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「自分の心の内を言語化する力を伸ばしてくれる」――龍谷大学大学院に進学した藤原正仁さんに相愛大学で学んだことを聞いてみた

今回は島根のお寺に生まれ、お寺を継ぐために勉強している藤原正仁さんにお話を伺いました。相愛大学から龍谷大学大学院・実践真宗学研究科に進学した藤原さん。実践真宗学研究科では、浄土真宗の伝道についての研究や臨床宗教師になるための研究、海外での布教について研究されている方もいるそうです。実は私は藤原さんとは在学中に縁があり、今でもやり取りを続けさせてもらっています。

「信心ギャップ」を生きる

ーお久しぶりです藤原先輩。今日は真面目に質問するのでよろしくお願いします。

謝礼は出ないんですか?(笑)

ー謝礼は僕にインタビューされる名誉ということでどうでしょう(笑)。

とんでもなく上からだなぁ...。

ー早速質問ですが、実践真宗学研究科という科名から想像するに、真宗僧侶としての活動に直結するようなことを研究するのでしょうか?

そうですね、教義の研究ではなくてどう伝道するか、終末期医療などの臨床の場で浄土真宗の教えがどう生かされるかを研究するのがメインの学科です。院生の年齢層はバラバラで、一番上の方だと60歳を越えています。元国語教師で定年を迎えてこの科に入ったという方で、色々な話が聞けて面白いです。また、今年はコロナウイルスの影響で現場での活動を体験できない為、ほとんど座学しかやれなかったですが、普段は学外・現場での活動を学びの主体としている科です。

ー大学院に進んだ理由は何ですか?

先生に勧められたというのが大きいですね。母が仏教とは関係ない大学を出て住職になったので、僕が代わりに勉強しておかないとなという気持ちがありましたし、相愛大学だけでは少し専門性が足りないかもしれないという不安があったので、先生に後押しされて大学院に進みました。

—今後僧侶として生きていくうえで、学びの重要性を感じられたことが進学を決めた大きな理由の一つだったんですね。では、藤原さんは僧侶として今の自分をどのように見ていますか?

全くのペーパーですね、僧侶と言えないです。

—お寺で育って来て、僧侶の息子としての自分に葛藤のようなものはありませんでしたか?

ある意味「信仰の自由」が無いと言えるかもしれないですね。僕は親から僧侶になれとは言われませんでしたけど、ならないといけないなという思いはありましたし、たぶん若い世代はほとんどこういう感じだと思います。強制をされたわけじゃないけど、自分の立場・周りの空気でしょうがなく僧侶の方向に向かざるを得ないということが多々あるのではないでしょうか。宗門的にも、自分の意思で僧侶になることが厳しく求められますが、こうした見えない圧力の中で育ってきたお寺の跡継ぎからすると、やるせない気持ちになりますね。

—自分から僧侶になろうと思えた人とのズレを感じるということでしょうか。

自分から僧侶になろうと思ってなった人とのズレはもちろんありますし、使命感で僧侶にならなければと頑張っている人を見ると、ついていけないなと思いますね。信心ギャップが大きいです。

—信心ギャップというと?

信心がある人、信心を得ようと頑張る人、信心が全くわかない人とのギャップですね、このギャップにさらされると、僧侶として焦る気持ちと本当に浄土真宗の僧侶でいいのかという気持ちの葛藤が出てくると思いますね。こういった思いを抱える中で、お金にならない激務の僧侶をやりたいかと言われれば、やりたくないでしょうね。

—藤原さんはやりたくない派ですか?

