小説『松子さんの結婚』7
「玄米ソフト二つください」
注文している正司くんの声を聞きながら、わたしは天を仰いだ。
午後の空は、まだまだ明るい。
夏の気配がただよう空に、ジューンブライドという言葉がよぎった。
松子さんの花嫁姿はとびっきり美しいに違いない。
なのに、その隣にいるのが正太郎だなんて。
二人の姿を思い浮かべて、わたしは憮然とした。
そこに、正司くんが玄米ソフトを差し出した。
「まあ、機嫌直せよ」
片手で玄米ソフトを差し出しながら、正司くんは自分の玄米ソフトにぱくりとかじりつく。
わたしは遠慮なく玄米ソフトを受け取ったけれど、「だって」と言わずにいられなかった。
「どうしてよりによって正太郎?」
「気が合ったんだと思うよ」
正司くんは駅へ向けて歩きはじめた。
大きな鞄を肩にかつぎ、玄米ソフトをぱくぱく食べている。
ちゃんと味わっているんだろうかと思いながら、わたしは玄米ソフトをなめた。
ソフトクリームに玄米を練り込んでいるらしい。香ばしくておいしい。
玄米ソフトのおいしさに一瞬聞き流しそうになったけれど、正司くんの言葉にはっとした。
気が合う?
正太郎と松子さんが?
「気が合うわけないじゃない。松子さんと正太郎はぜんっぜん違うもの」
全然に気合を入れて、わたしは言った。
正司くんは冗談でも聞いたみたいに、「気が合わなきゃ結婚しないでしょ」と言った。
「だって正太郎は正太郎だよ? あのがさつで繊細さのかけらもない正太郎が、ピアニストの松子さんと結婚するなんて不釣り合いじゃない」
「ずいぶんな言い方だなあ…。一応兄なんだけど」
「兄だからこそよ。正司くんみたいな人と松子さんが結婚するなら、納得もできたわ」
「何それ」
正司くんは笑いながら、コーンをぱくっとほおばった。
いつの間にかソフトクリームはずいぶん減っている。
食べるのが早い。
わたしは溶け始めている玄米ソフトにあわててかじりついた。
玄米とソフトクリームは、意外と合っていた。
全然違う組み合わせなのだけど、玄米の香ばしさがソフトクリームの甘さと混じると、絶妙なアクセントになる。
食べる前はどうなのかなと思っていたけれど、この組み合わせは意外と当たりだ。
「玄米とソフトクリームも合うわけだし」
わたしの考えを読んだみたいに、正司くんはそう言った。
「意外な組み合わせに見えるけど、相性ばっちりなんだよ。正太郎にいと松子さんも」
「…顔合わせの時ってどんな感じだったの?」
「笑いをこらえるのが大変だったよ。正太郎にいが柄にもなく澄ましてるからさあ」
そのときのことを思い出したのだろう。
正司くんはくすくす笑いはじめた。
正司くんを見ていると、どちらが兄なのかわからなくなる。
落ち着きのない正太郎とは違う、この包容力は何だろう。
正司くんの方が精神的には正太郎より年上なんじゃないだろうか。
それとも、元来の賢さが落ち着きを生み出しているんだろうか。
「溶けるよ」
考え込んでいるうちに、正司くんは玄米ソフトを食べ終えていた。
わたしの玄米ソフトはまだ半分ほど残っている。
「急がないと電車にも乗り遅れるよ」
「わかってる!」
わたしはもやもやする気持ちを玄米ソフトにぶつけた。
大口でほおばった玄米ソフトは、口の中を甘くさせる。
ちょっぴりほろ苦さもあるその味は、今のわたしにぴったりの味だった。
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