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こんなに寒い夜なのに

「明日から3日間は〇〇を無料でお試しできまーす」

新規にオーオープンする整体院の集客キャンペーンだ。夜の大阪の街にこだまする若い男性の声。ウォーキングする僕の前を歩く男性は差し出されたチラシを一瞥いちべつもせず無視をする。次の瞬間、俯く僕の目の前にもするっと差し出されるチラシ。

「無料でお試しできまーす」

咄嗟に手を出して受け取ろうとしましたが、結局、前の男性と同様に受け取らないで通り過ぎてしまった。これで良かったのか、受け取ってあげれば良かったのか。何となく心が痛い。

後を振り向くこともなく、しばらく若い男性の掛け声に耳を傾けている。
「明日から3日間は〇〇を無料でお試しできまーす」
何度も何度もこだまする男性の声。結局「ありがとうございまーす」の声を聞くことはなかった。きっとあのチラシを受け取る通行人はいなかったのだろう。

何が正解だったのか分からない。
受け取るだけ受け取って気分よくさせるべきだったのか。
いや、そうではない。絶対に行かないお店のチラシを受け取り、変に期待を持たせてしまうことも良くない筈だ。逆に、無料という甘い言葉に釣られ入店すると、きっと悪い落とし穴がある筈だ。わざわざ落とし穴にハマる訳には行かない。

そんなことを考えながら気づくと自宅付近まで戻ってきた。
あのチラシ、誰か受け取ってくれたのかな。こんなに寒い夜なのに、僕は彼の心を温めてあげることができなかった。こんなに寒い夜なのに。


最後まで読み進めて頂きありがとうございました。🌱



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