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「汚さ」「綺麗さ」をその場で見える化

「掃除機で回収されたゴミの正体が知りたい!」

ソフトバンクロボティクスと熊谷組によるWhizの清掃機能に関する評価・検証は,この突然の一本の電話からスタートしました。

「隠れダスト」を”その場で”数値化できないか?

2019年10月某日,茨城県つくば市にある熊谷組技術研究所の会議室に,ソフトバンクロボティクス プロジェクト推進本部の山口統括部長と事業推進本部の小暮部長が来所され,詳細打合せを行いました。相談内容は以下に集約されます。

・Whizによってとにかくたくさんのダストが回収できる。
・そのダストにチリ・カビ・細菌などのいわゆる“隠れダスト”が多く含まれているのかが知りたい。
・Whizによって床面がきれいになっていることを“その場で
示すことができないか。

話を一通り伺い,ルミテスター(キッコーマン)という測定機を利用したATPふき取り検査が使えるのではないかと直感的に感じました。実機を持ってきて,私の手の平とテーブル上のふき取り検査を目の前で実施,ものの10秒で測定結果を示しました。手の平では8,000 RLUを超え,テーブルでは1,000RLU程度であったと記憶しています。このときの「おぉ!」という感嘆の声を伴うお二人の大きなリアクションを見て,”これは使えるはずだ”と確信したことを鮮明に覚えています。

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ルミテスター PD30

隠れダストはふき取り検査で見える化できるのか?

ルミテスターによるATPふき取り検査(A3法)とは,生物由来のエネルギー代謝物質を検出し,生物的汚染度を試薬の発光強度(RLU, Relative Light Unit)によって指標化する検査方法です。あらゆる生物がもつエネルギー代謝物質であるATP(アデノシン三リン酸)だけでなく,その代謝産物であるADP(アデノシン二リン酸)とAMP(アデノシンーリン酸)も同時に測定することができます。つまり,今まさに生命活動を行っている生きた微生物(細菌,カビ)のみでなく,生命活動後の死菌や食品残渣なども併せて測定することができます(加熱や発酵,酵素反応等によりATPが変化した物質であるADPやAMPも測定できるため)。したがって,花粉などの植物片や土埃中の微生物などが測定値に反映されます。主に食品工場や医療機関における衛生管理の手法として活用されています。

きれいな水で湿らせた綿棒で測定対象をふき取り,試薬と反応させたサンプルを測定機にいれるだけで測定ができます。誰でも簡単に迅速に測定することができます。

一方,隠れダストは「チリ,花粉,カビ,細菌等,肉眼では見えにくく,床に存在し,空気中に舞い上がりやすい人の手では取り残してしまうゴミの総称」とされています。

花粉・カビ・細菌は生物ですので,当然ルミテスターで測定が可能です。また,チリは繊維くずや土砂などの微粒子のことであり生物ではありません。しかしながら,このような微粒子には細菌等が付着していることが知られています。つまり,ルミテスターによる測定値に反映される物質であると考えられます。

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ATPふき取り検査によって隠れダストは測定できる

以上のことから,ルミテスターを利用したATPふき取り検査によって隠れダストの測定が可能であると考えました。

オフィスビル等の床面はどれくらい汚れているのか?

打合せの数日後,ソフトバンクロボティクスがオフィスを構える汐留のオフィスビルにおいて,実際にオフィス床面のATPふき取り検査を行いました。まず,調査点を設定し,何もしない状態でATPふき取り検査を行いました。これを清掃前の測定値とします。次に調査点上でWhizを稼働させ3往復します。この状態でATPふき取り検査を行いました。これを清掃後の測定値とします。

結果の一例を示します。人の往来が多く,床面が汚れている可能性の高いコピー機の前での測定結果では,清掃前4,827RLU,清掃後2,512RLUでした。Whizの清掃により2,315RLUの減少効果を確認できました。全部で4ヶ所の測定を行いましたがいずれにおいても清掃後に1,000~3,000RLUの減少が確認できました。

これらの結果から,ルミテスターを利用したATPふき取り検査によって床面の汚染度(清浄度)が評価でき,かつWhizによる清掃効果をその場で示すことができると考えました。

