積み重ねの効果と熟思or思案の観察②

前置き

 この投稿の続き。

表と裏


・表は外側の世界(現実or社会)
・裏は内側の世界(心or精神)

 表における積み重ねについては前回書いたままだが、それは裏にも作用する(している)のではないか?というのが本題であり趣旨。

裏(内側の世界)

 言い方はさまざま。心だったり精神だったり気持ちだったり。それらは目(物理的)には見えず感覚的なもの。そのため客観は存在せず、客観も含めて主観となる。

ここで一つの問い。

「心(精神)とは何なのか?」

解や真偽ではない。重要なのは「心すら積み重ねからなる可能性」があるということ。遺伝子的能力とは別に、外側の世界からなる環境。またその生育過程。本人の意思とは別に、もとより意思すら環境の積み重ねから生まれた(作られた)のではないだろうか。

常識

 家族の常識。友だちの常識。学校の常識。役割の常識。社会の常識。ほかにもさまざまあるが、その常識は「いつ」「どこで」「だれから」得てきたのか。これは自ら意識することが無ければ辿り着くのは困難なもの。その地点に立ち、初めて湧く感覚的思考であり、意図しなければ淘汰されていく。

仮に意図しても学校や社会を振り返ったとき、「みんながやっているから」「まわりがそうだから」「そう言われたから」など、そもそも思考しない方向になりやすい。また家族や家庭において、その環境に身をおいている以上、適応することのほうがはるかに重要ですらある。というのも生命の危機以上に重要になることのほうが少ない。

テーマ

 これら個人的主観をもとに、自らを対象とした現在進行形。

・積み重ねによる変化は内側(心or精神)にも応用できるのではないか?

活用

無意識の時間

 1万時間の法則(前回の投稿)を例に、それ以外の時間について焦点を当てて考える。練習でも訓練でもそこに充てている時間以外の時間。主としていない時間を活用することができれば、それこそ主としているものよりはるかに大量の時間を確保することが可能と思われる。

別の言い方をするなら、その時間こそが自身の思考や行動の根幹を担っていると言えなくもない。意識をしている時間と同等、もしくはそれ以上に無意識の時間があるとすれば、それこそ心や精神を作って(生んで)いても不思議はない。

 また、人の脳はものごと繰り返すことで脳のネットワークを強化していくようにできているらしい。

これは主に記憶の定着とも結びついているらしいが、ここで言いたいことは「精神)にも影響を与えている」ということ。精神・心療内科の医師に話を聞く機会があったが、思考だけでなく感情なども繰り返されるほどに善し悪し関係無く強化されていくという。

これらは基本、無意識に行われ、また自動化(脳のオートメーション)されているため気がつくことが難しいが、一度でも気がつくことができれば自身の気質に変化をもたらせるきっかけにもなる。

表(外側の世界)と併用

 陰陽には面白い考えがあり、陰と陽の二つに分ける考え方のほかに「陰の中に陽」「陽の中に陰」というのがある。これは互いの中に互いが在るということ。

もともとこの考えがあっての本題。外側の世界にも内側の世界があり、外側の影響が内側にも作用するという考え。対立ではなく相互依存。

わかりやすい例でいえば、女優にきれいな人が多いのは「きれい」と言われる回数が多く潜在意識が変化することで美への意識が生まれやすく、スポーツ選手でいえば、4月~6月生まれが多いのは「成功体験」や「褒められる」回数が多いと言われていたりする。

これらは他者を介して行われているが、外側が内側に影響を与えているということでもある。

裏(内側の世界)と併用

 さきほどの「外側の内側」ではなく、「内側の外側」という考え。無意識に行動している外側の世界に対し、意識をもたせる。

表と裏は相互依存であり、また互いに入れ替わりを繰り返す。

・表⇒裏⇒表⇒裏⇒表⇒裏…

これは積み重ねであり、環境からの影響を表し、人格の形成をも促す。

ただし、これでは外側があっての内側になってしまう。

求めるは裏からの表。

・裏⇒表⇒裏⇒表⇒裏⇒表…

内側の世界から外側の世界を影響し、その影響を受けた外側の世界からまた内側の世界へと循環させていく。

これが今テーマの目指すところであり、根幹であり、はじまり。

道可道、非常道 名可名、非常名

 どう表現するか考えたが、個人的に自身に落とし込めるものになった。ただし、語られ得るものは絶対のものではなく、真実は真実ではあるが真実ではない。

主観実験や過程、仮説等々はこの投稿で満足感が得られたので保留。内容を書き始めたのはいいが、感覚的なものが多すぎて表現(言葉)が難航したことも理由。