マイルCS 新馬先生はこう見る。
プロローグ
朝起きると、乾いた頬に冷気がピシッと刺す。秋と冬の境目のような、この季節が好きだ。
10年前のその日も、澄んだ外気を浴びながら、
僕は緊張と興奮で沸き立つ衝動を抑えるのに必死だった。
肩から腰まで白く細い布地をキュッと結び、
スタートラインに立つ。
サングラスに手をやり耳元を触る。
外の寒さと温度を冷えた耳たぶで確認する。
そこで、冷静になって、
自分のレースプランとチームから求められた役割を思い出した。
前の走者から受けた絆のような
襷を繋ぎたくて駅伝を始めた。
けれど、その願いは叶うことはなかった。
僕の任される区間は1区。
誰からも襷を受け取ることはなく、
渡してばかりの駅伝。
駅伝チームの1区にはふた通りの役割がある。
僕は後者だった。
走りながら、ラップを正確に刻む。
無理はするけど無茶はしない。
練習で詰んできた努力を結果で結実させるには、私情は無用。
マネージャーから言わせると
「つまらない」
そうだ。
チーム内で6名を選ぶ選考会でのことだ。
チームにおける最大目標の大会で走るランナーを選ぶトライアル。
その駅伝は、先頭から10分以上遅れると襷が途切れるという大会で市民ランナーの界隈ではかなり厳しいレースとして名を馳せていた。
我がチームはレベル的に、
その襷を繋げるラインにいた。
タイム順で行けばチーム内で2位で、
無難に走れれば選出されるはず。
そんな5kmのトライアルレースで僕は無難に3位に入った。
1位と2位の選手は、
スタートからペース無視で逃げての鍔迫り合い。
僕は傍目にその2人を見ながら、失敗しないレースを選び、順当に3位に入ることを選んだ。
「最初で付いていけないペースで飛ばせば、お前は追っかけてこないと思ってた」
と1位、2位のチームメイトに打ち上げで祝杯となるビールを飲みながら言われた。
相手の狙い通りすぎて、若干悔しかった。
マネージャーにも、
「勝負しろよ」
とドヤされた。
でも、僕は勝負に徹して6位以下になることよりも、目標タイム通りに走ることを選んだ。
大会を走りたい。
そして、練習で積み上げたものを無駄にしたくない。
打ち上げは盛大に盛り上がり、散会近くなったころ、僕はコンビニで水を人数分買っていた。
いつも通り、小銭が1番少なくなる額を計算して店員に差し出す。
572円だから、手持ちのお金を見て1127円を手渡した。
釣り銭は555円。硬貨を3枚に収めて少し嬉しくなった。
財布にお釣りをしまっていた時、
後ろから、普段と変わらぬトーンで監督が僕に告げた。
「お前、1区な。」
だろうな。
またか。
分かっていた。
「はい。」
と答えた僕は選出された安堵感と興奮を覚えた後、
誰かから襷をもらいたかったな、
と少しだけ複雑な感情を覚えた。
僕を1区に配置する。
それはつまりトップ争いは避け、
後ろから先頭チームを追いかける。
チームの目標は襷を繋ぎきるというレースをするという意味だ。
少なくとも僕には、崩れない走りをすることを求めれたのだと確信した。
あれから10年が立つ。
なぜだか朝歩きながら、
あの時のスタートラインで見た光景が呼び戻された。なぜだろう。
でも、今週の勝負は駅伝はなく、
仁川の1600mを走る駿馬たち。
2022年短距離戦の総決算。
マイルCSに集中して改めて予想しよう。
調教診断
調教診断第1位
11 ソウルラッシュ
1週前のCWもボッケリーニを突き放した内容も圧巻だった。
最終の坂路も、ラスト1Fで伸びる様子は素晴らしかった。
どちらも終いの脚を伸ばす内容で、それまではしっかりと抑えられた内容。
2本揃えたことで最高評価。
充実の内容かつ、前走より明らかに良化。
調教診断第2位
7 ジャスティンカフェ
安田翔吾調教師が3週連続調教をつけた充実の内容。
特に最終追い切りは先行した馬を追いかける内容が素晴らしい。きちんと我慢が出来ていた。
