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小説「テイク・オフ!」 第2話(全5話)

この作品は #創作大賞2024
#ファンタジー小説部門 応募作品です。

◉前回までのお話はこちら
小説「テイク・オフ!」第1話はこちら

◉前回までのあらすじ

 聴覚が鋭敏でいつもイヤマフをしている城戸晴臣きど はるおみと、話せるけれど滅多に話すことがない原田由仁はらだ ゆには、大きな湖がある町に住む13歳。
 夏の自由研究を一緒にやることになった2人のテーマは、「まだ見たことのないものを見たい」に決まったけれど…

3.空を飛ぶ人たち

【HARU】

 そして夏休み。
 結局自由研究のことは特に進展しないまま、ぼくたちは夏休みに突入してしまった。
 どうしようかな、とは思ったけど、ぼくにもいい案があるわけでもなく、なんとなく先延ばしにしてしまっていた。

 寝坊したある朝、リビングに行くと父さんはもう仕事に出かけたあとだった。 
 わさわさの観葉植物たちを眺めながら一人でぼんやりシリアルを食べていると、スマホにメッセージが入った。父さんからで、大事な書類を家に忘れてしまったので、午後でいいから届けてくれないかということだった。
 特に何の予定もないので引き受けた。約束は午後一時、父さんの所属する大学の研究室で。
 大学まではバスで二十分くらい。洗濯と掃除を簡単に済ませて家を出た。

 大学の敷地に入り、研究棟という建物の地下に行く。
 研究室の入り口で、中にいた学生らしき人に用件を伝えると、父さんは午前中の実験が長引いているので、ちょっと待っていてほしいと言われた。届けものだけことづけて帰ろうかと思ったけれど、十五分くらいだと言うので待つことにした。

 暑かったので一度研究室をはなれてトイレの洗面台で手と顔を洗い、汗を拭いた。地上に上がって二階の自動販売機で炭酸水を買う。
 父さんはよく忘れ物をするので届け物には何回か来たことがある。研究棟の中だったら、どこに何があるかは大体覚えていた。
 ぼくは中庭が見下ろせる二階の外の端っこのベンチで、イヤマフを外して炭酸水を飲む。噴水の音が耳に涼しい。

 ……何の音だろう。
 聴きなれない音がして、ぼくは中庭を見た。
 噴水のそばの広場に、大学生が二十人くらい集まってわいわいしている。
 ぼくの耳が捉えた音はそのざわめきではなくて、もっと微かな、ブウンという音だった。
 ……もう一度。
 あ、飛んだ。
 小さな模型飛行機が頭上に飛び立って、彼らはワッと盛り上がった。
 ぼくはイヤマフをつけながら、その飛行機の軌跡を目で追った。
 そう、それは小さな模型飛行機だけれど、何だかまるで、鳥みたいだったんだ。

『まだ誰も見たいことものないものを』
 ぼくの耳の中に誰かの声した。誰だっけ? そうだ、原田さん。クラスメイトの原田ユニだ。
 まだ誰も見たことがないものを見てみたい。そう言っていた。
 腕時計のアラームがピピピピと軽く鳴った。約束の十五分だ。ぼくは研究室に戻った。

「ああ、彼らは航空部だよ」
 と、書類を受け取った父さんは言った。
「ほら、夏の終わりに湖で毎年大会があるだろう。そのための、人力飛行機を作ってるんだ」
 それは、全国から人が集まる、この町の大きなイベントだった。そうか、大学の航空部が出場したりするんだ。
 まだ誰も見たことがないものを見てみたい。と原田ユニは言った。
 なんか、これかもしれないな、とぼくは思った。まだよくわからないけど。

【YUNI】

 私は暑いことに弱い。ひなたのソフトクリームみたいに、すぐとけそうになる。
 だから、私は夏休みはすごく夜行性になる。お日様が出ている時間はできるだけ外に出たくないんだけど、そうも言っていられない時がある。ああ、とける。

 城戸くんに誘われて、私ははじめて大学という場所に来た。敷地の中に同じような四角い建物がいっぱいあって、迷いそう。城戸くんはその中を余裕ですたすたと歩く。お父さんがこの中の研究室に勤めているんだそうだ。
 私たちはこれから、航空部という人たちの作業場(大学の倉庫)に見学に行くことになっている。
 航空部の人たちは、そこで人力飛行機を作っているらしい。城戸くんが大学に来た時ぐうぜん見かけて、私たちの自由研究に良さそうな感じがしたから、ということで、見学の約束を取り付けたという。連絡先をネットで調べて、メールして、約束して。すごい。私だったら絶対にできない。城戸くんと組んで良かったなあと私は思った。

