三十路男のエトセトラ #1

 喫茶店で、電車の中で、肘がぶつかり合う赤提灯の立ち飲み屋なら尚更で、別段聞き耳を立てているわけでもないが、お隣さんの会話が聴こえてくるのはよくある話。
 今日も馴染みの喫茶店でたいしてい美味くもない、いや美味いか不味いかでいうと不味いに分類されるであろうサンドイッチを頬張っていると、隣のテーブルに歳の頃は20歳かそこらであろうか、2人の男子が腰をおろした。
 普段私が足繁く通うこの喫茶店には20歳やそこらのお客などはこない。なぜなら、ナポリタンもカレーもオムライスも特筆すべき点はなにもなく、ましてや流行りのパンケーキなんぞはメニューの隅から隅まで見たところでパの字も見当たらず、コーヒーすらたいして美味くもない。
 アルバイトの女学生が可愛らしく、素敵な笑顔で『いらっしゃいませ』と言ってくれるでもない、というかアルバイトの女学生なぞはそもそもおらず、50はとうに越したであろう、アンドレ・ザ・ブッチャーをプレス機にかけて、ぎゅぅぎゅぅと縮めたようなおふくろさんが気怠そうにカウンターに佇んでいるだけだ。
  誤解を招きたくないので言っておくが、私は決して味音痴ではないし、努力の足らぬ自分には美味いコーヒーなんて飲む資格はない!もっと精進せねばならぬ!と自らの戒めのために不味いコーヒーをすするほどストイックでもない。ましてやギュウギュウ・ザ・ブッチャーをなんとか口説き落とさんがために私はこの喫茶店に通っているわけでもない。
 この喫茶店に私が通う理由はいたってシンプル、そう、FRIDAY が毎週置いてあるからだ。
 私はFRIDAYが好きだ。 子供の頃、FRIDAYのページをめくるスーツ姿の男を見るたびに、かっこいい!!!  私も大きくなったらこんな大人の男になりたい!!!   母が頑なに幼き自分をこの書物から遠ざけんとするのは大人だけの秘密がこのツルツルとした紙には隠されているからであり、成人を迎えた暁には必ずや私もFRIDAYを読むことができるような立派な大人になるんだと誓ったものだ。
 そんな私も大人になり、今日も不味いサンドイッチを片手にFRYDAYのページをめくっていると件の2人組がやってきたのである。
 どうやらこの2人組は大学の同級生で、一人がめでたくも本日誕生日を迎え、20歳になったようだ。20歳になった彼の名前は ショウタ  、まだ今年の誕生日を迎えていない19歳の彼は コッチ 、コッチ というのはおそらくはあだ名であろう。こいつらは待ち合わせの時、『コッチ!こっちこっち!!』なんて叫んでいるのかな、ちょっと舌を噛めば 『こっちんこっちんのちんこ!!』難儀なあだ名をつけられたものだ、などと思っていたらショウタが言った。
『いやぁ、もうおっさんですわ』   「もうおっさん」  ということは 「これからはずっとおっさん」  という意味であり、ショウタは20歳になって「おっさん」になったということは必然的に隣の席に座るゆうに30歳を越えている私も「おっさん」ということになる。全く見ず知らずの赤の他人におっさん呼ばわりされる筋合いなぞなく、そもそも私は自身をおっさんなどとは全く思っていない。むしろ若者の部類に入るとすら思っている。
 なんとデリカシーのないガキンチョか!!喫茶店という公共の場において、周囲への配慮もできぬのか!!  ここで私が正してやらねば、ショウタは配慮を欠いた人間として成人を迎えてしまう!!  ショウタのためにも一つ叱ってやらねばと体の向きを変えようとしたら、コッチがこっちを見ていた。 正確にはコッチの目線は私の胸元より少し下にあり、私と目があうと苦笑いを浮かべてコッチは目線をそらした。 なにか私の胸元に異変でもあるのかとふと視線を落とすと、そこには  『桃尻解禁!! 禁断の女子大生!!』  という文字がでかでかと、一糸まとわぬ20歳の女子のお尻の写真の上に踊っていた。
  あぁ、コッチ、お前はまだ19歳だから知らないんだな 、大人だけが知ってるFRIDAYの秘密を。    
  ショウタ、自分をおっさんというお前ならわかるだろ?おっさんはな、FRIDAYの袋閉じを破らずにはいられないんだよ          
  私は心の中でつぶやき、そっとFRIDAYを閉じ、席を立った。


#創作大賞2023

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