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グロテスクなリトル・マーメイド 哀れなるものたち感想

評価:4.7
ネタバレあり
原作は未読です

映像はグロテスクですが、
好きな映画でした。
素晴らしかった。

感想書くので、お時間ございましたらどうぞ。

アリエルの現パロ


私はディズニー映画の中で一番好きな作品はどれか?ときかれたら、
「リトル・マーメイド」と答えている。

どういうところが好きなのかというと、
ヒロインのアリエルが、
まわりの言いつけを一切守らず、自分の好奇心のままに、まっすぐ猪突猛進していく姿に憧れるし、その純粋さに強烈に心を打たれる。(あと魚がたくさん出てくるから)

今作のベラも、自分の中に芽生える好奇心にあらがわず、
心のままにまっすぐ生きようとする姿に、
この子、アリエルと同じだ……
と感じた。

アリエルが「この世界」に脚をつけてやってきたら、
良くも悪くも、今作のベラみたいな足どりを辿ったかもしれない。

女の性的な価値には子供に大金を持たせるような危うさがある


何度も自己紹介してきている通り
私自身は処女なのだが、
友達は多い方だったこともあり、年頃になってセックスを経験していく友人たちを近くで見てきた。
また、フェミニズムなども感心を持って知るようにしてきた。
そういう意味で、この論題については身近ではあるものの、
当事者性は希薄かもしれない点にはご留意いただきたい。

そう、女にとって非常に難しい問題の一つとして、
自己の確立や、大人として持つべき良識が身につく前に、性的な魅力が手に入るということがある。

お金に例えて言うと、
子供にとってお金の知識が「硬いヤツと紙のヤツがある」くらいしかない年齢の時に、大金を持たせるような危うさがある。
子供は「お金」の価値も、それを稼ぐ大変さも、ズルい人間が奪おうとしてくるという危険も、銀行に預けると利子がつくことも、為替などによって貨幣価値自体が変動することも、時代や社会に合わせて株や不動産など貨幣以外の形態に変えれば有利にも不利にもなることも、持っているだけで尊敬されたり妬まれたりすることもある、かといって全く持っていないと大変な目に遭うし、あるとないとで感情にも影響するということも、
そういったことを何も知らない。
そういう知識のない人間に大金を持たせることは危険だし、有害な結果をもたらすことにもなりかねない。

しかし女の「性的な魅力」という「資産」は、
性的なエネルギーとその価値についての知識が
自身の人生の中で深まる前にドカンと付与され、その後漸減していく。

どうしても「子供」っぽさを残した年齢のうちに性的な意味で「大金持ち」になってしまう。
それも本人が望むとも望まざるとに関わらず。

その年齢の時に、自分よりも年齢も経験も、知性も上手(うわて)な相手から、
この大きな「資産」を適切に守り、
一方で適切な時に適切に利用していくことの大切さならびに大変さが、
「フェミニズム」で語られることの一つの要点なのではないかと思う時がある。

しかしこうして「お金」に例えると、
そういうリテラシーのない・無知な者は、
資産を「賢い者」に預け、
その者に管理してもらうべきだ、という話に、
そりゃなるだろう。

では、女性の「性的な価値」も、部外者に濫費される前に、誰か適切な者に管理してもらうべきなのだろうか?

人権についての話になるので、ここでこれ以上語るまでもないだろうが、
この映画も、アフリカの女性器切除の慣習にも触れてこの視点に言及し、答えを出していたのは興味深かった。

アカデミー賞主演女優賞という名誉をもってしても、エマ・ストーンがこの映画のために支払った犠牲には釣り合わないのではないか


他愛のない妄想として、
「アイドル」や「女優」に憧れる、みたいな、
あの人みたいになれたらいいのにな、という気持ちになることも、そりゃある。

いや、学生時代演劇部だったから、
とりわけ「女優」には憧れがあるかもしれない。

とはいえ、今作で2024年アカデミー賞主演女優賞を受賞した、エマ・ストーンのこの役を、私もやってみたいか?といわれたらノーだ。

難役だという技術的なことももちろんあるが、
ポルノのようにセックスシンボルとしてデフォルメされているセクシー女優たちよりももう一歩踏み込んだ「パーソナル」な何かを供しなければ、
この映像は撮れないように感じたからだ。

観ながら、
ここまでやって、アカデミー賞獲れなかったらエマ・ストーンがかわいそうすぎる、と思ったし、
事実、女優として最高の栄誉であるアカデミー賞主演女優賞を獲ったものの、エマ・ストーンの払った犠牲に対してこれで足りるのだろうか?という気にさえなった。