 噴水のある中庭を抜けて、敷地の一番端っこに、体育館みたいな大きな建物があった。ここが倉庫なんだそうだ。
 中をのぞくと、たくさんの人がいた。多分みんな大学生なんだろう、お揃いの薄紫のTシャツを着て、あちこちでいろんな作業をしている。
「あ、君たち、見学の!?」
 出し抜けに後ろで大声がして、私と城戸くんはめちゃくちゃびっくりした。城戸くんなんて文字通り飛び上がった。
「あ、ごめんごめん。俺、声大きかったな。大丈夫?」
 大声の主は、この航空部の部長だと自己紹介した。城戸くんも気を取り直して自己紹介している。私は小さな声で名前だけ言ってぺこりと頭を下げた。
「じゃ、一通り案内するね」
 部長の押山さんに続いて、私たちは倉庫の中に入る。

 明るかった。外から見たら大きな窓もないグレーの大きな倉庫だけど、中に入ると天井近くの窓から光と風が入って、蛍光灯もしっかりついている。明るい。暑い。たくさんの大きな冷風扇風機が、あちこちで回っている。
「今は大会に向けて、とにかく機体を急ピッチで製作中なんだ。ようやく設計の目処がついたところで」
 歩きながら、押山さんが説明をしてくれる。
 天井近くのスピーカーから音楽が流れている。ボブ・マーリーの“one love”。虹色の花びらがたくさん、天からゆっくりゆっくり降ってきて、そのまま空気中を漂っているような音楽。
 その中で、作業をしているいろんな音、あちこちからそれぞれいろんな工具の音や、おーいこれちょっとそっちへ、とか、誰々はどうした? みたいな声が飛び交って、倉庫の中は、いろんな色が散らばりながら夢みたいに渦を巻いている。

 城戸くんを見ると、イヤマフ(ヘッドホンじゃなくてイヤマフという名前だと城戸くんに教えてもらった。防音の効果があるらしい)を指でおさえて調整している。それでも不快ではなさそうで、よかった、と私は思う。
「本番に向けて飛行機を作って、それで飛ぶ、っていう感じですか?」
 城戸くんが質問をする。
「うん、大筋はそうだけど、それまでにとにかくやることがいっぱいある。パイロットはもちろん毎日体づくりをするし、地上で機体の機構を動かしてみていろんな調整をする。それから、テストフライト。試験飛行だね。それをして、データを取って、改良する。それを繰り返す。もちろん、飛行機は予算的にも時間的にも何度も作れるものではないから、テストは1度か、多くて2度だね」
「いろんな作業があるんですね」
「そうだね、何かしらずっとあるね。飛ぶ前に、たくさんのトライアンドエラーがあるから、とにかく時間がかかるよ」
「私にできることはありますか?」
 突然私が発言したので、押山さんと城戸くんがびっくりしてこちらを見た。
 また突然しゃべってしまった。補足、補足。
「私たちに、できることはありますか? ええと、私たち、自由研究で」
 そこまでしゃべって、急に言葉が無くなってしまった。
 しーん。
 喉がかわいた。私は持っていた水筒のキャップをはずしてルイボスティーをごくごく飲んだ。おいしい。

「ええと、ぼくたち、夏休みの自由研究で。まだ何をやるかは決めてないんですけど、もしよかったら、この飛行機作りを、見学したり、手伝ったり、インタビューしたり、例えば、ええと、動画を撮ったり、それをドキュメンタリーにまとめるとか」
 私がいきなり黙ったので、城戸くんが必死に続きをしゃべってくれた。
 ドキュメンタリー? いいねそれ! と私は思った。城戸くん、ナイス。
「えっそれ、めっちゃうれしい。めっちゃ歓迎!!」
 一瞬の後、押山さんが大声でそう言って、城戸くんがまた飛び上がった。
 押山さんはすっ飛んで行って私たちにスケジュール表をくれた。びっしりカレンダーに書き込みがしてあって、もちろん作業は暑い暑い昼間の時間で、それを見て私は正直早まったかなとちょっと思ったけど、城戸くんを見たら笑顔だったので、いいかと思った。
「なんかびっくりして行きあたりばったりにしゃべったらアイディア出た」
 と、後から聞いたら城戸くんは言っていた。
 私たちの夏休みの自由研究内容は、こうして決まった。

4.鳥のように羽ばたく飛行機を

【インタビュー1:湖東大学航空部部長 押山広信おしやま ひろのぶさん(と、設計エンジニア竹山正一たけやま しょういちさん】

 湖東大学航空部の作業場倉庫にて撮影。
 壁を背景にパイプ椅子一脚があり、部長の押山広信さんが座っている。
 インタビュアーは城戸晴臣(ぼく)。カメラのこちら側にいる。

