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小説『松子さんの結婚』4

その日はテスト3日目だった。
テスト期間中の一日は短い。
英文法、古文、家庭科の試験を終えたら一日が終わった。

ほとんどの人は昼ごはんも食べず、さっさと家に帰ってしまった。
電車通学の人や学校でテスト勉強をする人は、教室でお弁当を食べていた。

わたしは教室に残り、お弁当を食べていた。
自習のために居残っていた、友達の弥生ちゃんといっしょにだ。

「やす子ちゃんと正司くんって、幼なじみなんだよね」
弥生ちゃんは高校に入ってからの友達だ。
彼女の地元は高校がある町で、近くの商店街の居酒屋が彼女の実家だ。

うちの実家も居酒屋だからライバルと言えなくもないのだけど、街が違うから互いに意識もしていない。
何よりわたしたちは、自分たちの実家が居酒屋だということにかすかな恥ずかしさを感じていて、それを機に仲良くなったのだ。

弥生ちゃんには松子さんの結婚のことをさんざん文句言っていた。
わたしから松子さんの話を聞いていた弥生ちゃんは、松子さんが結婚することに驚いていた。

だけど弥生ちゃんは相手の正太郎のことを知らない。
「正司くんのお兄さんなんだよ」と言ったら、「だったらいい人なんじゃない?」なんて言っていた。

違うのだ。
正司くんと正太郎は全然違う。
兄弟だけど真逆なのだ。

「幼なじみなのに、あんまり仲良くないの?」
弥生ちゃんはおっとりと、そうたずねた。
「仲良くないわけじゃないよ。家も近いし、会えば話すし」
「そうなの?」
「仲良くなさそうに見えた?」
「あんまり話してるところを見たことがなかったから」
「まあ、クラスも違うしね」
「ああ…。進学クラスの人って、なんか話しかけづらいよね」
弥生ちゃんはお弁当のタコさんウインナーをぱくりとほおばった。

弥生ちゃんのお母さんはお弁当作りに気合を入れているらしくて、いつもかわいいお弁当だ。
うちの母は見た目よりも味重視なので、ぱっと見は地味だ。
だけど味は絶品だから、文句はない。

「正太郎は正司くんとは全然違うのよ。高校のときはかなりやんちゃだったし、先生がよく家に来てたし」
「そうなの?」
「近所で噂になってたもん。学校サボって映画館に行ってたとか、遅刻しすぎて昼過ぎに学校に来たとか、伝説はいろいろ残してる」
「想像つかないなあ」
弥生ちゃんはあははと笑った。

そりゃあそうだろう。
正司くんのお兄さんが正太郎だなんて、わたしも信じられない。
そして松子さんの結婚相手が正太郎だというのも、信じられない。

そう考えて、ん?と思った。

松子さんが正司くんの義理のお姉さんになることは、なんだかしっくり来る。
二人はなんとなく、似ている気がする。
義理の姉弟だと言われても、納得する。

だとすると、正司くんと松子さんをつなぐ役目は正太郎でぴったりだということだろうか。
実は、松子さんと正太郎はお似合い…。

「ないない」
浮かびかけた想像を、わたしはあわてて打ち消した。
そしてごはんの上にどーんと乗った鮭にかぶりついた。
塩の効いた鮭は、焦げ目もしっかりついていて、ごはんのおかずにぴったりだった。

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