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合流式下水道の現状〜誤解を拡散させないために〜


1.はじめに


 私は、排水設備工事責任技術者として、宮城県内の民間企業において排水設備の設計、諸手続きおよび給排水設備工事の施工管理等に携わっている。
 現在、日本国内において、排水を処理する下水道施設はすべて「下水道法」(昭和三十三年法律第七十九号)に基づき設計・施工されており、「水質汚濁防止法」(昭和四十五年法律第百三十八号)に違反することのないよう、各自治体において水質基準を定めた上で維持・管理がなされている。

(この法律の目的)
第一条 この法律は、流域別下水道整備総合計画の策定に関する事項並びに公共下水道、流域下水道及び都市下水路の設置その他の管理の基準等を定めて、下水道の整備を図り、もつて都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とする。

下水道法 | e-Gov法令検索

 しかし、つい先日、YouTube上において日本の下水道について誤解を招く動画を作成・配信するアカウントや、ツイッターにおいてそれを拡散し危険を煽るアカウントを目にする機会があった。

 本来であれば、その動画のリンクを提示した上で、その不備(意図的な曲解)を具体的に指摘すべきところであるが、問題の動画はそのタイトルがあまりにも悪質であること、また動画再生回数を増やすのは本意では無いことから、リンクは控えさせていただきたい。

 私は、どのような動画であれ意見であれ、違法でない限りは制限されるべきものではないと思う。
 しかし、過激な見出しで危険を煽ることで再生回数を増やそうとする悪質な動画や、それらを拡散することで「問題意識を持っているワタシ」アピールをしたい一部のツイッターアカウントのせいで、一般の方々にまで誤解が広がることを危惧している。

 本noteでは、そうした誤解が広がる前に正しい情報が浸透することを願い、実際に各種法令に基づき設計施工に従事している専門職の立場から、日本国内の下水道設備の現状と問題点について、出来るだけ分かりやすく解説したいと思う。
 詳細は以下で説明するが、日本国内における下水道の普及率(下水道処理人口普及率)は令和3年度末時点で80.6%であり、100%にはなっていない。また、現行法改正前に布設された下水道の改善策も完了しているとは言い難い状況も残っている。
 しかし、正しい情報をお読みいただければ、煽り動画や一部アカウントの発言が極端なものであることも、ご理解いただけると思う。
 長文になってしまうが、このnoteが一人でも多くの方に届き、過剰な不安を払拭する一助となれば、嬉しく思う。

2.日本の下水道制度と現在の普及状況


 国土交通省は、日本の下水道法制度とその変遷について、ウェブサイトで分かりやすく提示・解説している。

 上記リンク先に記載のとおり、日本の下水道法は昭和33年に制定されて以降、複数回の改正によって規制の強化と整備がなされている。直近の平成27年改正においては、近年頻発している豪雨被害への対応強化のため浸水対策の推進等についても文言が加えられている。
 現行法では、第二条において各都道府県が放出される下水によって環境に悪影響が及ぶことのないよう、水質環境基準を満たすための「流域別下水道整備総合計画」を定めることが定められている。また、第八条においてはさらに明確に「公共下水道から河川その他の公共の水域又は海域に放流される水の水質は、政令で定める技術上の基準に適合するものでなければならない」と明記されている。
 言うまでも無く、日本国内の下水道施設は法律に基づき施工・布設されている。そして、日本下水道協会のウェブサイトにて公表されているとおり、令和3年度末における日本国内の下水道処理人口普及率(下水道利用人口を総人口で割った数値)は80.6%である。また、合併処理浄化槽や農業、漁業集落排水処理施設、コミュニティプラント等からの汚水も含めた汚水処理人口普及率でいえば、令和3年度末の普及率は92.6%である。


 下水道処理人口普及率、汚水処理人口普及率ともにまだ100%になっていない状況ではあるが、下水道が布設された地域においては、下水は現行法に基づいて水質環境基準を満たすよう適切に処理されており、処理済の水が放出されている。
 日本国内の河川や周辺海域に、未処理のし尿やその他の下水が毎日大量に垂れ流されているというような表現が適切でないことは、ご理解いただけると思う。

 下水道(汚水処理施設)が整備されていない市町村においては、水洗トイレが使用出来ないことによる悪臭の問題、雑排水(トイレから出る汚水以外の風呂、台所等の排水)が海や川へ流されている現状があり、環境への悪影響があることは事実である。しかし、これらの地域においてもトイレは汲み取り式であり、し尿が川や海に放出されているとは言えない。