押山さん「ええと、どうも、湖東大学航空部、第三十一代部長、押山広信です。二十一歳です。えー夏休みの自由研究でウチの活動を取り上げてくれるということで、すごくうれしいです。ありがとう! えー何から話せばいいかな。これ何分しゃべっていいんだっけ? え? 何分でもいいの? 五分目安? 五分って結構あるよ。適当でいいの? 編集する? スマホで? えっ、すげえな最近の中学生……。あ、ごめんごめんしゃべるね。今のとこ、カットね。えーと、そしたら、ゴホゴホン(咳払い)……
 僕ら航空部は、簡単に言うと、人力飛行機を作ってます。年間通してはそれだけじゃなくて、いろんな航空機の歴史とか、構造とか、勉強しているんだけど、一年で一番のビッグイベントが、夏の、湖でやる、人力飛行機大会なんです。
 それに出場して記録を残す!(ガッツポーズ)……基本的には大会は、飛行距離、つまりどれだけ遠くまで飛べるか、長い距離飛べるか、っていうのを競うんだけど、僕らは、地元のチームっていう誇りもかけて、それだけじゃない飛行機を作りたいっていう野望が、実は今、あります」

ぼく「野望ですか?」

押山さん「そう、どれくらい自分たちらしく飛べるか、っていう、そういう飛行機を、今考えてるところで……え、ちょっとピョンさん、待って待って今これ撮影してるの、この子たちの。ちょっと待ってって、わー」

 設計担当の竹山正一さんがフレームイン。
 押山さんをお尻でぐいぐいと押しのけてパイプ椅子に座る。
 押山さんはパイプ椅子からずり落ちる。

ピョンさん「どうもこんにちはっ。設計エンジニアのピョンです。彼女募集中です」
押山さん「えーどうするこれ、続けていい?」

ぼく「えーっと、OKです! お願いします。」

 原田ユニがパイプ椅子をもう一脚運んでくる。
 押山さんと竹山さんは並んで座る。

押山さん「えっとじゃあ、部長の僕から改めて紹介しますね。こちらは、設計エンジニアの竹山正一さんです」
ピョンさん「どうもどうも、ピョンて呼んでください。理由? 理由は、何かとピョンピョンしてるからです。でへへへへ……」
押山さん「ピョンさん続き続き」
ピョンさん「はいはい。えーと、飛行機の独自性ね。これちょっと企業秘密なんだけれども、これ、君たちの自由研究、発表するの新学期始まってからだよね? そしたら大会終わってるから……うん、OKOK。ということで、話していくと……
 まずね、人力飛行機の基本ていうか、前提条件として、大会は、滑空機部門と人力部門ていう二つに別れてんの。
 滑空機っていうのはなんていうか、紙飛行機みたいな、あ、ジブリの、ナウシカが乗ってるやつの、エンジン無しバージョンていうか、高いとこから飛び出して、そのままスーって飛んでくやつね。いわゆるグライダーってやつ。
 それで、僕らが作ってるのは、もう一つの、人力部門の飛行機。自転車みたいな機構が中に入ってて、乗ってる人がシャカシャカペダルをこぐの。こいで何するかっていうと、まあ、主に前についてるプロペラを回すんだけど、まあ、人力のプロペラの風を翼にあてて浮力にするっていうのは、それだけの回転数とか風力を人力で出すっていうのは、実はほぼ不可能なんだよね。まあ、少し上昇するくらいなら可能だけど、人力でそれを持続することはできないよね。機械じゃないんだから。疲れちゃう。へへ。へへっ。ゴホッゴホゴホ」
押山さん「ピョンさん、お茶」
ピョンさん「(ゴクゴクゴク)あ、どうもありがと。えーと、なんだっけ? そうそう、だから、滑空機も人力飛行機も、どっちも基本的にはグライダータイプの飛行機をみんな作る。翼が大きくて、風をとらえやすくて、湖に近づいたときに空気抵抗が生まれてなかなか落ちない飛行機。そう、落ちないための飛行機なんだよな……」

押山さん「ピョンさん少し休んで。昨日も徹夜?」
ピョンさん「うん、ギアのとこ、橋本くんとちょっと詰めておきたかったから」
押山さん「ああ、あそこ」
ピョンさん「そんでまあ、できたのが今朝の四時。だから今ちょっと、眠気の波が…」
押山さん「じゃあここからは俺が説明するから、そこにいて何かあったら補足して」
ピョンさん「押山くん、ヨロシク」

