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昨日の食事を調べるだけでは不十分?のわけ

人が食べているものと健康状態の関係を明らかにする「栄養疫学」の研究をするときはもちろんのこと、現在の私たちが何を食べているのかを知りたいとき、「食事調査」を実施して、たくさんの人の食事摂取量を調べます。そして、その方法には大きく分けると3種類に分けられ、それぞれに特徴があることをお伝えしたところです。

こうして食事調査で得られた摂取量の値ですが、日常の食事に存在する「2つの現象」を知っていないと、うまく使えないんですよね。2つのうちのひとつはこちらのnoteで説明した「申告誤差」です。

もうひとつの現象である「日間変動」をこのnoteで解説していきますね!



●食べたものが細かくわかる、けれど…

今回の日間変動の説明の前に、再度、食事調査法の種類と特徴の図(図1)をもう一度示しておきます。

図1. 食事調査法の種類と特徴

この中で比較的、日常の中で使われる方法には、一番左の「実際に食べたものを記録する方法」がありました。実際に食べたものがわかるという長所があることは魅力です。けれども、こういった1日に食べたものを細かくデータ化するときに注意しておきたいのが「日間変動」です。

●食事は毎日違う!

言われてみると当たり前のことなんですが、人は毎日違うものを食べているんですよね。食事記録で得られた食事摂取量の結果を実際に見てみましょう。図2は、健康な3人の中年男性を対象に、食事記録を4季節に4日間ずつ、合計16日間実施して、それぞれの日にたんぱく質をどのくらいの量食べているかを表しています(文献1のデータを用いて作成)。

図2. 食事記録調査で調べた男性3人のたんぱく質摂取量

たとえば緑のグラフで示したCさんの摂取量を見てみましょう。一番少ない値を示しているのは秋の3日目の40 gです。一方で、最も食べている夏の1日目には140 g近く食べていることが分かります。同じ人でもおよそ100 gの差が生じるというわけです。AさんもBさんも同様で、グラフはガタガタと折れ曲がっていて、摂取量は毎日異なっていることが分かります。この「毎日変化している」ということを専門的に説明した用語が「日間変動」です。

●どんな栄養素でも生じる日間変動

他の栄養素でもやはり摂取量は毎日異なっています。図3に他のたんぱく質も含めて、エネルギー、ビタミンC、ビタミンDの日間変動の様子を示しています(文献2)。

図3. 食事記録法で推定したエネルギーおよび栄養素摂取量の16日間の値(文献1 総論図12)

縦軸の値が摂取量ではなく、変動率を示す%の表示になっています。詳しい説明はここではしませんが、摂取量に関する値だと思ってください。グラフがガタガタしていることが、毎日の摂取量が違うことを示しています。そして、栄養素によって変動の幅に違いがあることがこの図から分かるかなと思います。

つまり、ある日の1日の食事の内容をデータにしたからといって、それがその人の「普段の食事」を反映しているとは言い難いことを意味しています。

●調べるべき「食事摂取量」は?

ところで、食事と健康の関係を知りたいときに、食事調査で食事摂取量を調べますが、そのときに知りたい「食事」ってどんな食事でしょうか?このときの「健康」が「生活習慣病」などの長い期間をかけて徐々に進行していく病気の場合、昨日の1日の食事摂取量がすぐに健康状態に影響を与えるわけではありません。ですから、調べるべきは長期的な食事を意味する「習慣的な食事摂取量」になるんです。

となると、食事記録法や思い出し法で1日の食事摂取量を調べても、疫学研究を実施するには不十分です。研究によると、50~76歳の男性で、習慣的なたんぱく質の摂取量を得るためには、食事記録を22日間行う必要があることが示されています。ビタミンAの場合はもっと日数が多くなります。豊富に含まれている食品がレバーやうなぎなどの特定の食品に限られていて、しかもそれらをたまにしか食べない人が多いため、摂取量の日間変動がもっと大きいためです。その結果、同じ対象者でビタミンAの習慣的な摂取量を同じように得るためには、なんと1684日間もの食事記録調査が必要になるそうです(文献3)。

●最適な食事調査法は?

このように食事には日間変動が存在するため、「実際に食べたものを記録する方法」で、ある人の習慣的な摂取量を調べるには、調査日数を多くする必要があります。けれども、それはとても大変なこと。それで、習慣的な食事摂取量を調べるには、「質問票法が適切である」という考え方が一般的です(文献4)。

ただし、質問票法を使うときに気を付けたいことは、食べたものをそのままデータ化する方法ではないため、その質問票で本当に「習慣的な食事を調べられるかどうか」を調べる「妥当性の検証」が必要なんです。「作りました、使います」ではだめなんですね。残念ながら今のところ、日常的な栄養業務の場面で活用可能で、妥当性が検証されて国際的にも認められているような食事質問票を活用できる仕組みは整っていません。研究では使える質問票はあるのですが…。栄養業務の現場では、食事記録法などの短期間の食事調査を、できる範囲で長めに行い、その内容に加えて対象者の方から別途聞き取った普段の食習慣の状況などから、日常的な食事を推定し、食事改善の計画を立てる、という方法で進める必要があるのかなという気がしています。

●まとめ

食事調査を実施することで「食事摂取量」という値を得ることはできます。けれども得られた値には、自己申告の食事調査ではどんな方法でも「申告誤差」が存在しますし、実際に食べたものを記録する方法の場合では、今回説明した「日間変動」があるために、長期の「習慣的な食事摂取量」を調べるには調査期間を増やす必要があります。その負担を減らし、大人数の習慣的な食事摂取量を得るためには「質問票法が最適」という考え方があります。とはいえ、質問票を作って使うためには、その質問票を開発し、使えることを確認するための妥当性研究が必須で、準備がとっても大変です。

最近は食事摂取量を評価できるアプリなども開発され、日常的に使われるようになりました。けれども、それらで「習慣的な食事摂取量」を調べられる、と簡単には言いにくいのですが…。そんな食事調査に関する話題は、また今後も取り上げたいと思います。



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【参考文献】
1. Kobayashi S, et al. Public Health Nutr 2011; 14: 1200-11.
2. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版案. 2024.
3. Fukumoto A, et al. J Epidemiol 2013; 23: 178-86.
4. Willett W. Nutritional Epidemiology, 3rd edition. Oxford University Press. 2013.


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