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双極症のよくある説明に注文をつける~双極症のたま~

双極症のたまです。
今回はネット上の双極症の説明について考えたいと思います。

 はじめに

わたしは双極症に関するnoteを書いていますが、双極症がどのような病気なのかは説明してきませんでした。わたしのnoteの半分は自分のためであり、半分は同じ双極症の人のためのものだから、説明する必要はありませんでした。

双極症がどのような病気かは調べればすぐにわかります。でも、双極症に関する一般的な記述は十分に病気を表現しているとは思えません。当事者の多くは、よくある説明に物足りなさを感じていると思います。 

最近、職場で復職担当者と話す機会がありました。熱心な方で病気のことをよく調べてくれていました。ありがたい気持ちです。でも、彼の知識は限られていて、彼の想像できない部分がかなりあると感じました。 

健康な人がネットで調べたことと実際わたしたちが体験していることの間にはギャップがあります。このギャップは互いに不利益です。健康な人たちは「この程度のこと」で大騒ぎしているわたしたちが理解できないだろうし、わたしたちはまわりの人は「なにもわからない」のだと嘆きます。一方、病気の苦しさをわかってもらったときには病気に対処する勇気が出てくるし、本当につらいらしいということがわかれば支援の負担感も少なくなるのではないでしょうか。 

そこで、今回は双極症についての一般的な説明に解説を加えて、わたしたちと健康な支援者を不必要に対立させる知識と体験のギャップに挑戦してみたいと思います。

双極症とは

双極症の一般的な説明として、DSM-5-TR の診断基準を確認し、9件のWeb検索結果から双極症のうつ状態と躁状態の気分についての記述(食欲低下、不眠などは含めない)を抽出しました。

抑うつエピソードは、DSM-5-TR の診断基準によれば、
(1) ほとんど一日中ゆううつで、沈んだ気持ちになる
(2) ほとんどのことに興味を失い、普段なら楽しくやれていたことも楽しめなくなる
(3) 食欲が低下(または増加)したり、体重が減少(または増加)する
(4) 寝つきが悪い、夜中に目が覚める、朝早く目が覚めるなどの不眠が起こるか、あるいは眠りすぎてしまうなど、睡眠の問題が起こる
(5) 話し方や動作が鈍くなる、あるいはイライラして落ち着きがなくなる
(6) 疲れやすいと感じ、気力が低下する
(7) 「自分には価値がない」と感じ、自分のことを責めてしまう
(8) 何かに集中したり、決断を下すことが難しい
(9) 「この世から消えてしまいたい」「死にたい」などと考える
といった症状のうち、少なくとも(1)か(2)のどちらかを含む 5 つ以上の症状が、ほとんど毎日、2週間以上続く場合を指します。
 
一方、躁エピソードは、DSM-5-TR では、
(1) 気分が良すぎたり、ハイになったり、興奮したり、怒りっぽくなり、加えて他人から普段のあなたとは違うと思われるほど、異常なほどに活力が湧いて長時間活動し続けたりするようになる
(2) 自分が偉くなったように感じる
(3) 少ししか眠らなくても平気になる
(4) いつもよりおしゃべりになる
(5) 色々な考えが次々と頭に浮かぶ
(6) 注意がそれやすい、気が散りやすい
(7) やろうとすることを周囲の状況を考えずに無理にやりすぎてしまい、ひどくなると全くじっとしていられなくなる
(8) 後で困ったことになるのが明らかなのに、つい自分が楽しいこと(抑えがきかない買いあさり、性的に無分別な行動、ばかげた商売への投資など)に熱中してしまう
といった症状のうち、少なくとも(1)を含む 4 つ以上、(1)で「怒りっぽい」だけの場合は5つ以上、の症状が、ほとんど毎日、1週間以上続く場合を指します。
これらの症状により、仕事や人間関係に支障が出たり、入院が必要になるほど重症であれば、躁エピソードと診断されます。

日本うつ病学会双極症委員会(2024)双極症とつきあうためにVer.11

Webサイトの双極症の説明は次のとおりです。

うつ状態

・苦しくて生きているのがつらい・ゆううつ・いやな気分・逃げ場のない苦しみ・いやなことばかりが頭に浮かぶ・何を考えようとしても全く考えが進まない・落ち込んだ、気分が激しく落ち込む、ひどく落ち込む、気持ちが落ち込む・言葉にはできないほどうっとうしい気分・あらゆることに全く興味をもてない・何をしても楽しいとか嬉しいと思えない、楽しめない・無気力・死にたいほど重苦しい気分・つらい気持ち・理由なく悲しい・寂しい・むなしい・強い悲しみ・絶望感、将来に絶望・罪悪感・おっくう・悲観的・心のエネルギーの枯渇・何をしても気分が晴れない

躁状態

・自分ではコントロールできないほど気分が高ぶった・気分が高まった・気分が激しく高まる・気分が高揚・著しく気分が高揚・異常なほどの気分の高揚・楽しい・上機嫌・ハイテンション・テンションが上がった・病的にテンションが上がる・とても気分がいい・ひどくイライラ・なんでもできるという万能感・最高の精神状態

説明中の気になる点

たしかにそんな感じです。でも説明しきれているとは感じません。気になる点をひとつずつあげていきたいと思います。

1.診断基準は双極症がどのようなものかを示すものではない

そもそも診断基準はお医者さんが診断に必要とする最低限の情報であり、双極症がどのようなものかを示すことを目的としていません。だから、診断基準には患者がとても苦しいということは書かれていません。でも、実際病気と向き合うときには、さきほど述べたとおり、本人にとってもまわりの人にとってもこの苦しみを理解することは大事です。単なる症状の羅列は双極症がとても苦しい病気だということを示すことができません。