僕はどうにかやるモチベーションを作りたい派です。坊主は儲かって良いだろと言われたことがありますし、父親は僧侶ではないですけど車を変えた時は邪推されて良くない噂が流れました。そういった人たちともやっていかないといけないと思うと、僧侶として生計を立てられるようになるか、僧侶としての活動が楽しくなるようなことをするかの、どちらかをしないとメンタルが持たないと思いますね。今はそのモチベーションをつくろうとはしてますし、そのためにも大学院に行ってるんだろうなぁ。

安定した環境が豊かさを生む

—では、今藤原さんが考えるご自身の幸せや豊かさについてお聞かせください。

今考える幸せや豊かさ...単純です、僕は今お金があることが幸せだと思います。もう少し丁寧に言うと、お金を稼ぐことが直接的な目的ではなく、そのお金によって得られる「安定した生活」に幸せを感じます。なので、間接的にお金が幸福や豊さに関わっているということですね。

—お金というと日本では汚いイメージがありますけど、お金が無いと生活できないですからね。

おっしゃるように、「お金」と聞くと不誠実なイメージが強く、仏教者もお金の問題についてはあまり語ろうとしません。しかし、現代社会における「これからの生き方」を考えていく上で、お金に対する理解や付き合い方を考えることは重要です。釈尊も布施が無いと生活できなかったわけですし、生きていくうえで安定した収入を確保することは必要だと思います。

—仏教の教えだけで幸せを得られると思いますか?

仏教の教えを受け止めるためにも、ある程度安定した環境は必要だと思います。そういった環境があって、やっと自分の心の内を探る余裕が出てくると思います。そう考えると安定=幸せというよりは、安定という土台があるうえで豊かさや幸せが生まれるという言い方が適切なのかも。

自己変容をもたらした体験

—今活かされているなと感じる相愛大学の講義や学び、取り組みは何ですか?

それこそ、この「宗教社会活動論」の講義ですよ。講義の活動の中で大阪の西成区に泊まり込みで夜回りのようなことをしましたね。ホームレスの方とかにおにぎりを渡したりする活動です。僕の中では人格が変わるレベルで衝撃的な体験でした。明らかに行く前と行った後とでは、自分の中の何かが違いますね。機会があれば行ったほうがいい。

—「夜回り」というのも、普段の生活ではなかなか機会のない貴重な体験ですよね。そんなフィールドワークも経験できる相愛大学ですが、藤原先輩にとってはどのような大学だったのか、最後に教えてください。

大学院に入って分かったけど、いい大学だと思いますね。まず、人文学部は先生と学生の距離が近い。

—やっぱり他の大学だとそこまで気軽に話せないですか。

あんなに気軽に話すことなんかできないし、研究室にふらっと行くことなんかできない。相愛大学は先生の面倒見がいいから、講義外でもいろんなことを教えてくれる。講義だけじゃなくて、色んな活動もさせてくれるっていうのは今思うとありがたいな。そういった体験を通して、自分の心の内を言語化するという能力は上がったし、その体験をサポートしてくれるいい大学だと思います。

—本日は長時間にわたってご質問させていただき、誠にありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

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振りかえり

藤原さんは大学院という新たな環境で、信心のギャップと出会いながら、「僧侶として自分」と真摯に向き合っておられました。また、幸せ・豊かさを考えるうえで出た「お金」というワードも、現代社会の中で僧侶として生きていく藤原さんの率直な思いだったように感じます。インタビューをさせていただいた私の実家はお寺ではないので、僧侶の長男として育ってきた藤原さんのご意見・思いはとても興味深いものでしたし、お寺の息子という立場から見た相愛大学についても知ることが出来ました。大学卒業後ではこういった質問はできないと思うので、大変意義のある時間を過ごさせていただきました。インタビューを受けていただいた藤原さんに、改めて御礼を申し上げます。貴重なお話をしていただき、誠にありがとうございました。

このマガジンについて

このマガジンは、2020年度相愛大学「宗教社会活動論」を受講する学生が制作したインタビュー記事を掲載したものです。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、来春卒業予定で就職を希望する大学生の内定率が、前年度と比べて急落していることが話題となっています。そのような厳しい時代の中で、「何のために働くのか」を考え、自身にとっての豊かさを見つめることが重要なのではないかと考えています。そうしたときに「當相敬愛」を建学の精神とする相愛大学の学びや仏教思想にヒントがあるようにも感じます。そこで、相愛大学を卒業された先輩たちに、卒業後の人生に、相愛大学の学びがどのように影響をもたらしているのかについてお話を伺い、相愛大学の学びの豊かさについて広く共有できればと思っています。(担当講師:釋大智|霍野廣由)

インタビュー 諏訪田隼一(人文学部3回生)

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