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自己紹介と僕の過去Part2

こんばんは、今日もお疲れ様です😊
だーー、時間が空いてしまった…
言い訳はしたくないのですが、書きはじめるとあれもこれもとなってしまって…笑
ただこの僕の過去については7割8割自分の為に書いてるのでまぁいいか😅楽しみにしてくれてる方がもしいたらすみません💦

という訳で前回の続きです。
大学3年生までの僕はポジティブで明るく、皆さんが知ってる僕だと思います🫡
そんな僕が何故、鬱になったのか。
もしかすると共感出来る部分もあると思いますので、メンタルヘルスで悩まれてる方、悩まれた事がある方はご自身と照らし合わせながら「分かる分かる!」と読んでいただけたら嬉しいです。そうでない方もこいつヤバい奴だ…笑 少し笑える部分もあったりするので是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。
それではどーぞ👇🏻


・夢を諦めた天狗

前回のPart1で綴った通り、"1度きりの人生"です。自分の夢のために生きる事を諦めた僕は親にすら自分の夢を伝える事ができず、これなら親もなんも言わないだろうと取り敢えずは普通でいっかと"安定"に走りました。

"安定"を選んだ人の後に待ってるのは当然"安定"ふっっつーの生活です"(僕の場合ですよ?普通が嫌でデカい事したい!と思っていたのに結局ビビって安定を選んだ僕の場合です☝️

ただ当時の僕は、就活を初めて1社目で内定(しかも一発ギャグ🤦‍♂️ そしてプレミアムブランドの輸入車ディーラーときたら普通を選んだ僕はそりゃもう調子にも乗るでしょう🤣天狗も天狗、鼻なんか5キロ先まで伸びてました👺笑

給与もそれなりにあって、環境も良さそう。数年働いて資金を貯めて、それから独立しよう。
「行ける気がしてきた。」
これから薔薇色の人生が待っていると信じて疑いませんでした。

どん底は乗り越えつつある今現在の僕のこのやってやる!という向上心とこの時の僕とでは見えている世界や覚悟が全く違うと言っていいでしょう。
まぁ、若干21歳のまだ何者にもなっていない普通の大学生の甘〜い考えってやつです🤣
でも、皆さんも入学式や入社式、内定を貰った後なんかは、「よし!やってやる!頑張るぞ🔥」ってモチベーション上がりませんでした?🤔それです!笑
僕の場合は、自分で創りあげた理想像を強く意識し過ぎて足元を全く見ておらずバチが当たる訳ですが😅

・緊急事態宣言とフルチン事件


2020年7月
僕が内定を貰った頃、世の中は混乱の中にありました。
1度目の緊急事態宣言が7都府県から全国へ拡大されてしばらくたった頃です。
日本中からマスクが消え、トイレットペーパーまでもが品薄状態になり、ゾンビ映画の始まりみたいに静まり返った渋谷のスクランブル交差点。
言葉で表すのが本当に難しいですが、東日本大震災の時に感じた心がギューっと握り潰されるような感覚を再び思い出させられました。
これからどうなってしまうのか?自分も感染したら死んでしまうのか。メディアから得る情報を鵜呑みにし、毎日の感染者数と未知のウイルスに、一人暮らしのアパートの小さなテレビの中に映るニュースを見ながら不安に駆られたのを覚えています。

書き忘れてましたが、僕が通っていた大学は群馬県にある私立のスポーツ系大学。
周りの友達も内定を貰い始め、毎日一緒に居た友達も地元へ帰ることに。
当時僕以外の友達は皆既に自分の車を持っていたのでこのコロナ禍でも公共機関を使わずに地元へ帰れたのです。
僕はと言えば原付バイク🛵
当然原付きなんかでは群馬ー長野の距離では帰れません😅
帰ろうとすれば高速バス🚎か新幹線🚄です。
既に緊急事態宣言の最中で公共機関を使ってUターンする人は本当に限られていたでしょう。ニュースでも緊急事態宣言発令中にUターンしてきた人の家に石が投げられたり、心無い言葉が書かれた貼り紙を貼られたりと言う事件を目にしたのもこの頃です。とてもじゃないけど地元へ帰る選択は当時はリスクが大きかったと思います。