ぼく「大丈夫ですか?」

押山さん「大丈夫。いつもピョンさんこんな風。マイペースなの。天才だから。じゃ、残りは俺が説明するね」

ぼく「お願いします」

押山さん「えーっと、つまり、基本は、みんな少しでも長く空にとどまるための、グライダータイプの飛行機を作ってるってところまで話したよね」

ぼく「はい」

押山さん「これまでの必勝の条件は大きく二つある。
 まず一つは、飛行機の形。翼が大きくて、コクピットが小さくて平らで、その中でパイロットは仰向けに寝るような姿勢になって、シャカシャカとペダルをこぐ。空気抵抗をできるだけ少なくして、浮力を大きくしている。
 もう一つは、パイロット。こんな風に狭いところで持続的にペダルをこぐのは、すごい体力と筋力と持久力が必要。強い、アスリートみたいな男性がめちゃくちゃハードなトレーニングを積んでパイロットになる。
 これら二つがこれまでの必勝の王道だったんだ。で、これらに対して、僕らは全く違うものを提案したいと思ってる。はい、じゃここからピョンさんお願いします」

ピョンさん「えっ押山くんいいの? 一番おいしいとこだよ」
押山さん「いいですよ」
ピョンさん「えーいいのいいの? でへへへ」
押山さん「ピョンさんエンジニアでしょ。さっさとしゃべる」

ピョンさん「えーとじゃあ、しゃべらせてもらいます。どうも、エンジニアのピョンです。
 えっとね、僕らはまず、小さな飛行機を作ります。風を受けて滑空する大きな翼じゃなくて、上昇するための羽ばたく翼を作ります。飛行距離を出すためには軽さが大切だし、落ちないことが大切だから、まずそんなバカなもの作ろうとするやつはいないよね、へへ。羽ばたくったって、そんなに簡単じゃないし、羽ばたくことでバランスが崩れてあっという間に墜落っていうリスクがね、増大するわけだからへへ。
 で、もう一つ、パイロットとコックピットなんだけど、寝る形、あれやめます。だってこぎにくいもん。この飛行機では、プロペラの他に翼を動かす動力もペダルで生み出すから、パイロットがこぎやすいことが大事なんだよね。だから極力普通の自転車と似た形にします。
 でも真っ直ぐだとどうしても前に重心がかかって落ちちゃうんだよね。だから、最初から少し上むきに設定します。ずっと上り坂みたいなイメージになるからパイロットは大変だけども。そうすることでコクピットをコンパクトにして、さらに、パイロットを女性にします。女性は体が小柄で柔軟性もある。この飛行機のパイロットには最適」

ぼく「女性で体力がもちますか」

ピョンさん「もつようにそこは僕ら設計チームが頑張ります」
押山さん「よっ、ピョンさんカッコイイ」
ピョンさん「へへ。とにかく、しゃかりきにこぐ! あきらめるな行け!! 限界を超えろ!!! ……みたいな時代を、僕らは終わりにしたいんだよね。新しいシステムを採用して、風をとらえる、風を味方にする、これが僕らの考え方です」
押山さん「ヒュー! (模型を飛ばす)」

ぼく「あ、それ……」

押山さん「あ、これ、ピョンさんが発想の元にした、おもちゃ。パタパタ鳥飛行機。こうやって飛ばすと、翼がパタパタなるでしょ。こういうイメージ」
ピョンさん「ね、それを実現するのがなかなか難しいんだけどねえ」
押山さん「頼みますよ天才!」

ぼく「ありがとうございました」

 話し続ける押山さんとピョンさんから作業場全体を映して、撮影終了。

【HARU】

「面白かった」
 撮影した最初のインタビューを見返してぼくは言い、ユニもこくりとうなずいた。
「長くなっちゃったけど、いいか、あとで編集するから。スマホでやろうと思ったけど、大変そうだから父さんのマックブック借りようと思うんだ。一緒にやってくれる?」
 ユニはにっこりしてうなずいた。

 航空部に見学と手伝いにきてから一週間経った。
 ぼくらは毎日、朝ごはんを食べてから昼までの作業を手伝った。午後だと暑くてとける、とユニが主張したからだ。
 朝イチに作業場に入って、見学をしたり、かんたんな作業を手伝ったりする。朝イチはそんなに人が多くなくて、十人くらいが前日の残りの作業を続けていたり、なにやら話し合ったりしている。
 十一時くらいになると設計のピョンさんがやってきてみんなに指示をする。ぼくたちの質問に答えたり、少しおしゃべりもする。
 昼前くらいにパイロットチームが到着する。男女数人で、少数精鋭のアスリートだ。パイロットは女性を想定しているとピョンさんは言っていたけれど、小柄な男性も候補にいて、お互いに競い合っている。
 到着した時、彼らは既に朝のトレーニングを終えてきている。大学まで距離がある人はその距離を、近い人は湖まで出て、クロスバイクで爆走してくるのだと言う。
 彼らは汗だくでシャワールームに飛び込む。シャワールームは女性優先で、男の人たちはパンツ一枚になって水道のホースの水を頭からかぶる。