ステキな、素晴らしい映画で、私はこの映画がすごく好きだと思ったが、
この素晴らしい映画を生み出すためにエマ・ストーンは「体当たり」の熱演で臨んだというより、
「臓器を売って」とか「大切なものを投げうって」みたいな表現の方が正しく、
仕事として果たすべき以上の犠牲を払って、この役をこなしているように感じたのだ。
率直に言ってやり過ぎではないかと思った。
映画自体の伝えたいテーマ・表現したい内容は、人間・女・性について真面目に考え、向き合った結果だと思うし、本質的には誠実な作品だと思う。
しかし、一人の女性の尊厳を踏みながら撮られたのであれば、この映像を手放しで称賛することはできまい。

数年後、大女優であるエマ・ストーンが、
この映画を撮影したことをどう思うか?で、
この映像が世の中に存在していていいかどうかが問われることになると思う。

小ネタとそれぞれに思うこと


・お父さんの最期のシーンはレ・ミゼラブルのジャン・バルジャンの最期のオマージュであろうか。
他の方の映画評ではゴッドウィンは毒親であると表現されていた。
確かにそうだったかもしれない。
でも、彼なりに大切に育てた娘と、その善良な夫に看取られるという印象的な最期から、
ゴッドウィンは少なくともこの映画の制作者からは許され、愛されていたのだなと受け取った。

・モラハラ夫ことアルフィーがヤギ化させられたことだが、
これは旧約聖書のダニエル書に登場するペルシャ王、ネブカドネザル王のエピソードのオマージュであろう。
日本ではあまり馴染みのないエピソードかもしれないが、あらすじは単純でバベルの塔のエピソードと同じだ。
神に逆らった高慢な者を「神が」成敗するという内容だ。
高慢なネブカドネザル王は神からの罰として、
突如として狂気に墜とされ、屋外に飛び出し獣と同じように草を食べて生きることになる。
このことから、ベラは最終的に父の後を継いで「神」になった、ということの暗喩なのだろうと思った。
(旧約聖書によるとネブカドネザルの狂気は7年の後に回復するが、この男の場合はどうなるのだろう)

・「心のある臓器」についてだが、
本作ではそれが「脳」という臓器にあることを前提としていた。
しかし現代では人間の感情や記憶にまで「腸」が関わっているのではないかと言われている。
また、「輸血」をすると、もとの血の持ち主の嗜癖が乗り移ることがある、というのも眉唾ではあるが聞いたことがある。
となると、「脳」を移植しただけで、
全くの別人格になることは可能なのだろうか。
つまり人間の人格は「脳」にだけ依るのだろうか。
ゴッドウィンほどのストイックな科学者が、
その可能性に思い至ってないはずはないと思うので、
よく見ると何らかの布石が隠されているのかもしれない。

・印象的というよりむしろ強烈な美術に言及しないわけにはいかないだろう。
不安をかきたてる劇伴、複雑で明らかに人工的な構造物が存在しているのにまわりには誰もいない気味の悪さ。
恐らくTikTokなどで流行っているドリームコアを念頭に置いていたのではないだろうか。

インターネットが普及したからこそ生まれた、
この、レトロでもあり、ノスタルジーでもある、不気味なホラー映像(不安感をかきたてる浮遊感ある音楽も重要な要素だ)を、映画の美術として採用したとしたら新しいなと思った。

まとめ


映像もテーマも本作に比べてかなり爽やかな「カラー・パープル」はもう一度観たいとは思えなかったが、
これはもう一回見てもいいなという気になった。

それにしても、
この「力作」としか言いようのない今作からアカデミー賞作品賞を奪った「オッペンハイマー」とはどのような作品なのだろう。
公開が今から楽しみだ。

それと、実は「R18+」のレーティングが気になり、
勇気が出ず、なかなか見に行くことができなかった。
いちおう自称HSP(笑)なので、
あまりにも性的に露骨だったり、グロテスクだったり、暴力的な映像を、お金払って見させられるのは御免だと思うからだ。

とはいえ今作はR18+のレーティングがかかっているものの、アカデミー賞作品賞にノミネートされている点からも察せられる通り、不必要に不快なシーンはないように感じた。
とはいえ、やはりレーティングR18+はパッケージとして不利ではないのか。
あえて衝撃的な映像を観たいと思う人は多くはないだろう。世の中十分リアルがグロいし。
レーティングが上がりそうなシーンがあるとして、削れそうなら削ったら?別のシーンで代替できそうなら差し替えたら?というのが正直なところだ。

これを読んでくれているあなたが見に行くのをためらっているとしたら、
ディズニーのリトル・マーメイドを観てもらえればあらすじとしては概ね同じなのでそれでいいような気もする。
ディズニーのリトル・マーメイドを、
性的な方面に思い切りリアルにして、
(脚を得たアリエルが陸で社会の厳しさに直面したあげくにソープで働き始めるというような)
アールヌーボーが流行りまくっている未来のヨーロッパを舞台に、
彼女が変化し、成長していく物語を想像してみれば、
概ねこの映画を脳内で作り上げることができるはずだ。


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