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独身女性、アラフォー、無職、実家暮らし。ラーメンを食いながら女子高生を見つめた日の日記。

ひとり飯が無理な人って何が無理なのだろう。
私はもう一人暮らし歴も18年だし、そもそも学生時代から一人で飯を食う女だったので、一人で行けないものはない。酒が飲めないので居酒屋は少しだけしんどいが、気になったBARにも一人で入る。二名様以上じゃないと通せないと言われない限りはどこへでも一人で行く。もちろん海外も、安全と言われているところは一人で行っている。

お昼のピークを過ぎた頃だろうか。ラーメン屋に入った。
無職は時間に縛られない。12時−13時の間に、気に入りの店に走って時間を気にしながらメニューを選んでソワソワ待って、時間を気にしながらバクバクと食べなくていい。自由の対価は「人と違う」こと。人と違うので、大多数の人は説明を求めてくる。鬱陶しい。「どうして働かないの」「どうして家を出ないの」。うるせえなあと思う。そういうことを聞いてくる人は、大体世界が狭い。聞いてもないのにアドバイスまでしてくる。鬱陶しいことこの上ない。私はお前に憧れてないのでアドバイスは要りません、と言ってしまう。こうしてどんどん人付き合いは悪くなる。

余計なことを考えてしまった。ラーメンだラーメン。今日は豚骨ラーメンだ。久留米発祥らしい。九州の友人が、「東の麺は中華麺がほとんどだよね」と言ってきたことがある。危うくその場で戦争が勃発しそうになった。食材の帝王、北海道で誇られているラーメンだって、ほぼ中華麺ではないか。その流れで北海道だって東京だって中華麺が圧倒的に多い。なんなら九州の豚骨ラーメンが異色であり、豚骨スープに中華麺が入っていることだってある。九州民からしたらあり得ないそうだが、こちらは味噌ラーメンで育っているし、本格的な豚骨ラーメンは社会人になってから初めて食べたが、ラーメンは全部ラーメンである。白くて細いからって麺と認めないとか言わない。仲良くしようぜ。

また、余計なことを考えてしまった。ラーメンと明太子ご飯のセットを買った。食券を店員さんに渡し、カウンターに通される。L字型のカウンターには、私と、スーツ姿の初老のサラリーマンと、大学生らしき男性。あとはテーブル席に女子高生と思わしき三人が座っていた。

話題は何かよくわからないが、女子高生はずっと喋ってずっと笑っている。内容は全く覚えていないが恋バナだった気がする。聞いてて全然面白くはないのだがずっと爆笑している。私も女子高生だったとき、インターハイのため、叔父宅に友人三人と宿泊したことがあるのだが(叔父の家はでかい)、叔父は何てことないことでゲラゲラ笑う私たちを見て「箸が転げても面白い年頃だもんな」と言っていた。あの時の叔父は37歳くらいだろうか。今まさに同じことを考えている。彼女たちは箸が転げても面白いのだろう。二、三本転がしてやろうかな。

などと考えているうちに、着丼した。豚骨ラーメンと明太子ご飯。さあて正直女子高生もうるさいし、とっとと食べて出よう。スープから一口。旨い。明太子ご飯はまるまる明太子が一本乗っている。好きな食べ物がコレステロールの私からすると、明太子一本乗せてくれるなんて嬉しくて仕方ないのだ。ありがとう。替え玉の注文をシミュレーションしながら食べ進めていると、すぐ近くにある業務用冷蔵庫から、調理人(おそらくオーナー)が、ラーメン屋に似つかわしくない「ザ・スイーツ」な感じのボックスを取り出した。私はすぐにピンと来た。おそらくあの中にはスイーツが入っている。そしてそのスイーツは、女子高生の元に渡るだろう。私の予想は的中した。