 ぼくらは手伝うといっても、何がなんだかわからぬままに長い部品の端っこを支えたり、倉庫の反対側のチームに工具を届けたり、精巧に組まれたギアの動きを見学したりするくらい。
 模型かな? と思うくらい軽い部品と、本物の飛行機なんじゃないかと言うくらい滑らかな流線型の部品。こんなのが自分たちで作れるなんて、大学生ってすごいとぼくは思った。
 ユニは相変わらずほとんどしゃべらないけど、ニコニコと楽しそうにいろんな作業を手伝っている。

 初日に、ぼくらはみんなの前で押山さんに紹介された。航空部は総勢二十九名。自己紹介されたけど、誰が誰だかすぐにわからなくなってしまった。その都度きけば大丈夫、と押山さんは言ってくれた。大学生って大変そうだ、とぼくは思った。
 ぼくたちも簡単に自己紹介をした。ユニはにこにこしていたけど、名前しか言わなかったので、ほとんどぼくがしゃべった。
 名前、学校、中学一年生で、夏休みの自由研究の課題で、このチームが空を飛ぶまでのドキュメンタリー動画を作りたいこと。
 途中で「ヘッドホンかっこいいな、少年」と押山さんに言われたので、これはイヤマフであること、ぼくの聴覚のために必要なものであることも説明した。
 押山さんは、おっ、と言って「じゃあきついことあったら言ってくれ。遠慮すんじゃないぞ」と言った。大学生って、こういうときふつうでありがたいなとぼくは思った。

 航空部の中には既に原田さんという人がいたので、同じ苗字のユニはユニちゃんと呼ばれるようになった。ちゃん、と言うのがちょっと恥ずかしかったので、ぼくはユニと呼んでいる。
 それならということで、ぼくもみんなに名前で呼ばれるようになった。ハルくんとかハル坊とか呼ばれている。
 ユニはというと、相変わらずほとんど口をきかないので、まだぼくはユニに名前で呼ばれたことはない。恥ずかしいのか、呼ぶ必要がないのか、それはユニにしかわからないけど、どっちにしても、今のところ特にぼくはかまわない。
 呼び名が変わると急に皆と仲良しになったみたいで恥ずかしかったけど、大学生のチームのみんなは、名前呼び捨てだったり変なあだ名だったり、日替わりでいろんな名前で呼び合ったりしてゲラゲラ笑っていたので、すぐ恥ずかしくなくなった。大学生って自由だな、とぼくは思った。

【インタビュー2:航空部女性パイロット 市川佐登子いちかわ さとこさん(と、大槻勝おおつき まさるさん)】

 湖東大学航空部の作業場倉庫にて撮影。
 壁を背景にパイプ椅子一脚があり、パイロットの市川佐登子さんが座っている。
 インタビュアーは城戸晴臣(ぼく)。カメラのこちら側にいる。

佐登子さん「これもう撮ってる? 撮ってるの? オッケー、
 はいっこんにちは! 市川佐登子です。サトコって呼んでください。湖東大学航空部のパイロットチーム所属です。航空部の中でも花形ですね。なーんて言うと設計のピョンさんが飛んでくるね。はい! 私たちパイロットは、設計と製作ありきで搭乗させてもらっています。ありがとうございます。
 えーと、私がなんでパイロットチームに入っているかというと、まあ、それはほんとに単純だよね。空を飛びたかったから! だって、ほぼ自分の身一つで、こんなふうに空を飛べるって、まず無いことじゃない? 私はこの町の出身だから、毎年夏になると湖にあの大会を見に行って。まあ、お祭りみたいなものだよね。家族で、お弁当持って行ってさ。あっついなか。それがすごく楽しくって。大学に入ったら絶対航空部に入ろうと思ってた」

ぼく「ずっとパイロットを目指してたんですか?」

佐登子さん「ううん、まさか女性がパイロットになれるとは思ってなかったけど、それでも、航空部には入ろうって決めてて……それで、パイロットでもそうじゃなくても、真夏に飛行機作って飛ばすって、それだけで体力要りそうじゃない? だから運動はするようにしてたよね、子供の頃から。体動かすの好きだったし。
 そしたら今年の設計の関係で、女性でパイロットって話が出てきて。これはもうぜったい私が乗る! と思って、毎日走り込んで、体しぼりました」