 冒頭で触れた悪質なYouTubu動画は、日本国内の特定の地名を挙げて、そこで排泄物が海に大量に垂れ流されているようなタイトルをつけたものだった。

 しかし、万が一、そのような動画タイトルを目にしてしまい、海水浴やレジャー、そして日本近海の海産物に対して不安や不快感を抱いてしまった方がいた際は、どうか国土交通省や下水道協会の説明をご覧いただき、海や川、そして何より日本近海の海産物への安心を取り戻していただきたいと思う。

3.合流式下水道と分流式下水道の違い


 しかしながら、日本国内の下水道設備が完璧なものであるとは、残念ながら従事者である私自身でも言い難い現状もある。
 前項において日本の下水道布設状況について解説したが、すでに布設されている下水道においても、改善すべき点が残っている。
 それが、「合流式下水道」の問題である。

 現在、日本国内で布設されている下水道には「合流式下水道」と「分流式下水道」があり、その違いは国土交通省のウェブサイトで説明されている。

[1]下水の排除方式
 ・分流式・・・汚水と雨水を別々の管渠系統で排除
 ・合流式・・・汚水と雨水を同一の管渠系統で排除

[2]分流式の特徴
 雨天時に汚水を公共用水域に放流することがないので、水質汚濁防止上有利です。また、在来の雨水排除施設を利用した場合は経済的にも有利ですが、新設する場合には不利となります。

[3]合流式の特徴
 1本の管渠で汚濁対策と浸水対策をある程度同時に解決することが可能で、分流式に比べて施工が容易です。また、小規模の降雨であればノンポイント対策にも対応可能でありますが、雨天時に流下流量が晴天時の一定倍率以上になると、それを超過した流入水(汚水+雨水)は公共用水域に直接放流される構造となっています。(晴天時に堆積した汚濁物も降雨の初期に掃流されて公共用水域に流出します。)

[4]わが国における現況
 古くから下水道の整備を始めた東京等の大都市は河川の下流部に位置しており、都市内の浸水防除と都市内の生活環境の改善を行うことが喫緊の課題であったため、合流式下水道が採用されていました。しかし、昭和45年に下水道法が改正され、下水道の役割として、公共用水域の水質保全が位置付けられ、それ以降の下水道は分流式が採用されるようになりました。

国土交通省ウェブサイト
下水道:下水道施設の構成と下水の排除方式 - 国土交通省 (mlit.go.jp)


 分流式、合流式とも各家庭や事業者から排出された下水(汚水・雑排水・雨水)が下水道を通って処理施設に運ばれるのだが、上記記載のとおり、合流式の下水道においては、一定量以上の降雨時に、未処理の下水の一部がそのまま放流されるため、公衆衛生・水質保全・景観に影響を及ぼしてしまう。
 
豪雨時の住宅浸水被害を防ぐための雨水排水設備の整備と、生活環境改善のための汚水排水設備の整備を短期間で実施することが差し迫って重要な課題だった時代において、合流式下水道の布設がすすめられたのは当然のことだっただろう。(なお、合流式下水道が布設された地域においても、屋内の排水設備においては雨水と汚水を分けることは徹底されている。)

 昭和45年の下水道法改正以降に布設された下水道は原則として分流式であるが、それ以前に下水道が布設された地域には今も合流式下水道が残っており、地下に埋設されているという下水道の特性上、その交換・分流式への変更も困難な状況なのは事実である。しかし、該当地域では現在、降雨時の放流回数を減らすための雨水貯留施設の整備や、未処理の下水がそのまま河川に流出するのを防ぐための吐出口へのスクリーン設置吐出口周辺への適切な高さの堰の設置等、未処理の下水が放出されてしまう回数や量を減らすための様々な改善策が進められているのもまた事実である。
 合流式下水道イコール汚い、臭い、といった偏見を流布したい一部の人達に現状をご理解いただくことは困難だろうが、そうした偏見を目にしてしまった方々には、現在各所で進められている改善策を是非ご確認いただきたいと思う。

 なお、先に引用した解説の中では、合流式下水道が布設されている地域を「古くから下水道の整備を始めた東京等の大都市」と表記しているが、平成20年3月に国土交通省が作成した「効率的な合流式下水道緊急改善計画策定の手引き(案)」には、合流式下水道が採用されている都市が全国191に上ることが説明されており、下記の通り、改善策の対象都市名も具体的に明記されている。

