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欧州をめぐる旅(バーデン・バーデンで窮地に( ゚Д゚))Sophies Zimmer

ヨーロッパ屈指の保養地、バーデン・バーデンへ


 シンデレラ城、ではなく新白鳥城(ノイシュバンシュタイン城)を見た翌日、ミュンヘンを後にした。次の目的地は、温泉保養地として有名な、バーデン・バーデン。バーデン(baden)は、入浴するという意味で、それを2回も繰り返す、直訳すれば「入浴・入浴」になる。ドイツ語講座の先輩は、何でそんなとこ行くの?と怪訝そうな顔をして聞いた。
 
あまり観光名所はないけれど、コンパクトだし、何と言ってもドイツを代表する保養地である。温泉に浸かって、観光で疲れた身体を休めようと思った。しかも、バーデン・バーデンは、ヘルマン・ヘッセの故郷、カルフの近くにある。本当は、カルフに直接行きたかったのだが、かなり不便なところにあるようで、大きなスーツケースを引きずって、電車やバスを乗り継いで行くのはとても無理と諦めざるを得ず、隣りの街で雰囲気だけでも味わおうと、言うわけだった。
 
バーデン・バーデンの駅はこれまでよりいっそうこぢんまりとして、いかにも地方に来た、という感じだった。そして、その中心部は駅からかなり離れていた。なぜ、町の中心部が中央駅から離れているのだろうか? 素朴な疑問を胸にバスに乗り、ホテルのある市街地へ。
 
バスの窓から見る街は、これまで見たどの街とも違った。大通りに沿って大きな樹木が植えられ、その向こうには、一戸建ての家が並んでいるのだが、どれもこれも大きなお屋敷で、日本人の私から見ると小さなお城みたいだった。
 
バスから降りたつと、あたり一帯が明るい陽光に輝いていた。ドイツには珍しく椰子🌴の木もあり、カフェが軒を連ね、至るところにベンチが置かれて、人々はのんびりとくつろいでいた。絵に描いたような保養地であった。

ヨーロッパには珍しくヤシの木もあり、陽光の下、ベンチでのんびり

予約したホテルは古く、フロントには図体の大きなおじさんが座っていた。愛想はなく、ドイツ風の通常応対。鼻歌なのか、接客中もハミングしながら身体を揺らしている。だが、ミニーには鼻歌と聞こえなかったらしく「あのおじさん、ずっと唸っている」と気味悪がっていた。鍵は、案の定、鍵穴に差し込むタイプの鍵だった。ウィーンのホテルもそうだったが、これでドアを開けるのがなかなか難しい。私はひとしきりガチャガチャやって、ギブアップ。ミニーに任せたが、彼女もかなり苦労してやっとドアが開いた。
 
部屋は、通気が悪い以外はまずまずの部屋であった。長旅で疲れ果て、私はベッドに倒れ込んだ。明日はいよいよヘッセの故郷(の近くの)黒い森、シュバルツバルトを散策するのだ!
 
翌日、案内所で教えられたバスに乗り込む。乗客はわずかだ。バスはどんどん山に入って行く。一体どこに連れて行かれるのだろうか?不安になる。
 
長々とバスに揺られ、降りたバス停は山の中にポツンとあった。風が強く、めちゃくちゃ寒い。こんなところで、どうやって過ごせばいいのか。心細くなるばかりだった。
 
バス停からは見えなかったが、坂を上がると、人の姿が見え始め、ほっとした。ここは、ムンメルゼー(Mummelsee)という湖がある景勝地らしい。湖の周りを歩くと、人魚の像があった。湖に人魚の伝説は意外だったが、ネス湖のネッシーみたいなものか。説明によると、ここにはムンメルと言う人魚が住むと伝えられ、この名が付いたらしい。

ムンメルゼー


湖に住んでいたという伝説の人魚ムンメル


 私は人魚像をよそに、ひたすら、ハンス(ヘッセの小説「車輪の下」の主人公)が釣りに行ったかもしれない小川や、泳いだかもしれない池の面影を探した。湖は、林に囲まれていた。ハンスがよく散歩した森もこんな感じだったのだろうか。森というと鬱蒼と木々が生い茂ったイメージだが、黒い森は、かなりまばらで林という感じだった。

森というより林?