ぼく「体をしぼる?」

佐登子さん「あー、筋肉をつけて、体脂肪を落とすってこと。確かに女性は男性に比べて小柄で柔軟性が高いことが多いけど、体脂肪が多いんだよね。それはもう、体のつくりで。でもまあすべては最後は個人差だし、私は私なりにベストを尽くそうと」

ぼく「そういう数値でパイロットを決めるんですか?」

佐登子さん「体脂肪率何パーセント、とかでダメとかは特にないけど、体重は重要だよね。機体に対する重量として。だからそこはシビアにしぼります。あと、筋力と持久力は当然重要だから、タイムとか、回転数とか、ふくらはぎが肉離れしないためのケアとか、重要になってきます。肉離れしたことある? めっちゃ痛いよ、あれ。巨人がこう、ガッとふくらはぎを持ってね、ちぎろうとしてるみたいな。ギャー! だよね。そんなかんじ」

ぼく「空を飛んだら、どんな感じなんでしょう」

佐登子さん「そうだねえ。まだ飛んだことないからね、頭の中でしか。まさに、それを知るために飛びたいようなものだけど。あっ、あれ知ってる? 地球は青かったってやつ」

ぼく「えっと、宇宙飛行士の?」

佐登子さん「そう、ガガーリン飛行士。ソビエト……今のロシアだね、の宇宙飛行士。1961年に、世界ではじめて有人宇宙飛行をした人だよ。彼の言葉で『地球は青かった』ていうのが有名なんだけど、正しくはね、彼はこう言ったんだって。『空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた』」

ぼく「へー」

佐登子さん「それからね、彼はこうも言ったんだって。『ここに神は見当たらない』。……私、すごく感動したんだよね。それって、今となっては当たり前のことじゃない? 宇宙空間は暗くて地球は青いとか、神はそこにいないっぽいとかさ。でもそれって、実はそこに行った人にしか言えないことなんだよね。彼は実際見たものを、そう言ったんだもん」

ぼく「たしかに」

佐登子さん「実際に空を飛ぶまではさ、空を飛んでどうかっていうのは、わからないんだよね。当たり前のこと言ってるけど。だって私たち空飛ぶ生き物じゃないんだもん。だからさ、私はそこで自分が何を見て何を思うのか、すごく楽しみにしています」
勝さん「あれあれ、あの話してくださいよ、まるい虹の話」
佐登子さん「あっ乱入してきた。いいの? これ」

 パイロットチームの大槻勝さんがひょこっと顔を覗かせる。

ぼく「大丈夫です」

 勝さんはパイプ椅子を持参していて、佐登子さんの椅子の横にそれを並べて嬉しそうに座る。

勝さん「じゃあ、俺話してもいい?」
佐登子さん「自己紹介しなさいよ」
勝さん「はいっ! 湖東大学航空部パイロットチーム、一年、エースの、大槻勝です」
佐登子さん「誰がエースじゃ」
勝さん「おっすおっす。今の段階で一応ファーストパイロットは佐登子姉さんだけど、俺も控えとして頑張ってます、なんなら虎視眈々とパイロット狙ってます」
佐登子さん「はいはい」
勝さん「えーと、なんだったけ」
佐登子さん「まるい虹の話でしょ」
勝さん「そうそう、俺、それが見たいと思って! 飛行機でしか見えないまるい虹っていうのがあるの、知ってる? ふつう、虹ってアーチっていうか、半円でしょ。それが空だとね、ぐるっとまんまるいのが見えることがあるらしいんす。
 俺らの先輩が言ってたんすけど、普通はもっと高度がある飛行機での現象らしいんだけど。要は、太陽が雲とか霧に映って、虹色の輪っかができるっていう、そういうもんらしいんだけど、湖って、霧が出やすいじゃん? 小雨が降った大会もあったらしくって、先輩でひとり、それ見たっていう人がいて」

ぼく「飛んでいる時にですか?」

佐登子さん「そうそう! すごいよね」
勝さん「そんで、その虹の輪っかの中に、見えたんだって。不思議なものが」

ぼく「不思議なもの?」

勝さん「そう、ブロ、ブロ、何現象でしたっけ? サトコ姉さん」
佐登子さん「ブロッケン現象。昔から、山の向こうに大きな神様が立っていて、その後ろに後光が見えるとか、そういう伝説が世界各地にあったりするんだけど、それって物理的にいうと、太陽を背にして、自分がいて、遠くの山の周りの雲だとか、霧だかに自分の影が大きくうつって、その周りに虹が出るっていう」
勝さん「めっちゃエモいっすよね」
佐登子さん「昔の人が神様だって思ったのもむりないよね。何か神聖なものが見えるって、その時その人にしか見えないものが見えるっていう説もあるんだよね」

