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鍼灸院の開業

 雨の日の鍼灸院が好きだ。うちはそんなに大きい治療院ではないので、耳を澄ますと雨音が聞こえる。BGMに雨音が重なるとずっとこのまま心地よい時間が流れていくような気がする。ちょうどこの時期は穀雨と呼ばれて、穀物にとっては恵みの雨の時期なのだ。人にとっても春は気分が良いもので、なにか新しいものが始まる予感を感じさせる。
 そんなことを考えながら朝の業務をコツコツとこなしていると、知り合いの先生がご開業という噂が入ってきた。自分の恩師と同門にあたるお方なのだが、今までなぜ開業されていなかったのかと思うくらい学も腕も立つと噂に名高い人である。開業はミニマムに始められるようで初めは「知り合いもしくはご紹介のみ」とのこと。堅実な先生らしい実に素晴らしいスタートだ。
 そもそも鍼灸師は食えないと昔から言われているが、自分の実感としてはそんなことはない。むしろ鍼灸でしか扱えないような層というのが社会には一定数いるように思われる。それは鍼灸へ医療としての社会福祉的な側面を期待されているのであり、一方で現代医学のガイドラインからあぶれたり保険診療の穴に対処するための解決策を鍼灸に期待されている。一見すると矛盾するような要求であるが、そのときに鍼灸師に求められるのは一時の情熱でもなければ、高揚感でもない。そこには冷静にコツコツと積み上げていくような仕事が待っている。開業の情熱とは程遠いものがそこにあろう。
 振り返って某SNSの情報の海に目をうつせば、老獪な鍼灸師の開業の噂はどこにもない。あったとしても数日話題になって流されて消えていくであろう。でもそれでいいのだと思う。情熱的ではないが堅実で腕が立つ。まさに実力勝負の鍼灸師の先生が市井に増えていく。そんな先生が市井で活躍される。こんなに喜ばしいことはない。まさしく春の訪れを感じる話題であった。
 ご開業おめでとうございます。

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