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この髪色が落ちるまでに

髪色が落ちてきて、プリンと呼ばれるように頭のてっぺんがカラメルのようになって、あぁ、美容院に行ってからしばらく経つんだなと気づく。

美容院の予約ページを開いて、メニューから「カット、カラー、トリートメント」のいつものセットを選ぼうとするとき、私はこの3年間ぐらいかな。必ず同じことを考えていた。

この先の2ヶ月弱ぐらい
面接に行く予定ができることはないかな、って。




正社員、と呼ばれる働き方を最後にしたのが3年前。

長いニート期間を経て、それ以降は離れていた身内とまた関わることを選んでまで家業でアルバイトを続けてきた。

継ぐつもりはなかったからアルバイトという形を選んだけれど、このままでいいとは全く思っていなかったよ。やっぱり、正社員として働く自分でいたかった。

優しくて面白い従業員の方たち、仕事の仕方が似ている人にも恵まれて、家族とは上手くやっていけなくてもすこしだけ心が落ち着く場所にもなっていたんだと思う。

なにより、働いていない自分には価値がないと思ってしまう私にとって、当時はまず働くことが大切だった。


だけどそんな日々が、突然終わりを迎えて。

1ヶ月半ぶりの美容院の予約を入れたとき、直近で転職活動をする予定は今月もない予定だった。だから前回と同じ、気に入っていた色を入れてもらおうと思って予約をした。

だけど、そうじゃなくなったから。
暗くするべき時が来てしまった。

「いろいろあって、面接用に暗くしようかなって」と呟く私の顔を見た美容師さん、すぐに察してくれた。


好きな色、というよりも髪色を明るくできるとき、思いっきり派手な色にできるとき、私はいつもその状況に安心していたと思う。

その髪色でいられる時間は、過緊張が続くことも絶望することもなく、穏やかに過ごしていられる。何もない自分に向き合わずにいられるし、自分のことをこれ以上嫌いにならずにいられる。

光に当たってよりきらきらとするような色でいられたとき、なんだか私は私のことがすこし好きだった。

何かに縛られることなく、"私らしさ"を知ったようで、
自由でいられているような気がして。

そんな風に、会社のみんなが私に抱かせてくれる居心地の良さにきっと甘えていた。そうやってだらだらと時間ばかりが過ぎて、時間が過ぎていくことを心地良いと思ってしまって、気づけば3年も経ってしまった。

私は何とも向き合っていなかったな。
自由だったんじゃない。
決めなければいけないことを先延ばしにしていただけで。




3年前、10個近い転職アプリや求人アプリを入れて、いろんなサイトに登録をしていた。

それでもいつだって、何百と出てくる求人に対して絞り込めるような条件が思いつかなくて、自分が何をしたくて何ができるのか、何は嫌で何はできないのか、何も分からなかったし考えられなかった。


そんな私が検索ワードに入れることができるのは、いつも同じ言葉ばかりだった。

◯◯県、正社員、駅チカ  | 検索


ここに入れることができるのは、自分に自信のあることだけのような気がして。「できます」と胸を張って言えることだけのような気がして。

私には何もないから、何もないせいで今こんな状況なのだから、自信を持って何かを入れるということができなかった。そうやって何も変わらない検索欄を見て過ごした夜が、何度あったかな。



あれ以来の黒髪。
鏡を見る度にうんざりしている。

似合わない自分が嫌なんじゃない。
何もない自分と向き合わないといけないことが苦しい。

昨年末にブリーチをしたばかりの髪だから、色が抜けるスピードは昔よりずっと早く感じる。黒染めはしたくなかったから、黒く見える色が長持ちするようにかなり濃く暗く染めてもらったけれど、面接に行けるレベルの暗さが続くのはきっと2〜3週間ぐらいだと。


染めてから4日目。もう4日だよ。
髪色に相応しいような準備も心構えも、何もできていないしする決心がつかない。

わたし、何がしたいのかな。
自分のことなのに全然、自分のことを知らないみたい。
ものすごく他人事で、どうだっていいやと思っている自分もいる。どうにもならないのにね。


色が落ちていくことが、残された時間へのカウントダウンのように感じる。毎朝、まだ何も変わらない髪色を鏡で見る度に安心している自分と、うんざりしている自分がいる。どっちの気持ちも本当なのだと思う。

別に、落ちてきたなら、また染め直せばいいんだよ。
また暗くしたらいい。そうやって時間を伸ばせばいい。

だけど伸ばし続ける時間に私が救われることはないと、
もう痛いほど知っている。




子どもの頃の私に、聞きたいことがあるんだよ。

昔、将来の夢ってなんだった?
わたし、何になりたかった?

いつから夢を持つことができなくなって、
将来に絶望するようになった?


結局、私がいちばん強く願ったこと、将来の私のために唯一頑張れたことは"家から出る"ことだった。家族から離れることだった。

そればかりが優先になって、その先の自分のことなんて何も考えていなかったんだよ。家を出た瞬間、親から離れられた瞬間、人生最大の目標を達成してしまったみたいだった。

同時に、何がしたくて何が好きでどうなりたいのか、何も考えたことがなかったことに気づいた。自分の将来なんて、どうだって良かった。今、逃げることに精一杯で。

でもこれって言い訳だなって、いつまでも甘えてちゃいけないなって、頑張って今の自分と向き合っているけれど、やっぱり、よく分かんないや。

親から離れたら自分の人生をようやく考えることができるだなんて信じていたのに、結局そんなことなかった。自分にないものが多過ぎて、大き過ぎて、取り戻せないことに気がついて、絶望して、その繰り返し。

それにまた今の私は、親と離れることを最優先に考えていて、その先の自分の人生に対して何も考えられない。

だけどいつまで他人のせいにするんだよ、と自分が自分に対していつも強く思う。こうなった責任を、自分で取らなくちゃいけないと思う。


この髪色が落ちるまでに、何か答えを出さなくちゃいけない。

だけどそんな日が、ずっとずっと来ないで欲しい。



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