ぼく「自分とか飛行機の影なんですよね?」

佐登子さん「うん。物理的にはね。でも、世の中にはさ、いつも説明がつかない不思議なことがあるから。出会ってみたいよね」

ぼく「神様とか?」

佐登子さん「神様とか、天使とか、自分自身でも。何か、その時にそこでしか出会えない誰かに」

 窓からの光を受けた佐登子さんの瞳の色を映して、撮影終了。

【YUNI】

 息を切らして高速でスクワットをするパイロットチームを前に、私はストップウォッチを持っている。
 三十秒ごとに首にかけた銀色のホイッスルをふく。そのたびに勝さんが
「三十秒ぉぉぉぉ!」
とか
「六十秒ぉぉぉぉ!」
とか、
「ラストぉぉぉぉ!」
と叫ぶ。
 スクワット、腹筋、背筋、腕立て、腿上げ、それからまたスクワット。
 パイロットチーム五人+ハルの総勢六人が、ハッハッハッハと激しく呼吸する音が響いて、みんなの体から湯気が立ち上りそうなくらい。
 すごいなあと思う。
 それから、人はそれぞれの体の中にいるんだなあと、こんな時わたしは思う。
 今だったら筋トレの負荷とか、苦しさとか、痛みとか。六人はその真っ只中にいて、わたしは涼しい顔をして(暑いけど)ストップウォッチなんか持っている。
 六人も六人で、みんなおんなじ感覚の中にいるんじゃなくて、それぞれ違う苦しさとか、痛みとか、暑さの中にいる。
 人は皆、その人の体の中にいる。それが私にはすごく不思議だ。

 ピーっと最後のホイッスルを吹くと、六人は、ばたっと地面に倒れ込んだ。
「もうだめだっ」
「やべえ」
「限界」
「ぐえー」
 なんてそれぞれ言って転がり回っている。私は彼らのタオルと水のボトルを運ぶ。
「ありがとう、ユニちゃんまじ天使」
などと言って、勝さんがおおげさに感謝してくれる。
「ありがとう」
 と言って、ハルが自分のボトルをとった。ルイボスティーにレモンをいっぱいいれてある特製ドリンクだ。ママがいつも私に持たせてくれるルイボスティーを少しわけてあげたら、気に入って飲みたいというので、ママに頼んで、毎朝2本持たせてもらっている。

 さすがに筋トレ中は暑すぎるので、ハルはトレーニング参加中だけイヤマフをはずすようになった。
 筋トレまでしなくてもと私は思ったけど、なんでも体験してみたいし、もともと体を動かすのが好きなのだという。
 信じられない。ほんと、人ってそれぞれだなあと私は思う。

「ほいじゃ次、ペダルいこっか」
 佐登子さんがみんなに声をかける。
「ぐえー」
「えぐいー」
「休み過ぎると動けなくなるよっ」
 佐登子さんが喝を入れ、
「やべーな」
「鬼ー」
 ブーブー言いながらもパイロットチームは起き上がり、倉庫の隅に設置してあるクロスバイクへ移動する。

 倉庫の中は電ノコや何かのいろんな音で騒々しいので、ハルはここで汗を拭いてイヤマフをつける。
 本番仕様にギアなどが組んであるクロスバイクが二台あり、彼らは交代でペダルをこいでは、フォームや何かをアドバイスしあっている。
 ハルもペダルを踏ませてもらって、かなりの記録を出し、皆をわかせていた。
「いや、おまえかなりいいとこ行ってるよ、マジで」
 と勝さんに言われ、この自転車こぎやすいんです、と言っていた。
「あー本番用にちょっと小さめにカスタマイズしてあるから、ちょうどいいのかもしれないね」
 と佐登子さんが言った。たしかに、ハルと佐登子さんは同じくらいの体格に見える。トレーニングの蓄積の違いで、筋力や運動神経は佐登子さんの方が段違いに上だけれど。
「でもハルくんはいいセンスしてるよ。ペダルをふむリズムに無理がないよね。バイクと一体化してるっていうかさ」
 ハルはそんな風に佐登子さんに言われて顔を赤くしていた。
 私はもちろん動画にそのようすをおさめた。ハニカムボーイ。