大学四年生、内定を貰ってしまえば後は単位と卒論だけ。大学に行く回数は多くて週に2回行くかどうか。コロナ前であれば卒業旅行の計画や、バイトで稼いだお金で遊び呆けていたでしょう。しかし、今ある目の前の生活はそんな理想とは真逆。友達は地元に帰っていて遊べない。帰る手段が無くバイトも感染を防ぐ為に最低限に減らされ、それならばと辞めます。バイトを辞めたんですから買い物出来ない、出掛けにも行けない。ストレスを発散する場がなくなり、そうなると家から出れません。

朝起きて、携帯にテレビ、ゲーム。お腹が空いたらコンビニへ(この時には既に自炊する気力も無かったです😇
外出はこの時のコンビニぐらいで1日の9割をアパートで過ごしてました。

毎日の感染者数とコロナ関連のニュースばかりで内定を貰って調子に乗っていた僕も流石に気持ちが落ち始めます。何せ人との会話がコンビニの定員さんぐらいでしたから😅いきなり人との会話が激減し、1日中寝転んだり座りっぱなし。そんな生活がしばらく続けばそりゃおかしくもなります。

肩こりに近い謎の肩の痛みと骨盤辺りに張りがある感覚。メンタルで悩まれた事がある方には共感していただけるかもしれませんが、メンタルが落ち込んでいる時、体にちょっとでも痛みや不調があると途端に不安に駆られません?
怖くなって携帯で痛みや張りの原因を調べちゃうんです。そうすると検索結果の1番上に出てくるのは"がん"だとか大きい病気の名前が出てきます。そうなるともうダメです。不安の渦の中に溺れるんです。
「自分の症状と検索結果が似てる…」「自分も病気なんじゃないか。」「そんなはずは無い、今まで大きい怪我や病気だってした事ないじゃん、少し安静にしてれば大丈夫。」
頭の中が、色んな不安でパニックになります。動悸がしてきて、呼吸が浅くなり苦しいんです。
1度こうなると頭の中でどんどん不安が大きくなりはじめて寝れなくなります。26時を回っても寝れない、明日もある。寝ないと…そう考えれば考えるほど目は冴える。そうすると今度は昼夜逆転生活です。昼間は寝たきりで起きたら飯だけ食べる。今度は寝過ぎて身体がだるいから何にもやる気が起きずまたベッドに…
そしてまた寝ようとすると身体の異変が気になり寝れない…これがずーっと続きます。

この話👇🏻は今思い出すとめちゃくちゃ笑える恥ずかしい話ですが、当時の僕は本当に終わったと思いました(完全に自分のせいなのに🤣

👆🏻みたいな生活が続く中、何を思ったかある日いつもより長めにお風呂に浸かりました。
上がろうとすると、フラッと来てその場にストンと倒れてしまいしばらく立ち上がれなくなりました(👈ただ単にのぼせたただけね😂

これが本っっ当にその時の僕には怖過ぎてですね😅肩の痛みや、腰の張りので調べた事がフラッシュバックして「ホントにガンかもしれない」「ヤバい死ぬっ…」今まで我慢してきたものが一度に症状として出たんです(顔面蒼白ってあの事を言うんだなぁ😅
22歳の成人男性がのぼせただけでパニックになって全裸で母親にボロボロ泣きながら電話するんですよ?
「助けて」って笑  
シチュエーションで言ったらルフィに助けを求めるナミぐらいの感じ🤣小学校でこの光景を誰かに見られていたら確実に次の日からいじめの標的だったでしょう笑(ここ笑うとこです笑