調教診断第3位
15 ダノンスコーピオン
中3週だが、1週前と最終共に坂路で早い時計。叩いて良化したと見える。
ストライドが綺麗で坂路の内容的に持続的に良い脚が使えるので、馬場が回復している方が良い。
川田騎手が調教つけていなかったことだけが気がかり。
調教診断第4位
13 エアロロノア
中3週で坂路追い。日曜日にCWで負荷もかけており、こちらも明らかに良化。
終いに重点を置いているのがわかる内容。
前走からの比較と、叩いたキンカメ産駒。
外差しの展開なら穴に一考。
調教診断第5位
12 ホウオウアマゾン
前走からの上昇度だとこの馬が1番かと思い5位に選出。
一週前追い切りが7F CWと負荷高め、しかもタイムが6F78.6はメンバー随一。
前走が太め残りで、最終も早い時計を坂井騎手で出してきた。前からの先行作で前残りとなった時に怖い一頭。さすがの矢作厩舎。
その他
今回、全体的に出来のいい馬が多い。
4 シュネルマイスターは濃霧で見えないだけで1週前は単走ながら、外を回して直線素晴らしい走り。
6 ソダシは今年の中では1番落ち着いて走っているように見えた。
その他良かった馬として1 マテンロウオリオン、3 ダノンザキッドを推挙する。
エピローグ
10年前に話を戻そう。
チームの最大目標だった大会で、僕は任された1区を設定されたタイムから5秒と違わぬタイムで走り切った。
1度も先頭集団に立つことはなかったけれど、
襷を次の走者に渡す瞬間、彼の腰を強く押した。
押した勢いで2区のエースが、前傾姿勢で短距離走者さながらにぶっ放して飛ばしていく。
「飛ばしてけー!」
と、彼の背中越しに叫んだ。
彼は手をぐるんと1つ回した。
了解、の合図。
チーム内の選考会でスタートと同時に振り切られた背中だったが、今日はその姿がとても頼もしく、そして限界を超えられる彼に少し嫉妬した。
僕の走りはつまらないといつも揶揄するマネージャーは、今日は笑顔で路上に倒れたままの僕の体を起こして、握手をした。
これが僕の走りだ。
チームは目標である襷を繋ぎ切った。
汗で濡れた頬に、渓谷の冷たい風が心地よかった。
走り終わった満足感と、自分に求められた役割を全うしたことへのホッとした気持ち。
今日、そんなことを思い出したのは、
その頃と同じ季節だからというだけではない。
僕がとある騎手に抱く羨望の感情が、
10年前に2区のエースへ向けるそれと似ているからだと気付いた。
今週のマイルCSを見ていて、
これは来ないと思いながらも、
どうしても、どうしても、その馬を、
その騎手を無視出来ない自分に気付いた。
どんなに不利で、
どんなにその戦法が
人から見たら不利なそれでも、
その人は、それがベストだと信じてやれる。
時に魔術のように、彼が乗った馬は、
1頭だけ飛んでくる。
レースで先頭を悠々と走り、
その存在を忘れさせるように
気付くと先頭を走り切る。
少し年老い若い頃と比べたら、
衰えを隠せなくなっているが、
時に見せるその奇術は、
技術が錆びないことを教えてくれる。
計算や策略とは違う世界で、
戦えるその人を目で追いかけてしまう。
魔術師は年老いたが、まだ自分に出来ないその力にまた今回は騙されよう。
枠が不利だと。
前走が大敗だと。
それがどうした。
馬を気持ちよく走らせる腕は、
貴方が世界一だ。
競馬に何を求めるかは人によって違う。
競馬予想くらい
たまには
好きな人馬という理由で選んでも
いいじゃないか。
普段、自分が決して出来ない
思いっきりの良さを魔術師に求めて。
若駒は駆けていく。
2022マイルCS
僕の本命は
1 マテンロウオリオン
冬の夜空に、
少しだけ輝く白い北斗七星。
こと座のベガという女神が君を誘う。
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