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フェスタマイノリティと発達カフェバーに行ってきた


いざ、フェスタマイノリティへ

10月15日、日曜日。大阪市立西区民センターホールで開催された『フェスタマイノリティ』に行ってきた。

大阪の東心斎橋にある発達障害カフェバー「金輝」さんが企画されたイベントで、今回で3回目の開催になるんだそうだ。

発達障害のイベントに足を運ぶのはこれが初めて。
同じ特性をもつ仲間たちがどんな活動をしているのか、とってもとっても興味がある。ぜひ今後の自分の活動にも活かしたい!
どんな出会いや発見があるのか、ドキドキワクワク!


午前中からのおでかけなので、いつもより2時間ほど早起き。ちょっと睡眠不足。

フェスタが開始される11時頃には到着するように、余裕をもって出発するつもりだったのに、最寄り駅に着いたら電車が遅延していた。
もうちょっと早く行きたかったのになぁ。なかなか予定どおりにはいかないなぁ。

それでも、11時半頃には会場に到着。
会場の西区民センターホールは西長堀駅から歩いて数分。絶望的な方向音痴を誇る私でも迷わずに行けて、とってもいい気分。

会場に立ち入ると、ナレーターや声優として活躍されている中村郁さんがヴォーカルを務めるバンドの演奏が始まっていた。

この日のステージでは他にも、、

大人の発達障害がテーマのフリーペーパー『凸凹といろ。』で発達障害について連載されている精神科認定看護師の田邉友也先生の講演会や、
同じく『凸凹といろ。』でも特集されている、大栗紙工さんが開発された目にやさしい「mahoraノート」の紹介とか、
『凸凹といろ。』のプレゼント抽選会に、フリーのお笑い芸人・ズマリオさんの漫才もあったり、
終盤はアイドルのステージで盛り上がっていた。

「う〜ん、私もステージに上がって歌いたい!」
って思ったよ。

出展ブースのほうも、盛りだくさんな内容で、かなり楽しめた。

凸凹といろ。では、創刊号から最新号(できたてほやほやの4号が登場! 3号に続いてまた執筆させていただいてます!)までの4冊セットを配布されていて。
蚕都Grantsで、創刊されたばかりのフリーペーパー「Picky」を頂いて。
岡山から出展されたというankoさんのマッサージで癒されて。
どんぐりの会では、メンタルチェッカーによる精神状態の測定をしてもらって、就労移行支援についての話を聞いたり。
tapecojapanさんからは、ChatGPTとbingについていろいろ教えてもらって、めっちゃ勉強になった。
広島から急遽出展されたという森の香人さんでは、クラウドファンディングで一般発売を目指しているという「時計ノート」の無料体験をさせてもらった。

『凸凹といろ。』でずっとお世話になりっぱなしのゆーさんは、ステージの司会進行をされていた。
ずっとお忙しそうにされていたので、なかなか声をかけられずにいたけど、合間になんとかお話しすることができて、うれしかった!

オンラインでは頻繁にやりとりさせてもらっているけれど、実際にお会いするのはこれが初めて。想像していたよりもずっと、アグレッシブでパワフルな方だったなぁ。ADHDの特性を見事に活かされていて、キラキラ輝いていて、めっちゃカッコいいなと思った。

発達カフェバー「金輝」さんで開催される二次会に声をかけてもらったんだけれど、あらためてゆーさんにお会いすることはできなくて、ちょっと残念だったな。


初めての発達カフェバー

で、今回初めて、金輝さんにお邪魔した。
発達カフェバーに行くのも、これが初めてだ。

お店までの道のりは、やっぱり、ちょっと迷った。

しょっぱなから、地下鉄の出口を間違えてしまうという失態。
とりあえず心斎橋筋商店街まで行って、近くにいた警備員さんに、目印となる「docomoショップ」の方向を教えてもらって事なきを得た。

私は方向感覚が皆無で、自己判断だと平気で逆方向にずんずん進んでいってしまうので、誰かに尋ねて教えてもらうことでこれをなんとか回避している。

めちゃくちゃ遠回りをしてしまったんだけど、お店のホームページに載っている道案内を見ながら、なんとかたどり着けた。
だけど、目印となるはずの「docomoショップ」がすでに閉店していて、危うく路頭に迷うところだった。ふぅ〜、あぶない、あぶない。

こういうのはできるだけ最新情報に更新しておいてほしいなぁ。
それでも今回は奇跡的にたどり着けたけれど。
私みたいな救いようのない方向音痴だと、こういうのが致命傷になったりするんだから。

……あ、これは決してディスってるわけでも、文句を言ってるわけでもないですからね!
この先に書くことも、ディスりではありませんので。決して!

