当月の給与額よりも多い額を前借りする様になっていた。

この会社では前借りはよくある事だったが、この額になると流石に私が手出しで補っていた部分があった。

彼女が働き始めて1年経つ頃に“死にたいから助けて”と訳の分からない電話が店舗に入った。
入替初日でホールは忙しく離れ難いが、いつもの様に社長に電話をすると早く迎えに行けと、どうせなら、その忙しいホールを手伝わせろと画期的な提案をしてくれて、その時は“さすが社長”と感動したのを覚えている。
その事を事務員に告げて皆の協力で指定された場所へと向かう。

街からは少し離れた海沿い高台の公園の様な所だった。
歩いて行くには大変なそんな所で私を待っていた。裸足で海を眺めながら。


すぐに車に乗せて、社長の画期的なアイデアを実行しようと思ったが、事情が分からないから少し話を聞く事にした。

思えばかなり不用心な行いだったと思う。
本来であればそんな状況警察に任せれば良かった。
社長のアイデアも画期的でも何でもなく、ただの無茶振りだ。

それでもその時は話を聞いて落ち着かせて店で働かせるのがベストの考えだと疑う余地は無かった。

そんな私に不幸が訪れるのは当然の事だった。

話は簡単な事だ。
男に騙されて金が無く、こんな所に置き去りにされたから助けて欲しい。助けてくれないと私死ぬからとそんな所だ。

少しだけ深く話すと、その男は元旦那で、助けてくれるなら自分をどうしてくれても良いと服をはだけて、あの手この手で私を誘惑して来た。

静止した車の中で。

しかし、私には一切通用しなかった。
なぜなら、洗脳され社畜となっていた私は自分の利益よりも、彼女をホールで働かせる事しか考えていなかったからだ。
早く店に戻らなけば。
その考えだけだった。

そんな私の記憶があるのは、彼女が私に無理矢理覆い被さり車を出させない様にしている所までだ。

気付くと病院のベットの上だった。


彼女を迎えに行った時にお礼だと渡された飲み物に何か薬が入っていたらしい。
そんな状況で飲み物だけ持って、しかも今までそんな事一回も無かったのに疑えなかったのは私の脳が限界まで疲れていたからだと思う。
その飲み物は、毎日殆ど睡眠を取らずに働いていた私には抜群の効果を発揮した様で丸一日眠っていたらしい。

駐車場に放置されていた私を発見した人が警察と救急車を呼んで助けてくれたらしい。
車も財布も、そして履き物も盗られていた。

お陰様といのは違うが、その薬の効果で久しぶりにスッキリと目覚める事が出来た。

その目覚めと共に私は大切な物を失った。
社長からの信頼だ。
洗脳されていた私には会社からの評価、社長からの信頼が全てだった。

そう思い慌てて飛び起きて、付き添ってくれていた事務員に小銭を借りて暗記していた社長の携帯に電話した。

私が電話をかけてコールがなった直後、病院に来ていた社長が私に気付き近づいてくる。
完全に終わったと思った。
何が起きたのかを考える余裕など無い。

彼女を連れ帰れず、病院でスッキリと目覚めた罪悪感だけで十分な絶望感だった。

そんな私をよそに“災難だったな”と、そう言って社長は私の肩を叩いて笑った。
“回復したら飲みに行くぞ”
そう言ってくれる社長に全身の水分が流れ出てるのでは無いかと思う程泣いて頭を下げた。

今考えればそれも洗脳の手だったのだと思う。

飴と鞭

怒る時はpcのモニターを投げつけてくる様な社長でも自身に実害が無いところでは、この様に特別に優しく演じる。
その効果は絶大で、神も仏も関係なく洗脳などと程遠いと思っていた私が、すっかり社長信者になっている。

話を本筋に戻す。

社長の災難という言葉は、車や財布などを盗まれ事件に巻き込まれた事を言っているのかと思っていた。
帰り支度を整え医師の説明を聞くまでは。

眠っていたのは疲れていた所に薬が効き過ぎた為という事で命に別状はないと言う事。
社長の信用を失う事に比べればそんな事、私にはどうでも良かった。
今は社長の笑顔に安堵している。

問題なのはそこからだった。

到着した時私の衣類は乱れていて、気になった医師が検査した結果“とある性病”に感染していたとの事で、無理矢理色々と行った形跡があり酷く傷んでいるという事だった。
今は処置しているが、今後酷く痛むので覚悟する様に言われた。

全身の痛みや、尿を排泄する際に痛むのは薬のせいかと思っていた。

何をされたのか。
急に怖くなってきた。

今思い出すと本当に怖い事で、今の私が同じ事になれば恐怖に震える事だと思うけど、その時は社長の事に比べれば些細な事でそれ以上考える事は無かった。

それでも、傷や痛みは誰にでも平等で、暫くの間苦しんだ事も社長が笑ってくれるネタになったので良しとした。

車は警察が簡単に見つけて戻ってきた。
社長の進言で被害届を出したが、それは車を盗まれた事だけで、盗られた財布や金銭、貴重品が返ってくる事は望まなかった。
痛みや苦痛の代償は、社長が笑ってくれるので償われている。
その時はそんな事よりも早く仕事がしたかった。

楽になりたければ洗脳されるのが一番だと思う。
苦しくても辛くても痛くても楽しくなる。

後悔したくなければ洗脳されない事。
洗脳下では正しい判断が出来ず、夢から醒めた時に後悔しか無いから。

そしてこの話の最後は

“めでたしめでたし”

と締める事にした。

なぜなら今、生きていて幸せだから。
そしてこんな話を書く事が出来たから。

※この話はフィクションですと締め括る

この記事が参加している募集

眠れない夜に

業界あるある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?