薄着でやってきたこともあり、寒さに音(ね)をあげ、黒い森を早々に引き上げた。

今回の旅最大のピンチが・・・

 事件は、その日の夕方起こった。私達は、夕飯のためにケバブを買いに行った。ケバブ屋特有の喧騒の中、目的のものをやっと確保し、ホテルに戻った。部屋の前で鍵を探す。まず、バッグ、ない。次にポケット、ここもない。私達は焦って、考えられるあらゆる所を探したが、見つからない。そして、部屋に置き忘れたという可能性に落ち着いた。鍵穴に差し込むタイプにもかかわらず、ドアを閉めると、自動的にロックされたからだ。実際出かけたときも外から鍵をかけなかった。
 
恐る恐る、私は1階のフロントに降り、いつもいるおじさんに、鍵が見つからないから、ドアを開けて欲しいと頼んだ。すると、予想外の反応が返ってきた「合鍵はない。だから、渡した鍵を探せ」と。合鍵がないはずはない。なければ、どうやって掃除しに来るのか? どうしても見つからないから来たんだと言い返すと、「鍵は高いんだ!」と言い放ち、「とにかく、合鍵はないから探せ」の一点張り。
 
確信はなかったが、私は、鍵を部屋に忘れた、と言い訳した。そしたら今度は、部屋にあるなら取りに行け、と。「だから、ドアを閉めると、自動的にロックされた」と何度も説明するが、そんなはずはない、探せと、取り付くしまもない。
 
私は、鍵が見つからなければ、このまま部屋に入れず、夜を廊下で過ごすことになるんじゃないかと恐怖を覚えた。警察に電話した方がいいのかとさえ思った。そして泣き顔になり、頼むから一回開けてください、そしてあなた自身が試してみて下さいと、懇願した。この応酬は、私のつたないドイツ語で為された。何故なら彼は英語が話せなかったから。
 
私が泣き顔になったことで、彼の怒りは頂点に達し、いま客の応対で忙しい!と突っぱねられた。確かにフロントには、フランス人の男性客がいて、決まり悪そうな顔で私をチラチラ見ていた。
 
客の応対がやっとおわり、フロント係のおやじは、憤懣やる方なく、合鍵を引っ掴んで(あるじゃん)一緒に部屋に向かった。その間、彼は、ドアが勝手にロックされただと?あんたの頭な正常か?それとも壊れてるのかと、散々罵ってきた。
 
部屋を開けると、おやじは忌々しそうにフロントに戻って行った。私達は大慌てで部屋を探し回ったが、どこを探してもない!さっき、ケバブ屋で財布を出した時、落としたのかもしれないと、私は、部屋を一人飛び出し、外を探しに行った。鍵が見つからなければ、大変なことになる。ホテルを出るとき、フロントの前を通った。鍵は部屋になかったから、外に探しに行くと言うと、ああ、探せ、の反応だった。
 
外は夕闇が迫っていた。石畳を目にして、この上を探すのかと絶望感に襲われた。無意識にバッグを探っていたら、ツルツルの何かに当たった。もしかして、と取り出して見ると、果たして部屋の鍵のキーホルダーだった。バッグの中のどこかのポケットの奥深くにはまっていたようだ。私は、命拾いしたような気持ちで、ホテルに戻った。部屋に戻るまでずっと、その大きな丸いキーホルダーを、握りしめていた。
 
フロントを通ったとき、鍵を見つけたと無表情で報告すると、おやじは、「当然だ」の顔で応えた。
 
鍵が見つかったからいいようなものの、もし見つからなかったら、どうなっていたのか、と想像するのも恐ろしい。どこかに落としたり、置き引きにあってバックごと盗まれたりすることだってあるだろう。そうなったら、ずっと部屋の外で過ごさなければならないのだろうか?このホテルのフロント係によればそのようだ。
 
母国である日本なら、たとえそうなったとしても、対策は取れるだろう。だが、誰一人知る人もいない、土地勘もない、言葉もおぼつかない海外では、どうすることもできない。私は、今回の旅で初めて海外にいる恐ろしさを体験した。
 
だが、あのドアは自動でロックされたのだ。それだけは確かだ。それだのに、頭がおかしいのかとか言われるなんて。どうして、フロント係の眼の前で、証明して見せなかったのだろう? それだけが悔やまれる。


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