金輝さんのお店に足を踏み入れると、中はすでにほぼ満員。
カウンター席とソファ席をあわせて、詰めて座って15人ほどが入れるくらいの、小さなお店。

お店の中には、当事者の方が作ったアート作品が飾られていたり、発達障害関連のフリーペーパーやチラシ、書籍などがたくさん置かれている。

空けてもらった席に着いたはいいが、そこからメニューを決めるまでに時間がかかった。

まず、メニューがひとつしかないことにビックリ。
ひとつしかないので、メニューが決まったら、他のお客さんに回す。そんなシステムになっているようだ。
こういうお店は他にもあるのかもしれないが、私は初めてなので、めちゃくちゃ困惑した。

最初、「なんでメニューを渡してくれないんだろう。しかもみんな知らんふり? 不親切やな!」って、ちょっとイライラしたんだけど。
ちょっと変わってはいるけれど、アットホームな雰囲気が漂っている。そこが他所にはない、このお店のいいところなんだろうな。

メニューを受け取ってから、メニューを決めるまでにまた迷ってしまった。

メニューがわかりづらい。
写真が少なくて、料理のイメージやボリューム感がまったくわからない。
こういうとこ、なんとなく、説明下手なASDっぽさを感じるなぁ。

初めてなので、お店のシステムもまったくわからない。

初めて行く方は、事前にホームページでよく確認しておいたほうがいいかも。私はそれでもいまいち理解できなかった。あとは、お店で直接確認するしかないなと思った。
メニューを眺めながらめっちゃ迷っていたら、他のお客さんがマスターよりも詳しく教えてくれて、私はそれでやっと理解ができた。

オーダーを伝えるときやお会計をお願いするときなんかは、ちょっと声をかけづらかった。
マスターもスタッフさんももちろん当事者の方なので、目の前でバタバタされている様子を見ると、声をかけるタイミングをめちゃくちゃ見計らってしまう。
同じ特性を持っているからこそ「いまは声をかけないほうがいいだろうなー」っていうのがわかりすぎるので、余計に気を遣ってしまうのだ。

そこまで気を遣って、タイミングを見て声をかけても、なかなか気づいてもらえない。大きな声で、手を挙げて、何度も呼びかけても、なかなか聞き取ってはもらえない。これには思わず苦笑い。
「あぁ、これぞ発達さんだなぁ!」と思った瞬間だった。

定型さんが相手だったら、どんなに騒がしい場所でも、どんな状況でも、だいたい聞き取ってもらえるんだけどね。我々からすると、これってすごいことだよね。

私自身、聴力にはまったく問題ないのに、会話がよく聞き取れないことが頻繁にある。私たちにはいわゆる「カクテルパーティー効果」というものが通用しないのだ。

このお店の中のなにもかもが、他所にはない雰囲気であふれている。
定型さんだったら、イライラしちゃうのかもしれない。

だけどここでは、障害をもった私たちのような人間が「マジョリティ」なのだ。
なにをやらかしても、批判されたり咎められたり白い目で見られたりすることはない。

当事者同士で接していると、そんな安心感がある。
遠慮なく自分をさらけだせる空間が、そこにはある。

初めての体験だった。

こんな空間は、初めて体験した。私の通うショートケアの雰囲気とも違う。
私は、ほんの少しの戸惑いと違和感を覚えた。その感情は「楽しい」という純粋な感情よりも優勢だった。

「打ち上げ」と聞いていたから、運営側の人たちも来るんだろうなと思っていたのだが、このお店にはそれらしい人は来なかった。
想定していたのと、かなり違ったんだよね。

さすがに、一見のおひとりさまアスペルガーはちょっと浮いてたかなぁ。私はアスペルガーだから、おひとりさまでも全然平気なんだけど。
まわりは私よりずっと若い子たちばっかりだったし。話せる人がいなくて、ちょっと淋しかったな。こういう場は、やっぱりひとりじゃつまんないな。

ADHD優勢の人だったらきっと、たとえ一見であろうとおひとりさまであろうとお構いなしに、まったく初対面の赤の他人に対しても、ガンガンいくんだろうな。

何の負担も感じないのかな?
いいな、そういう人は。うらやましい。

ASD優勢の私は、そこまでのコミュ力は残念ながら持ち合わせていない。
ASDの人にとっては、ちょっとしんどい空間なのかもしれない。そんなふうに私は感じた。

超活動的なADHDに対して、ASDはどちらかというと控えめな人が多い印象。
普段は控えめにしていても「これは譲れない!」というこだわりのあるものに関しては、まわりを気にせず、どんな状況であってもしっかり主張をして己を通す。ASDにはそんな芯の通った人が多いんだろうなと思う。