2.まわりから見た感じと本人の感覚は違う

診断基準はお医者さんから見た患者の様子です。わたしたちの感じていることとは違う場合があります。たとえば、診断基準の躁状態についての「後で困ったことになるのが明らかなのに」という部分は、他人から見ればそうなのかもしれませんが、躁状態の本人は「大丈夫、なにも問題はない」と信じています。 

また、躁状態についての「自分ではコントロールできないほどの」、「異常なほどの」、「病的に」という表現も同様です。まわりから見るとそうなのかもしれないけれど、本人としてはこの状態が「普通」で「本来の自分」で「十分コントロールされて」おり、「異常」と言われるのは納得できません。 

このように見る人と見られる人の認識に大きなギャップがあります。病気について話すときは、このことを考慮しないといけません。

3.当事者でさえぴんとこない

躁状態の「著しく気分が高揚」という表現は、専門用語なのでしょうか。このような表現は日常生活ではあまり使わないのでわかりにくいです。

4.ちょっとずれてる気がする

うつ状態の「強い悲しみ」という表現。わたしはうつの気分が悲しみなのかわかりません。大事な猫が死んだとき確かにわたしは悲しかったのですが、うつの気分はそれとはちがう気がします。「寂しい・むなしい」といった感情の表現も同様です。そんな静かなイメージの感情ではないと思います。

うつ状態では通常感じられるあらゆる感情はなくなったように感じられます。ひどいうつのときに祖父がなくなりましたが、「悲しい」と思った記憶はありません。自殺しようというときに家族と会えなくなるのが「寂しい」などとは思いません。

うつの気分は実際は、より強く自分の価値や意味や存在を否定される感覚です。うつの気分はわたしをめったうちにして死に追いやります。「悲しい」などの通常の感情表現では、うつの気分を表すことができないのではないでしょうか。

5.ネガティブな気分が病的であることを示す必要がある

「憂うつ」になることは誰でもあります。子供の頃、持久走の前日はとても憂うつでした。でも、この憂うつとうつ状態の憂うつは完全にちがいます。うつ状態のネガティブな気分には持久走のような理由がありません。また、診断基準にあるとおり、一日中、たとえ気分転換になるような活動をしても変わることがありません。そして、通常ありえないほどの長期間続きます。

このことがあまり説明されないから、「沈んだ気持ち」、「ひどく落ち込む」、「言葉にはできないほどうっとうしい」などとどのように表現しても、健康な人は自分が体験したことのある感情、つまり、理由のある一時的で健康的なネガティブな感情しかイメージできず、病気だということが伝わりません。

6.程度と質がよく表現されているか

「おっくう」な気持ちも誰にでもあります。精神疾患でなくても、夜ごはんつくるのおっくうだな、お風呂に入るのおっくうだなと思います。でも、たいていの人は、夜ごはんは自炊じゃなくてもなにか用意し、お風呂も入るでしょう。うつのときはそういうおっくうなことがなにもできなくなるほどおっくうです。

健康な人は信じられないかもしれませんが、うつの人は世話をされなければ、何日も食べないし、お風呂にも入りません。これはおっくうに抗って動けない本人の問題ではなく、おっくうの程度の問題です。うつのおっくうには無気力と興味のなさも関連しているでしょう。うつのおっくうと健康な人のおっくうは量的にも質的にも違うのだと思います。

7.苦しみは想像できない

「苦しくて生きているのがつらい」、「逃げ場のない苦しみ」、「死にたいほど」、「絶望」とありますが、人は自分が体験した感情しか想像できません。「死にたいほど」と言われても死にたくなったことのない人にはわかりません。それでは、健康な人の「想像の範囲を超えた」苦しい気分という表現はどうでしょうか。健康な人が体験する落ち込みとうつ状態の落ち込みがちがうことをわかってほしいと思います。

8.具体的な困りごとが書かれない

わたしたちには症状だけでなく、病気が理由のいろいろな困りごとがあります。たとえば仕事が続けられない、経済的な問題、家族に理解されないなど。単なる気分屋さんでは話が終わらず、経済的、社会的に大きなダメージを受ける病気ということを示す必要があります。

おわりに

一般向けの双極症についての情報を見て思ったことを書きました。健康な人と病気の話をするのは難しいです。たいていは嫌なことを言われるし、相手もわたしの病気が全然よくならないことにいらいらしているでしょう。わたしはまわりの人に助けてもらわないと生きていけないけれど、彼らにはわたしのことを負担に思ってほしくないです。適切な方法でよく話すことが必要です。この記事がわたしたちと健康な人とのコミュニケーションの助けになればと思います。

参考
日本うつ病学会双極症委員会(2024)双極症とつきあうために
https://www.smilenavigator.jp/soukyoku/about/(2024.3.22)
https://mdmd.riken.jp/bipolar/(2024.3.22)
https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=RM3UirqngPV6bFW0(2024.3.22)
https://www.kuretani-clinic.com/manic_depression/(2024.3.22)
https://www.hosp.ncgm.go.jp/aboutus/medicalnote/s013/002/index.html(2024.3.22)
https://www.nhk.or.jp/heart-net/kokoro/ss/(2024.3.22)
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/medical/000232.html(2024.3.22)
https://www.towayakuhin.co.jp/healthcare/miniclinic/sokyokuseisyogai/(2024.3.22)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/10-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E6%B0%97%E5%88%86%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E5%8F%8C%E6%A5%B5%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3(2024.3.22)


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