『夜虹』についての覚書き

 その昔ボーカロイドを使って作った曲をシンセサイザーVに歌ってもらいました。この曲、ニコニコ動画に2010/4/1 19:19 投稿とある。*[1]
当時他にも色々作っていたんだけどこの子とはえらく長い付き合いになった。しかしまあ初音ミクもなかなか衝撃だったが、今回のシンセサイザーVも初音ミクほど話題にはなっていないがなかなかにすごい。(もしかしたらこれから盛り上がるのかもしれないが)もう本当にバーチャルシンガーだけで事足りてしまう世界が来るのかもしれない。そしてまあ個人的には別に来てもいいと思っているし、半分くらいそうなっている。人は一生で好きな音楽にどれぐらい出会えるのだろう?そしてその歌をAIが歌っていたとしたらどう感じるのだろう?そんなもんだろうと思うのか、はたまたその歌を、人が自身の声帯を震わせ歌った時の感じ方と、やはり何かが違うのだろうか?
これはAIネイティブ世代にしかわからない感覚なのかもしれない。

 ちなみに某若手批評家のイベントで一瞬この曲を話題に上げていただいたことがある。そこではこの曲の旋律がドリアンスケールであること、そしてそのスケールの特徴として、主にファイナルファンタジーやドラゴンクエストやゼルダの伝説をはじめとするゲーム音楽に執拗に使われていて、また実際作者があらゆるゲーム音楽やクラシック系の音楽に強い影響を受けており、ある種必然的に生まれたと言っても良い。というような話をほとんど即興で展開していて若手批評家おそろしやと思わざるを得なかった。*[2]

 ライナーノーツにはチラっと書いたがこの曲の元ネタはZABADAKの『二月の丘』『Harvest Rain』である。
ふたつともマイナーキーでドリアンスケールを中心とした旋法で作られていて、それこそゲーム音楽的な叙情性を感じる音楽で繰り返し聞いていた。もちろん作曲者の吉良知彦さんがゲーム音楽を意識して作っているわけは無いと思うが(後にPSゲームソフト『クロノ・クロス』のエンディングテーマを演奏していたりするが)、私がいわば遡行的にこの旋法に惹かれていた部分はどう考えてもあるだろう。
クラシックでいえば、この旋法を意識的に使っている敬愛なる作曲者にそれこそ吉松隆がいるし、彼が心の師と仰ぐフィンランドの国民的作曲家シベリウスの交響曲第6番ニ短調はまさにドリア旋法(ドリアンスケール)で書かれたものだ。まだ私が十代の頃に吉松先生のブログを読み漁りこの話に大変感銘を受け、さっそくタワーレコード難波店にシベリウスのCDを買いに走ったこともあった。(ちなみに無印良品やロフトと同じビルにあったタワレコ難波店は移転し、元のビルにはまだテナントが入っていない)
と言う具合で、このドリアンスケールを中心とした一連の楽曲群は個人的にはもはやルーツミュージックである、とすら言いたい。もちろん本来の土着的な意味というより遺伝的な意味で、そして音楽的な遺伝と合わせて、文学的な遺伝としての『宮沢賢治』がある。どういうことか。
先程までに何人か音楽家の名前を出したがまずZABADAKは宮沢賢治をテーマにした楽曲を大量に作っている。『銀河鉄道の夜』からはじまり『グスコーブドリの伝記』『双子の星』など。『賢治の幻燈』というアルバムまで作っており、宮沢賢治の想像力に大変敏感に反応していると言える。
吉松隆も同じくピアノ協奏曲『メモ・フローラ』というこの世の音楽とは思えない程美しい楽曲があるのだが、メモ・フローラというタイトル自体、宮沢賢治の『MEMO FLOLA』という花壇の設計図を書き留めておいたノートから拝借したそうな、またチェロ協奏曲『ケンタウルス・ユニット』の第二楽章では、どう聞いても銀河鉄道の夜にしか聞こえないテーマがあらわれる。(何を言っているかわからないと思うが聞けばわかる、あれはどう聞いてもそうとしか聞こえない)
ついでに吉松先生のブログによると、なんと宮沢賢治とシベリウスの創造性の共通項についての考察があったりして大変興味深いのでぜひ参照されたい。*[3]
ついでに先程チラッと出た『クロノ・クロス』というゲームの音楽担当の光田康典さんはそれこそZABADAKに音楽的な影響を受けており、彼が担当した作品『ゼノギアス』のBGM『風が呼ぶ、蒼穹のシェバト』という曲ではZABADAKの『双子の星』のフレーズをまんま引用していたりする。
 というわけで長々書いてきたがキリがないのでこの辺でやめておくが、最後にまとめると私simesaba作曲の『夜虹』という曲はどう考えてもこのドリアンスケール的叙情性、孤高性、および宮沢賢治的世界観を音楽で展開していった作品群の直系遺伝であるといえるだろう。
問題はわたしがまだ宮沢賢治をちゃんと読んでいないことである。

[1]https://www.nicovideo.jp/watch/sm10241667
[2]江永泉と米原将磨「光の曠達」2023年8月号「音楽批評ってなんか難しくない?」「好きな音楽の話」
https://youtube.com/live/w1wz3qEe9UQ?si=d7nssM7QuVr9Hj33
[3]宮沢賢治とシベリウス/銀河とオーロラの共振
http://yoshim.music.coocan.jp/~data/BOOKS/Thesis/sibelius01.html

ゲンロン・シラス非公式ミニ総会「ぶんまる」10/8(日) in 福岡にて少量ですがCD頒布します!よろしくお願いします!
https://bunmaru2525.studio.site/

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