Pー業界の酒のつまみになる話し【第二話】休憩中、逃げ出した後

各台計数機が流行り出した頃。
1Pはともかく、出玉感が大切だったあの頃こんなにも高レートに設置される日が来るとは思っていなかったあの頃。
どの店舗も人手不足で、一人あたりの負担は途方も無かった。

それでも時給をあげる事は無く、逆に忙しい時は休憩も無くエンドレスで業務を行っていた。アルバイトスタッフの9時出勤で23時退勤がまかり通っていた。

そんな店舗だから面接に来る人は神に見えた。
例えばキティちゃんの健康サンダル、ジャージを地肌に着て胸元までジップをおろして首にはクロムハーツ擬きのネックレスをつけて、耳にはピアスを無数につけ、ガムを噛みながら第一声が「ウッス!」という様相を呈していても元気さえあれば即採用。

そうして採用したスタッフも意外と素直で良い人が多く、教えた事は一生懸命やって、礼儀も次第に身に付き、気付けば社員になれる様には育ってくれる。

彼もそんな一人だった。

誰よりも早くに出勤して机を拭いて、夏場はスタッフ用とお客様用の麦茶の用意をして、忙しい時は閉店後の清掃までやって帰ってくれる。
もちろん前後の作業はサービス残業と呼ばれるもので、そんな彼に申し訳なくて、時々数万程度ではあるが、手出しでボーナスを与えていた程に感謝してもしきれなかった。

いつもカネが無いと言っていたので、食事を用意するのは当たり前になり、社長に相談して寮も用意した。

カネが無いのは借金があり、今とは違い利子が暴利でそれだけでも結構な額を払っていたからだ。

私と出会ってからは仕事が日常の殆どだった為カネを使う事が逆に難しく、そんな生活のお陰もあり借金はあっという間に完済出来た。

ちょうど私と出会って2年程経ち、もうすぐ主任になろうかと言うある時期。
いつもの元気が無かったので私は心配していた。
それまでの私の評価があるのは彼の頑張りや支えがあったからと言っても過言では無く、会社でも私の良きパートナーとして認識されていた。

気付けば、朝から晩まで毎日休みも無く働く環境でお互い痩せ細り気持ちだけで耐えていた部分があった為に、彼が私がそれまで元気を全開にして頑張れていた方が奇跡なのでは無いかと今では考えられる。

しかし、その時は彼の元気が無い理由が全く分からなかった。
それまでの2年間は過去の稼働や売り上げ利益を何倍にも塗り替える程に絶好調で私も彼も給料は上がり続けていた。
プライベートは無いが仕事のやりがいだけで十分に充足した人生だと確信していた。

彼の元気が無い理由が分からないままに数日が過ぎた。その頃の数ヶ月は一瞬に思えていたので、数日など瞬きをするくらいの感覚で、近日中にしっかり話を聞こうと思ったままに過ぎて行った数日だった。

その頃は1/399のパチンコ台が最後の盛り上がりを見せていた頃でパチンコホールはいつも地獄の賑わいだった。
相変わらずスタッフは足りていない為、ピーク時の社員は11〜20時頃まで殆ど休憩に行く事は無かった。

だからその日は彼の“ちょっと休憩貰って良いですか?”とピークの19時頃に言ったセリフに違和感を覚えながらも、たまには良いかと思い許可をだした。

“どうした?大丈夫か?”

その一言が言えてたら結果は変わっていたかも知れない。
後からスタッフに聞いた話しでは、彼はその日はずっと携帯を気にしていたと言う事だった。

彼が休憩に行って30分。
いつもであれば一服するだけで5分もあれば戻って来る。
食事までとっても15分あれば十分だ。
疲れているのかと思い暫く様子を見た。

60分。
遅すぎる。
スタッフの疲れも限界でもう待てない。
スタッフの一人を休憩に出し様子を見てくる様に伝えるとすぐにインカムで彼が見当たらないと言われる。

一通りスタッフを休憩に出し私はカメラの確認を行った。

そこには衝撃の映像が残されていた。

彼は休憩室に入り電話をかけたと思ったらすぐに慌てた様子で裏口から外に飛び出した。

その直後に待ち伏せていた男達に取り押さえられ、一台の車に連れ込まれ、車は駐車場から出て行った。

その様子を一緒に見ていた事務員が慌てて警察に電話している。

“ちょっと待って”

電話の途中で私は電話を手で押さえて強制的に終了させた。

“社長に電話する”

彼もそうだが、私もこの2年間で完全に壊れていたらしい。
この状況下でも彼の身の安全よりも社長を会社を優先してしまった。

どこで間違ったのか、結論から言うと今でも彼が今どこでどうしているのかは分からない。

後から知った話だが、彼は地元の同世代では有名なクズと悪評がたっており、カネに女にだらしが無いと言うか、踏んではいけない虎の尾を沢山踏んでいたらしい。
いつそんな事態になってもおかしくは無いと噂されていたらしい。

そんな時、私達と出会って彼は変わる事が出来たが、それでも足りなかったらしい。

裏口から出た彼は両手両足を抑えられ、車の後部座席に無理やり押し込まれていた。
その光景を今でも夢に見てしまう。
それほどに衝撃的な映像だったが、警察はすぐに捜査の打ち切りを告げて来た。


“民事不介入”

どう見ても誘拐事案であり、職務中に消えたので捜索願いも出していた。
この件は親御さんと話がついたので捜査は打ち切りとの事だった。
親御さんに連絡しても繋がらない。

もしあの時話を聞いていれば。
もし休憩に一緒に行っていれば。

もしそうなる前に
“正常なシフト”
“正常な休憩”
“正常な給与”
“正常な判断”

そういった事が出来ていれば。
きっと今でも彼と私は最高のパートナーだったと思うが、それは私が思っているだけで、彼はそうでは無かったからこんな結果になったのだろう。

思い込み。
洗脳。

私の洗脳はそこで終わった。
気持ちの糸が切れて再び立ち上がる事は出来なかった。

沢山泣いた。

泣いても心が落ち着く事は無かった。
自分が情けなくて。
会社が許せなくて。
自分が許せなくて。
全部が許せなかった。

それでも切れた気持ちでは何も変える事は出来ず身体が壊れるのと同時に会社を辞めた。

働くと言うことは半ば自分を洗脳して無理矢理に身体を頭を動かし気持ちを奮い立たせる事だと思う。

やりたくない、したくない、働きたくない、働いたら負けだと。それでも頑張ってくれる誰かのお陰で社会が成り立っている事を病室で考えさせられた。

自らそうなりたいと思っている考えている人でも全ての人が自らの意思でやっているわけではなく、期待や協力や家族や生活の全てに支えられ倒れたくても立つしかないと。そうやって築いてきた社会がこの業界が健全である事を私は願い、その為に、何か少しでも、力になりたいと思い酒のつまみにでもなる話を書いてみる。

※この話はフィクションだと締め括る

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