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ニセコでヒッチハイクをして、「外国人フレンドリー都市」と言われる理由を考えた

用があり、ニセコに5日間滞在していました。

「ここは、各ゲレンデや飲食店が離れていて、ヒッチハイクで移動する外国人さんを見かけますよ」
宿のオーナーさんからこんな話を聞き、ヒッチハイクにトライしました。

実際、私の泊まっていた宿から最寄りのコンビニまでは4km、氷点下•猛吹雪の中を歩くには少し厳しい距離です。
タクシーも時間帯によっては呼ぶことができず、バスも通っていないので、ヒッチハイクは合理的な移動手段にも見えました。
(移動用の車を持っていれば話は別です笑)

タイ人観光客や国土交通省で働かれている方、様々な方に乗せていただきましたが、1人印象に残った方がいました。

外国人の方があんたみたいに親指を立てて助けを求めてるから、いつも助けるんだよ。
I’m busy but I help you ってね。はははは。

50代ほどの女性で、僕に過去の経験をお話ししてくれました。
「英語ができる」ということ以上に、圧倒されるようなコミュニケーション能力を感じ、そういえばニセコで働かれている方は同じような雰囲気を持っている方が多いことを思い出しました。


例えば、バスの運転手さん。
外国人観光客と、お釣りのやり取りで揉めていました。

双方苛立ちを隠せない様子で、大きな声で英語が飛び交っていましたが、最後には朗らかな表情で
”Thank you, Thank you”
と言って送り出していました。

ここでも、英語力が高いと感じたのはもちろん、ここでも自分の意見を明確に伝え、最後にはお客様に感謝の意を述べるコミュニケーションに関心しました。

ゲレンデから見た羊蹄山は圧巻でした。

ニセコにいる時、街全体が外国人・外国人観光客の受け入れに寛容だという雰囲気を感じました。

その理由として、英語のみならず、中華圏や東南アジア地域に対応した字幕表記や、1本のバスで接続されていて分かりやすい街設計等、外国人が観光しやすい街づくりが進んでいる点が挙げられると思います。
ですが、最も印象に残っているのは、上記で述べてきた「現地の方の、外国人に対する姿勢」でした。

聞いた話によると、元々ニセコはオーストラリアでその柔らかい雪「パウダースノー」が一躍有名になり、そこから海外に認知が広がったようです。
古くから多くの外国人が訪れていたという土地柄が、現地で働く方の寛容な姿勢を作り出したのかもしれません。

もう一つ、「ニセコに住む外国人が多い」こともそうした要因の一つかもしれません。
欧米、東アジアを中心に、多くの人がインストラクター等の職種につき、長期滞在していました。
多くのアメリカ兵が住む、沖縄•北谷に似た街の雰囲気を感じました。
日本人の方と、外国人の方が調和しているような感覚です。


話が長くなってしまいましたが、何を伝えたかったかというと、ある都市に外国人を誘致する際、地元のコンテンツプロバイダーや、地元の方の姿勢が鍵になるのでは、という点です。

例えば、今京都で写真ツアーを提供していますが、
ガイドが歴史を英語で流暢に語るのは前提の上、彼らが「コミュニケーション」と真剣に向き合うように教育していく必要があるなと感じます。
その教育にあたり、普段から外国人観光客と接する機会を作る等、外国人の対応に慣れて、体得していくようなプロセスが必要な気がしています。

そういった、一個人や事業者の意識の集大成として、都市単位でも外国人を受け入れ、彼らに好きになってもらうような土壌ができるのだと感じます。
「外国人フレンドリーな都市」はそのようにできていくのではないでしょうか

自分自身のコミュニケーションにも目を向けるきっかけになるニセコ滞在でした。

Soma


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