やっぱり私は、紛うことなきアスペルガーだ

ふと、こんな考えが頭をよぎってしまった。

「もし、この世界でうまくやっていけなかったら、どうなってしまうのだろう?」

正直なところ、そんな恐怖感を覚えた。

「私は、どこに行ってもやっぱり『マイノリティ』なのだろうか?」

いや、初めての場所で初めての体験を一度にたくさんしたわけだし、慣れてしまえばこれが心地よくなるのかもしれない。現時点で、結論を出すのはまだ早すぎるだろう。

しかし、この一日で、「やっぱり私はアスペルガーだなぁ」と、強く実感することになった。

ADHDもしくはADHD優勢の人たちって、活動的で行動的で衝動的でおしゃべり大好きで、容赦なくガンガンこられるイメージがある(←あくまで私から見た印象)。

この日は、その勢いに圧倒されることになった。
私みたいなASD優勢の人にとっては、ちょっとばかし、しんどいかもしれない。

……っていうか、ADHDだったらこういうイベントとか大勢で集まって遊ぶことが大好きな人が多そうだけど、ASDの人はそこまで好きじゃないだろうな。感覚過敏がある人は、人が多い場所や騒がしい場所が苦手だったりするし、知らない場所に行ったり知らない人と接したりするのが苦手なコミュ障の人も多いだろうから。

発達障害がテーマっていうけれど、この手のイベントって、どっちかっていうとADHD寄りだよなぁ。

私はADHDの特性も強く併せ持っているけれど、ASDのほうがちょっとだけ強め。
だから私の場合、時と場合によって大きく影響される。もちろん、相手にもよるけど。

一対一だとかなりしゃべるけれど、複数人になると途端にしゃべれなくなったりする。
いまでは人見知りもしなくなったし、初対面の人とでも平気で話せるようにもなったけど、大勢の人の前での発言はいまだにちょっと苦手だったりする。しゃべれるんだけど、めっちゃ心臓バクバクしちゃう。

場数を踏めば、もうちょっとうまくやれるようになれるんかなぁ??


ASDとADHDの大きな違いを感じた一日

ASDとADHD。

この違いは、思っていたよりもずっと大きかった。
当事者の私でも「似て非なるもの」だと思っていたんだけれど、いやいや、それは違うな。外見も中身も、まるで違うじゃないか!

「似て非なる」どころか、「似ても似つかぬ」が正解だな!

前にも書いたけど・・・

ASDとADHDって、いわば対極。

ASDが静なら、ADHDは動。
ASDが陰なら、ADHDは陽。
ASDがクローズなら、ADHDはオープン。

それくらい、両極端で、一見矛盾していて、相反するものではないかと思う。

この一日で、身をもって感じた。
この発見と気づきは、非常に興味深い。

休職して、会社を辞めてから、執筆活動をしたりショートケアに通ったりすることで、多くの当事者の人たちと接することができて、いろんな話を聞くことができた。
そのおかげで、障害そのものや自分自身に対する理解がより深まった。

新たな自分を発見できるって、なんて楽しいんだろう!

こんなにたくさんの刺激や発見や気づきが得られて、今後の自分自身の活動への活力やヒントもたくさん得ることができた。
それだけで、じゅうぶん有意義な一日だったな。


「マイノリティの中のマイノリティ」として生きるのだ!

そして、私は気づいたのだ。

そうか!
私はきっと「マイノリティの中のマイノリティ」なんだ!
それなら、それでもいいか。うん、私らしくて、いいかも。

私には発達障害があって、しかも休職まで経験して会社を辞めて作家になったという、マイノリティの中のマイノリティだ。
だけど、こんな自分が意外と好きだ。発達障害があるというだけでもしんどいことが山ほどあるけれど、そんな人生をけっこう楽しんでいる自分がいる。そんなことに気づかされた。

私は「話す能力」はちょっぴり低めだけれど、そのぶん「書く能力」が一般的な人たちよりずっと高いんだから。
そこは自信もっていいんじゃない?
だからまぁ、これはこれでよしなんだよ!!!

せっかくの能力なんだもん、しっかり活かさなければバチが当たる!

私が私らしく生きること。
それが、私をこの世に誕生させてくれた親へのいちばんの恩返しだと思っている。

私は無理せず、私にあったやりかたで、私の好きなやりかたで、やっていくだけ。

「書く」こと。

私には、これがある。
そしてこれは、私にしかできないこと。

そして、めっちゃ考える。
そしてまた、私は書く。
書くことで、また新たな発見ができて、知的好奇心をくすぐられる。

それの繰り返しだ。これでいいんだ、私は。
だって、それが楽しいんだから!

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