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シリコンバレーの生き別れの双子テック都市、ベルビュー

アメリカのテック都市といえば、シリコンバレーの印象が大きいですが、実はテクノロジーを支えているもう一つの大きな拠点がシアトルの隣町、ベルビューに存在します。ベルビュー付近を含めたエリアには、マイクロソフト、T-Mobile USA、Expedia Group、PACCAR Inc.などの本社があり、それらを囲むようにして、スタートアップを育成するエコシステムが確立されています。このような国内外トップテックタレントの憧れの都市ともなっているベルビューが、ビジネスの視点から魅力的な理由をご紹介したいと思います。

<ベルビューと日本の意外な関係>
ベルビューは元々、1863年ごろから日系アメリカ人が経営するいちご農園を中心に、日系人による農業で栄えた場所でした。それから第二次世界大戦とベビーブームを経て、ビジネス地区が次第に形成され、90年代にはマイクロソフト、エクスペディア、バルブ、バンジーなどのテック企業が進出し始めました。町の様子は農業地帯から大きく変わりましたが、現在でも多くの日本からの駐在員が在住し、シアトル日本商工会が置かれるなど、日本とも繋がりの深い町となっています。

シアトルのダウンタウンエリアとベルビュー

<ベルビューに注目すべき理由>
ベルビューではなく、シアトルの方が日本人に聞き覚えのある一つの理由に、現在のアマゾンの本社があることが挙げられます。しかし実際には、アマゾンのCEOであるジェフ・ベゾスは1994年に同社をベルビューの自宅で始めており、最近では世界中のオペレーションチームをシアトルからベルビューに移転すると発表するなど、アマゾンのを誕生地に戻す動きが少しずつ見られています。

アマゾンのベルビューでのプレゼンスの大きさは、テック企業従業員の憩いの場であるリンカーンスクエア付近に行くと確認することができます。以前まではマイクロソフトの従業員バッジを持つ人が広場の大半を占めていたリンカーンスクエアでしたが、今ではアマゾンの従業員バッジを身につけた人も簡単に見つけることができます。現在は、約2千人のアマゾン従業員がベルビューのオフィスから勤務していますが、今後数年間で、ベルビューで働く従業員が1万5千人に増えると発表されていることから、今後さらにアマゾンバッジの割合が増えていくことが予想されます。

リンカーンスクエア内のマイクロソフトオフィス
昼間から会社員で賑わう市内

<ベルビューのエコシステム>
では何故、シアトルではなくベルビューが昔からテック企業の中心になりやすくなっているのか。テック企業やスタートアップ関連のニュースを取り扱うGeekWireによると、ベルビューが現在ブームになっている理由に、低い犯罪率、ビジネスに優しい政治環境、清潔な歩道、活気のあるダウンタウンなどが挙げれています。さらにベルビュー市自らが先進的なテクノロジーを取り入れることに興味を示していることも大きく影響しており、例えば、ベルビュー市と、ベルビューに本社を構えるT-Mobileは、道路の安全性を高めるためのインフラ作りに共に取り組んでいます。

ベルビューがテクノロジー関連企業の中心になりやすい他の理由に、地理的位置があります。まず、ワシントン州の最大都市であるシアトルのダウンタウン地区は、金融系企業や企業のアドミン系オフィスが多く配置されており、観光都市としても盛んな場所となっています。また今回フォーカスしているベルビューは、マイクロソフト、アマゾン、セールスフォース、メタなどの大手テック系企業や、これらの企業とコントラクトを結んでいる会社、そしてこれらの企業の近くにオフィスを構えることでチャンスを掴もうとしているスタートアップの大きく3タイプが混在している街なのです。そして最後に、シリコンバレーにおけるスタンフォード同様の位置を占める、ワシントン州のU District (大学エリア)があります。この地区では、ワシントン州立大学の援助の下、Washington Technology Industry Association をはじめとする組織・団体が、大企業に就職を希望しない優秀な学生がスタートアップを立ち上げるための環境を整えています。

シアトル、ベルビュー、大学地区の三角関係

このように、シアトルのダウンタウン地区、ベルビュー、大学エリアの3点は全て橋を跨いだ三角関係になっており、それぞれが異なる分野に特化しています。シリコンバレーもこのような相互補完的な役割を利用したエコシステムを形成していますが、実は20世紀後半にテクノロジー産業を加速させたとされる防衛費ブームの子供たちが、テック業界の立ち上げに貢献しているという点で二つの都市には類似点が存在します。シリコンバレーの位置するベイエリアでは、米国連邦政府がロッキード社などの航空宇宙会社に沢山の防衛費を注ぎ込みました。同じくベルビューの位置するピュージェット・サウンド地域では、ボーイングへ多額の防衛費が流れました。スティーブ・ウォズニアックの父親がロッキードのエンジニアであったように、これらの企業が優秀なエンジニアと彼らの子供たち(次世代のエンジニア)を引き寄せる磁石として機能したのです。

<日系企業進出の可能性>
テック系の日本企業にとっても、ベルビューは米国進出先として魅力的な場所である可能性が非常に高い場所となっています。柔軟なビジネス環境と高度なテクノロジーが集まる地域であるため、シナジーの創出が期待できます。ただし、これ以上に採用のしやすさという特典があります。テックタレント市場は、変化の速さが著しいインダストリーのウェーブに大きく左右されるため、レイオフのサイクルが来ると、ベルビューを離れたくない大手テック企業での勤務経験のある世界トップタレントを捕まえることができるのです。

今回は、テック都市として多くの日本人が見落としてしまっているベルビューを紹介させていただきました。冒頭にも述べたように、アマゾンのベルビューオフィス追加の発表は、この地域が更に注目を集めている証拠でもあります。「Silicon Valley North」の呼び名を持つベルビューが今後どのように変化するのか、その影響がどれだけ広がるのか、シリコンバレーと併せてフォローすることで、よりクリアなインダストリーの全体像が掴めるかもしれません。

著者名:ホールドストック絵里花
役職:ビジネスコンサルタント
所属組織:スカイライト・アメリカ(Skylight America Inc.)
略歴:米国で修士を取得後、現地日系企業とAWSでの就労を経て、学生時代にリサーチャーとしてインターンを行っていたSkylight Americaに参画。米国企業と日本企業での過去の勤務経験を活かし、バイリンガルなコンサルタントとして活動。​

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