【インタビュー3:湖東商店会会長 八百丸の丸井富美子まるい ふみこさん】

 青果店八百丸の店頭にて撮影。
 丸井富美子さんの背景には所狭しと並べられた野菜たちが色とりどりにひしめいている。
 インタビュアーはカメラのこちら側にいる。

丸井さん「えっあんたたち? 湖東大学の? ああ航空部? あ、手伝ってるのね。へえー中学生? へえ、えらいねえ。あの大学志望なの? 自由研究? 夏休みの? へえー 今ではいろんなことやるんだねえ。おばちゃんの子が小さな頃なんかはさ、ヤクルトの空いたの百個使ってロボット作ったり、クワガタ集めて標本作ったりさ、そういう感じ。それが今はスマホで映画作るの? あ、あれだろ、ドキュメント、ドキュメンタリー? 今の子はなんでもスマートだよねえ。
 で、なんだっけ? 航空部を応援してるかって? もちろんよお。もちろんだよね。ここらのいちばんのイベントだもんね。あの湖の飛行機の大会はさ。そりゃ地元としてはさ、全国のチームが集まってくれるの嬉しいし大歓迎だけど、その中でもね、地元のチームの応援はそりゃ気合入るよね。
 応援に行くかって? 行くよお、当たり前当たり前。横断幕つくってるんだよ、毎年。
 商店会総出でばっちり応援するからさ、頑張ってください!!
 あんたたち野菜は食べてるの? 夏だからさ、運動もしてるんでしょ、ビタミンとるのよちゃんと。これ、いろいろ詰め合わせといたからさ、もってって。ちゃんと食べんのよ! めんどうだったら生でも茹でるだけでも。もう最後は全部味噌汁にしたらいいんだから。ね! 食べるんだよ!!」

 丸井さんが差し出す大袋いっぱいの野菜たちがカメラの前に、そして画面いっぱいになって、撮影終了。

【インタビュー4:佐々木工務店店長 佐々木文明ささき ふみあきさん】

 工務店の応接室にて撮影。
 茶色の革製のソファセットと重厚なローテーブル、ローテーブルの上にはガラスの大きな灰皿がある。
 正面の一人がけのソファに佐々木文明さんが座り、インタビュアーはカメラのこちら側にいる。

佐々木さん「はい、私たちが毎年ね、イベントの方から依頼を受けて、プラットホームをね、作ってます。プラットホームというのは、ほら、やぐらみたいなね、高い、足場というか、飛行機が飛び出すところね。絶対事故を起こしちゃいかんからね、もう絶対安全なものをね、心をこめて、作ってます。
 何をやるにしてもね、一番大事なのはね、安全第一。これだから。体が一番だから。体の中に命があるからね。
 そういうことを大事にして、私たちは働いております。本当、体には気をつけてね、頑張ってほしいとね、思っています。応援しています! ご安全に!」

 佐々木さんの敬礼、撮影終了。

【インタビュー5:湖の漁師 時田玄作ときた げんさくさん】

 湖岸のボート係留場にて撮影。
 エンジンをかけていないボートの上に時田玄作さんが立ち、部長の押山広信さんが座っている。
 インタビュアーはカメラのこちら側にいる。

時田さん「そう! 俺がボート出すよ。俺と、俺の息子と、甥っ子と、あと、中村んところのボートと、恩田のところと、全部で八艘ね。
 いつもは? 漁師をしています。湖で漁? できるよ当たり前。こんだけ広ければどんだけお恵みがあるか。湖の神様に感謝だよ、俺たち漁師はずっと。
 えーと、俺たちの役目は飛んでる飛行機に着いてって、落ちた飛行機の中からパイロットを助けること。そうじゃなきゃ溺れっちまうから。ぶじにスーッと飛んでゆっくり水に降りてくれりゃあいいんだけど、全部がそうはいかねえから。風にあおられて突然ひっくり返るのとか、プラットホームから飛び出したとたんに落っこちて水にどーんとか、けっこうあるからな。肝が冷えるよ。
 あと、ほら、今はあれだろ、機械がいろいろ発達して、みんなマイクとかカメラとか、つけてるだろ。そんで、同じチームの中で、指示をするやつがさ、俺らのボートにのって、飛行機にずっとついてくんだわ。そんで、ああしろとかこうしろとか、がんばれとか言ってるってわけだ。
 いや、ほんとすごいって毎回思うよ。何十キロも飛んだやつとかな、すぐ落っこちたやつもな、水の上から見てるとみんな同じようにすごいって思うよ。よくやるよ。空に飛び出すってとんでもないことだよ。
 応援してます。水に落ちたらな、それがどこでも俺たちがぜったいすぐ助けるから、それは、安心するんだぞ」

 時田さんのボートに打ち寄せる湖の小さな波から、湖の全景を映して撮影終了。

(続く)


第2話、お読みくださりありがとうございました!

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