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オフィス床面における調査点と測定結果

そこで,一般的なオフィス床面の状況を把握するために,首都圏を中心とした施設(事務所,ホテルなど)116ヶ所のタイルカーペット床を主な対象(一部フローリングなどを含む)として清掃前後のATPふき取り検査を実施しました。その結果は,清掃前のATP測定平均値は6,221RLU(最大18,850,最小710),清掃後の平均値は3,902RLU(最大9,661,最小198),清掃前後の差分(清掃による減少値)平均値は2,319RLUでした。使用状況や床面の素材の違いによって測定値に大きなばらつきはあるものの,総じてWhizの清掃により2,000RLU程度減少することが分かりました。床面の隠れダストがWhizによって除去できている,と言い換えることができると思います。

「きれいな床」と言える基準値

きれいな床面の基準値を求めるために,116ヶ所の測定結果から清掃後の測定値について1,000RLUごとのヒストグラム(度数分布図)を作成し,床面の清掃後ATP測定値の分布を調査しました。

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清掃後ATP測定値のヒストグラム

使用状況や床面の素材の違いに起因して測定結果に大きなばらつきがあるために,やはり分布にもばらつきは見られるものの,清掃後平均値3,902RLUを中心とした3,000~5,000RLUにボリュームゾーンがあることが示されました。4,000RLU帯までの累積比率は54%になります。5,000RLU帯までで累積比率72%,6,000RLU帯までで累積比率83%,7,000RLU帯まででは累積比率は92%に達しました。

一般的なオフィス床面の清掃前ATP測定平均値は6,221RLUでした。平均値より高い測定値の場合,清掃が必要な状態であると考えました。逆に平均値より低い場合は,十分に清掃がなされた清浄状態であると考えました。また,清掃後平均値3,902RLUより低い場合は清潔的な清浄状態であると考えました。さらに,食品工場等での衛生管理(手洗い後の手指対象)のためのメーカー推奨基準値(※)である2,000RLUを下回る場合は衛生的な清浄状態であると考えました。

(※)https://biochemifa.kikkoman.co.jp/files/page/kit_pdf/dounyu4.pdf

これらの考え方と度数分布の累積比率を組合せ,床面の清掃後におけるルミテスターを使用した管理基準値を設定しました。床面の汚染度および清浄度を“その場”で判定する指標とすることができます。清掃後のATP測定値が7,000RLU以上であれば十分な清掃がなされていないと判定します。継続的な清掃により,6,000RLU以下の状態を維持することが望ましいと考えられます。

我々が考案したATPふき取り検査による清浄度判定は,より清潔さが求められるアフターコロナの施設清掃における新しい管理基準としてとても有用なものになるでしょう。

ATP測定値と清浄度判定(ルミテスター管理基準値)

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ところで,あの日の私の手の平は,床面であれば清掃不足な状態でした。皮膚には常在菌と呼ばれる細菌がたくさん住み着いています。そういったものがATP測定値に反映された結果であり,そのすべてがウイルスなどの病原体ではありませんが,手の平はけっこう汚れていることを再認識しました。つまるところ,”手洗い”が感染症予防の重要な手段であることがご理解いただけたかと思います。

著者プロフィール

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中村 孝道 博士(農学)
株式会社熊谷組 技術本部 技術研究所 循環工学研究室 主任研究員
株式会社熊谷組Webサイト:https://www.kumagaigumi.co.jp/

東京農工大学大学院連合農学研究科にて学位取得(2005.3)後,2005.4~産業技術総合研究所(AIST)および2007.4~電力中央研究所(CRIEPI)にて博士研究員(Postdoctoral Researcher),2010.4~中外テクノス株式会社にて地中バイオエネルギープロジェクトリーダー,2014.4~地球環境産業技術研究機構(RITE)にて研究員を経て,2017.8~現職。主に微生物工学を適用した地下資源(石油/天然ガス)開発に関する研究に携わってきた。現在のメイン研究テーマは,バイオプロセスによるCO2有効利用(CCU)技術の開発。微生物機能によってCO2を原料にエチレンを生産する技術を開発し,2019.12にプレス発表を行った。他に,室内浮遊菌評価手法に関する研究開発に取組んでおり,その一環としてWhizの清掃機能に関する評価について,技術的・学術的に協力している。