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[ショートショート]図書館

「恐怖が好きだ」

本のページをめくる音だけがひびく図書館の片隅で、僕はそうつぶやいた

普通の人間は恐怖を遠ざけたがるだろう
けど僕は快感を得る
そして正体を知りたいと思う
なんだこんなカラクリだったのか
じゃあ恐るるに足らずだな、と

嫌悪感から、恐怖を感じたら逃げるし
一度感じた恐怖は自分の体に地図を作って
あらかじめその危険を回避する道を選ぶようになる

その危険が何をするかもわかるし
どこにあるかもわかるのに
一体それがなんなのか
どういう仕組みなのかを
積極的に知ろうとする人間は少ない、と思う

恐怖の解体
絡まって団子のようになってしまった糸を
根気よくほどいていく作業
あれほど複雑でグロテスクにもみえた
物体だったのに
ほどき終えたそれは
一本の糸だった

左側の壁をつたって盲目に歩めば
必ず出口に辿り着く迷路のように
シンプルだ

迷いたいだけなんじゃないかと思う
いつでも脱出できるのに
わざと複雑にして
できるだけ長くその場にとどまりたい

恐怖を解体し終わると
僕はまた新たな恐怖を探す
ずっとここにいたい


キュービットという
量子コンピュータの考え方は心に安定をもたらす
0と1のデジタルではない
0でも1でもなく、その重ね合わせ
シュレーディンガーの猫の状態でものを見る
白と黒の二者択一ではないしグレーでもない
そのどれでもありえる状態
判断の保留が秩序を産むことを僕は否定しない
決して先延ばしにしているわけじゃない
所詮、判断の正しさなどというものは幻想に過ぎず
人類が絶滅すれば
人と一緒に正しさという概念も消える

持続可能な世界
それはつまり
欲をかいて不老不死を夢見る
人の性にほかならないのだ

人がいなくなってもこの星は持続する
最初から持続可能だと分かりきっているのに
なぜそんなことを呼びかける必要があるのか

それは、この迷路をできるだけ複雑にして
いつまでもここにとどまりたい人たちがいるからだと思う
つまり、僕と同じなんだろう

だから、そう
僕は思うのだ
この図書館は

「迷路だ」

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