骨折、ぱきり、それでも旅は続くよどこまでも

22秋-23春シーズンの話。
なんだかんだで貴重な経験が詰まっているので、記録として残しておく。

シーズンイン

22年9月最終週。
秋シーズンは確かフクベでスタート。暑さは残っている。その日は何も登れず終わったはずだ。シーズンインということで翌週もフクベへ登りに行った。ブヨが登れ、サンシャインパワーもあっさりいけた。

その後、久しぶりに元・ストロングクライマーのTケダ君がヤタノカガミをやりたいというので一緒に恵那に行った。登れはしなかったがだいぶ感触は良かった。頑張ればできそうな感じ。

事件はその一月後に起きた。

ケツが割れるほどに痛い

事の2週間前。僕はヤタノカガミを登ってやろうと思っていた。食生活を見直して腸の状態を良くした。みるみる調子は上がってきた。トレーニング強度も上げてだいぶコンディションが良かった。

11/12(土)。
FC夫婦を招集し恵那に向かった。到着早々、触ったことのない月の舟で指を温めようと思った。コンディションも悪くなくバラシもすんなり終わったので繋げてみたところで悪い癖が出た。

核心を超え、リップへ安直に手を出した。その瞬間に左手がすっぽぬけ、マット外にケツから着弾。なぜ、安全なムーブを選ばなかったのか。なぜ、マット位置を調整しなかったのか。全ては慢心・油断が生んだ結末だった。

死ぬほど痛い。とはいえ死にはしない。
大小ケツから溢れ出るかと思うくらい、尻に力が入らない。朝、う○こをしてきてほんとに良かった。多分、残ってたらそのまま出てたに違いない。FC婦人から頂いたロキソニンで痛みを誤魔化し、その日に月の舟やら可能性やらを登った。あとあと考えると、この日の成果は大したものだと思う。最初は重めの打撲ぐらいだろうと思っていたが、実際は骨にヒビが入ってたのだから。

しょんべん小僧と灘

痛みは想像よりも長引いた。そもそも翌日は歩くのがしんどいほどのレベルだった。月曜に整形外科を受診したところ全治2ヶ月ぐらいとのこと。ちなみに病院に車で向かう道中、一時不停止で切符を切られたりもして、自業自得なのだが、まさに踏んだり蹴ったりであった。

まともに登れるようになるまで1ヶ月近くはかかった。本気でムーブを起こそうとすると、ケツが痛い。ちょうど仙骨のあたりにヒビが入ったようだが、この部分はクライミングでも良く使う箇所なのだということを学習した。

痛さがあっても週末は岩に行きたくなる。ただ、本格的には登れないから、とりあえず指トレになるような課題を選んだ結果、豊田のしょんべん小僧に狙いをつけた。豊田に移住する際に、密かに生涯課題としてティックリストに入れていた課題だった。

約1ヶ月ぐらい通ったが全く歯が立たなかった。だけれども4段の課題を触っているとそれなりに保持力もついてくる。なんだかんだ良いトレーニングにはなっていた。

そうこうしているうちにケツもだいぶよくなった。12月ごろから改めてのシーズンイン。本格的に登り始めるようになり、年末は九州へ。旅の疲れもあってロクに登らなかったが、エピックをはじめとして短時間でサクッと課題を落とすことができた。

年明け。確か1月4日だったと思う。僕は「灘」が気になり神奈川某所にいた。巷では灘は4段とされているが、初登者に話を聞く機会があり確認したところ、どうやら核心のポッケがだいぶ良くなって昔は一本指しか入らなかったものが今は2本入るようになっているという。グレードは3段ぐらいではないかと。

グレードダウンしていても、僕は何となくこの課題を登りたかった。正直あまり自分に期待はしていなかったが、1日トライして全体をバラすことができ、だいぶ惜しいところまで行った。

ケツのヒビという大事を乗り越え僕は強くなっていたと思った。

パキる

「パキる」とは、俗に市販薬などのオーバードーズ(過剰摂取)によってハイな気分になること、または、そのような(ハイになる)目的でオーバードーズすること、を意味する表現である。抗うつ薬「パキシル」(の過剰摂取による酩酊状態)を語源とする説が有力である。パキシル錠に限らず市販の風邪薬などでパキる場合の方が多い。

  Weblio国語辞典

1月4日、僕はハイな気分になっていた。灘を登れる確信が生まれていた。だもんでその二日後に、また僕は某所にいた。その日の自分に対する期待値は大きかった。

期待はものの見事に裏切られる。お話にならないレベルで何もできなかった。今思えば疲れが溜まっていたのだと思う。意気消沈した僕は、灘からエヴァの岩に移動して、GTSDを落とした。

それで帰ればよかったのだけど、まだ物足りなくてオールドルーキーの右抜けのライン、確かDeepとか言ってたかな、そんなラインを開拓者に教えてもらったものだから、トライしてみた。

この岩場は地味にポッケが多い。年末年始からの疲れ。灘での二本指ポッケの酷使。あとは慢心。そういったいろんなものが重なった瞬間だったと思う。いってみればオーバードーズだ。僕の指はパキった。最初は指から音がしただけで痛みは全くなかった。

痛めた時はもう一回登れるのではないかと思うぐらい何ともなかったが、帰りの車で指がだんだんと曲げられなくなっていった。やはり自分の指は逝っていた。

復帰

パキッてからの回復は本当に時間がかかる。この記事を書いている今もなお、まだ完治にいたっていない。後悔していないかと聞かれたら、後悔しかしていない。

ケツのヒビに加え、オーバードースからのパキり。40手前にしてこのシーズンは本当に良くないことが続いた。とはいえ改めてボルダリングに向き合う時間はできた。

グレードにとらわれない遊び方。登りたい課題を登る。その中で自分の心技体をアップデートし続けていく。

このシーズンで得た痛い経験が、僕の人生の良き糧となりますように、そしてこの辛苦を忘れないように、世間様に向けてこの記事を捧げさせていただきます。

以上