ただ、本当にのぼせただけでもパニックに陥る程僕のメンタルは壊れる寸前だった訳です。メンタルで悩まれている方は我慢しちゃうんですよね。心が他の人より強い分。

メンタルの病気に悩む人はよく「メンタルが弱いから」だけで片付けられがちですが、それは大きな間違い。誰よりも心が強い、メンタルが強いから我慢しちゃうんです。僕もその1人。親にもこの日まで友達が地元に帰ってていない事、帰りたいけど帰れない事。何も相談してませんでした。
当然、母親は僕からの突然の電話、しかも様子がおかしい。そりゃビックリします。笑

ただ、母親って凄いです。
「どうしたの!大丈夫だから深呼吸しなさい!」
これで少しづつ冷静さを取り戻せました。
今まで抱えていた悩みや不安を全て母親に伝えると身体がスっと軽くなりました。
その日の夜は久々によく眠れたのを覚えています。
次の日すぐに整形外科に行き、診て貰いました。腰の張りは姿勢が悪い状態で長時間動かないのが原因で、肩の痛みの診断結果は、「胸郭出口症候群」
腕や手をあげる際に、神経や血管が圧迫されることにより肩や腕に痺れが出たり、力が入りにくくなったりする病気です。
長時間、悪い姿勢で座っていたり、睡眠不足やストレスが重なったりすると発症する病気です。僕のこれまでの生活にドンピシャり🤣
当然の報いです。
でも行って正解でした。
原因が分かると安心しますし、対策も打てます。僕はありがたいことにこれまで大きい怪我や病気は勿論、風邪すら殆ど引くことも無く丈夫な身体に産まれました。ただその分過信していたんです。このぐらい病院に行かなくても治る。時間が解決すると。メンタルが弱っていた当時の僕には最悪の選択を自らしてたんです。

この「フルチン事件」で僕は一度実家に帰れることになります🤣僕の頭の中にはもうコロナがどうとかは一切なく「ただ家に帰りたい」「帰らないと死ぬ」身体がそう叫んでたんです。余裕で新幹線で帰りました笑(もちろん感染してないですよ?
スグに帰ってメンタルを落ち着かせる事が出来たのでこの時はまだ精神科、メンタルクリニックには行く事はせず残りの大学生活を過ごします。この時に行っていれば…😅今思えばこの一件の時に既にメンタルは壊れていました。

その後、僕は母親や姉に相談する事を覚え、散歩や、綺麗な景色を携帯で撮影したりと家から出る習慣を付けます。友達も卒論を提出するために群馬に戻ってきたりと人との交流も戻り、少しだけ本来の自分を取り戻し、何とか単位を取り終え卒論も無事に提出し、何とか大学を卒業します。

大学生最後の年。人生で1番長く感じた1年が終わりました。

コロナ禍と自分の身体への過信で、右肩上がりになる筈だった人生が大きく拗れ始めます。
半年も経たない短い期間でこんなにも落ちるか…でも逆に今はたった半年で大きく良い方向へと変わり始めてます。
人生って何なんですかね。最高に面白いです😊

さて、ここまで長々と僕の過去を、赤裸々に綴って来ましたが…

本当にすみません…Part2で終わりませんでした🙇‍♂️笑


ありのままに書きすぎて、どんどん長くなってしまいました…(素人ってもんですね😅
ブログ書いてる人凄いなと👏
なるべく簡潔にしようとは心掛けてるんですが中々…申し訳ありません🙇‍♂️

次で本当に最後です!
入社までと、鬱と診断されてから退職するまでを載せたいと思います。
過去編を書き終えたら、日常で感じたこと、鬱について、筋トレについてと僕のありのままを綴っていこうと思いますので、長くなりますが次回までは僕の過去にお付き合いください🙌🏻笑

本日も最後まで読んでいただきありがとうございます🙇‍♂️
それでは、また次回✋🏻

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