 合流式下水道を採用している都市は、平成14年度に創設された合流式下水道緊急改善事業制度により、平成14年度より3年間以内に計画期間5年間以内の緊急改善計画を作成して、順次事業を着手している。
 また、下水道法施行令では、平成16年度より原則10年間以内に所要の改善対策を完了する旨が規定されており、これを達成するために、平成19年度に合流式下水道緊急改善事業制度は拡充され、平成19年度より3年間以内に平成25年度を越えない範囲で計画期間5年間以内の緊急改善計画を作成するという制度期間の延伸がなされた。
 本手引きは、新技術の導入などによる効率的な対策手法の選定や降雨特性を考慮した目標設定による低コスト化、放流先の水利用状況を考慮した対策およびソフト対策の推進を行うことで、一層の事業の効率化と汚染リスクの低減を図ることを目的としており、改善対策の期限内の確実な完了と当面の改善目標の達成を図るための新たな緊急改善計画の策定に適用するものである。

(中略)
 該当する都市は以下の15都市1流域下水道となる。

札幌市
仙台市
東京都区部
横浜市
川崎市
藤沢市
新潟市
名古屋市
豊橋市
京都市
大阪市
尼崎市
広島市
北九州市
福岡市
寝屋川南部流域下水道(川俣処理区)

国土交通省ウェブサイト「効率的な合流式下水道緊急改善計画策定の手引き(案)」より


 実は、冒頭で触れた悪質な動画は、東京都の合流式下水道を酷い表現で揶揄するものだった。

 しかし、合流式下水道は、東京都だけにあるのでは無い。
 今も、全国各地に残っている。
 そして、改善がすすめられている。

 この事実が、多くの方々に伝わることを、心から願っている。

4.まとめ~風評を生まないために~


 簡潔に説明しようと思って書き始めたにもかかわらず5千字を超える分量となってしまったが、今回のnoteで最も知って欲しかったのは、下記の4点である

・日本国の下水道普及率(下水道処理人口普及率)は、8割を超えている

・下水処理施設に集められた下水・汚水は、環境に悪影響を及ぼさないよう処理されてから放出されている

・合流式の下水道では、大雨の時に処理しきれない下水・汚水が雨水と一緒に放出されることがある。しかし、そのまま放出されないよう全国各地で現在も改善策がすすめられている

・合流式の下水道が設置されているのは、東京都だけではない

 中でも今回、私が最も書いておきたい、知って欲しいと強く思ったのは、最後の1行である。
 豪雨の際に処理しきれない汚水が放出されてしまう合流式下水道が設置されているのは、東京都だけではない。
 まして、常に未処理の汚物が東京湾に放出されているという事実も無い。

 はじめに書いた通り、私はどのような悪質な動画やツイートであっても、それが違法でない限りは制限されるべきものではないと思っている。
 しかし、そんな悪意ある見出しのせいで、東京で暮らす方々、何より東京湾の海産物を扱う市場や関係者の方々が風評被害にあうのは許しがたい。
 無責任な動画を拡散する者には憤りを覚える。

 去る7月15日、東京都江東区の豊洲市場に岩手、宮城、福島各県産の鮮魚などを一般客が購入できる店舗「三陸常磐 夢市楽座」がオープンしたことが大きく報じられた。
 中でも注目を集めたのは、東京魚市場卸協同組合理事長 早川 豊氏のこの言葉だった。

 3県のうち特に福島県産の水産物は、東京電力福島第1原発事故による風評への懸念が続くが、早山理事長は「(三陸・常磐の魚は)間違いなくおいしい。われわれ魚のプロが積極的に扱っている姿をアピールし、不安を払拭できれば」と話した。

三陸・常磐の魚、買えます 仲卸が目利きで被災地支援 豊洲市場(時事通信) - Yahoo!ニュース


 これほど力強い言葉があるだろうか。
 宮城に暮らす人間として、そして地元の美味しい魚を毎日食べて暮らしつつも、宮城県内の漁業関係者が置かれている大変な状況も耳にしている者の一人として、この早川理事長の言葉は涙が出るほど嬉しいものだった。

 これほど力強く応援してくれている方々に、下水云々という斜め方向からの風評をぶつけようとする者たちに、私は怒りを覚える。

 どんなに説明しても、意図的にデマを流す者達には伝わらないだろう。
 けれど、ここに資料をまとめ、現状を書いておくことで、誰か一人でも二人でも正しい情報を理解してくれたら、と思う。
 そして、特定の地域や都市を揶揄し中傷するような動画やツイートが、これ以上拡散されなくなることを、心から願っている。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。




※ 7月25日追記
 本noteにまとめた内容、ならびにこれまでnoteに書いてきた水道水に関するデマの検証等について掲載していただけるメディアがありましたら、お知らせください。
 技術者としての仕事を最優先しながらではありますが、上下水道に関する誤解を払拭するため執筆しております。
 また、宮城県を中心に、東北各地の海産物の紹介やフードエッセイも執筆しておりますので、こちらもご連絡をお待ちしております。

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