後ろから「えー!」という黄色い声が聞こえる。「えー!!え!えー!やばい!えー!」さっきからそれしか聞こえてこない。三人みんなえーえー言っている。こんなに、独身女子ドラマのように、作ったかのようなシチュエーションあるものなのだな、と感心していた。店内に他にいるサラリーマン、男子大学生、年増女。選ばれたのはJKでした。かくも男性は「女性=甘いものが好き」という認識がある。私も働いていた時は「女性の方にどうぞ」とシュークリームやらケーキやらどら焼きをさんざんいただいたものだ。
正直、男性が若い女性に対して「甘いものをあげたら喜ぶ」というその行動が、ある程度年齢を重ねると気持ち悪いものにも思えてくる。もちろん喜ぶ顔が見たいという気持ちがあり、下心ではないとわかってはいるが、それを明らかに男性より、年増の女より、若い女性にしたがるのは、うっすらと「若い女性に好かれたい」という気持ちの現れなのである。そもそも男性も結構甘いものが好きである。シュークリームやらチーズケーキやらも喜んで食べていたし、チョコレートも好きな男性は多かった。「女性の方に」と言われても今はダイエットしてる女性も多いし、圧倒的に私の周りは饅頭より煎餅の方が好き、という女性も多かったので、もらった食べ物を外回りで疲れた男性にあげたりすると、喜ばれたものである。

「いいんですかあ~!すごおい〜!」とJKはオーナーが鼻の下が地面につきそうなくらい素晴らしいリアクションをしており、オーナーは「差し入れでもらっちゃってね、俺甘いもん食わないから・・・女性は甘いものは別腹でしょ〜?」と言っていた。私はそもそも別腹というものはなく、ビュッフェなどいくとデザートから食べて薄気味悪がられることの方が多いので、別腹という感覚はわからないが、JKが「そうですう〜!別なんです〜!こんなことあっていいんですか〜!ありがとうございます〜!」と言った時、オーナーの鼻の下はブラジルまで届いただろう。

ちらっとその女子高生の卓を見た。チョコレートケーキが二つ。ラーメンを食べた後に3人のJKがシェアするにはちょうどいい量かもしれない。この時の感情をなんと言ったらいいのかわからないが、きっとほんの少しだけ嫉妬にも近いものだと思う。なぜなら、飲食店や、会社、いろんな場所で、嘗ての私は「若い女性」だったのだ。突然飲食店で頼んでないものをサービスされたり、お金を払わずに飲食できたり、通えば何かしらサービスしてもらったり。善意か下心か知らないが、さまざまな場面で得をしてきたのだ。
私は、40歳になってしまった。世間的にも自分でも、BBAと認定されてしまう年代。白髪もシミもシワもある。その上、かわいげとあどけなさは消えた。あのケーキは、私は貰えないのだ、という、諦めと、悲しみと、自分に対する呆れと、女子高生へのほんの少しの羨望だ。羨ましいのだが、私はもうチョコレートケーキは欲しくない。おそらく500円はしないであろう、大きめのケーキ。ラーメンと明太子ご飯を食べた40歳の胃袋は、きっとケーキを受け入れられない。もともと別腹はないし、ケーキを食べるとゲップが出てしまう。消化不良やないか。そんな風に自分を納得させることができる大人になっている。

しっかり大人になっている。無職で独身で実家で暮らして、子供も産まずに親の脛をかじり、何の生産性のない私ではあるが、何もかもを欲しがることなく、自分より若い世代に全て譲ることを厭わない。今の自分を褒められるところはこれくらいしかない。

だがそれでいいのだと思う。替え玉はやめておいた。

二つ隣の席の白髪でシミだらけのサラリーマンは、女子高生の「おいし〜」の声で、上を向いた。私も、なんとなく上を向いた。上を向いて歩こう、涙がこぼれないように、という有名すぎる歌詞なんか思い出してみるが、40歳にもなると、溢れ出る涙は、上を向いても零れることを知っている。最後に泣いたのはいつだったっけ、と、味変のためにニンニクを潰しながら考えた。
思い出せなかった。思い出せないくらいで、ちょうどいいのだ。

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