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【小説】心霊カンパニア⑧ 『座敷牢』後編



チャコ


「いたたたたたっ・・・ちょ・・・桃ちゃん」

「マジwww何してんのよあんたwww」

 桃ちゃんに憑いてきたチャコは、ボクが苦しむ中で持っていた首輪に目掛けて飛びついて咥え出した。

「www・・・えぇ?!」

 チャコは喜びながら自分の首輪を咥えては首を左右に振り、離しては匂いを嗅ぐ。ボクを見ながら二言吠えた。しかし、声は聞こえない。

「ちょ、・・・ちょっと待ってね・・・・・・」

 ボクの足は麻痺から痺れへ変わって最大値の峠に差し掛かっていた。
 桃ちゃんが浮遊している首輪の所へ移動してきた際
「いったーい!ちょっと、やめてぇ・・・・・・」

「あ、ごめん」
 ボクの足に桃ちゃんの足がぶつかった。絶対にわざとだ!!

「ちゃうやん、これなによ?」

 桃ちゃんはそう言って首輪に手を伸ばした。

「・・・あ!え、マジ?チャコがここにおるん?!」

 どうやら桃ちゃんも首輪を通してチャコの存在に気が付いたようだ。

「・・・うん、そう・・・桃ちゃんに着いてきちゃったみたい汗」

「あんた、視えてん?」

「うん、首輪付けて欲しいみたい」

「やーん♡チャコー♡あんた来てもうたーん♡・・・あ、ほんまや、ここおるで、ほら」

 桃ちゃんはチャコを普通に抱きかかえた。

「え・・・ちょっと、桃ちゃん、触れるん?」

「wwwみたいやなwwwちょっと、やめて、なんかくすぐったいwww」

「桃ちゃんの顔、ずっと舐めてる♡」

「えー♡ちょっと、どうするぅ?」


「・・・なんで犬の声がここでしてるの?」

 古杣ふるそまさんが珍しく今日は早く帰って来ていた。
「あ、古杣さん♡」
「ああ、ソマっち、あんなぁ・・・・・・」

 桃ちゃんがチャコの一連の経緯を話し出した。


「君たち、凄いことをしているね。こんなことは初めてだよ。梓さんに報告と、今後どうするべきか判断してもらった方がいい」


新員


「面白いことになりましたね」

「会長、面白いって・・・・・・」

「ふふふ。まぁ、いいじゃないですか。少なくとも、わたくしの見解では良くないことにはなりませんよ」

「本当ですか?・・・まぁ、会長がそうおっしゃるのなら・・・・・・」

「???古杣さんは、あまりって言うか、チャコがここに霊体として居ることは反対なの?」

「うふふふ・・・いえ、千鶴ちづるさん。古杣さんはね、苦手なのです」

「え?!犬が?」

 古杣さんの方を見ると、恥ずかし気に困った顔をしながら梓さんを見つめる姿があった。ふふふ。これは面白いことになりそうだ♡

 桃ちゃんがずっとチャコと戯れている。ボクには視えるから普通の光景だけど、見えていない人からすれば空中に浮いている首輪と遊んでいるおバカな子にしか見えないんだろうなと考えると、また可笑しくなってくる。

「しかし、なんで着いてきてしまったのでしょう?」

「恐らくは、桃華さんの臭気を気に入ってしまったのでしょう。シャルルさんのそれのように、嗅覚が私たちとは次元が違いますからね」

「なるほど」

「・・・ってことは、この子はオスかな。・・・あ、うん、オスです♡」

「ただ、千鶴さん、桃華さん。この子・・・チャコさんもいずれは『縁』が繋がる時が来ます。その時は悲しいですが、お別れが必要となります。現世では『死』が永遠の別れ。しかし彼の地では『生』が永遠の別れとなります故、それを私たちが止めるなんてことはもっての外ですよ。肝に銘じておけますか?」

「ああ、うん。勿論です。逆にそれって素敵ですね。死ってボクたちからすれば悲しいことですが、生きるって聞いたら素晴らしいことのようにおもえますし」

「まぁ、普通の感覚ではそうですね・・・・・・」

 ???ボク、何か変なこと言ったかな?なんだか梓さんが少し暗くなった気がした。

「うちも勿論やで。きっと、チャコの家族やった人らはしっかり供養してくれるやろ。そしたらまたその『縁』ってのが出来て、チャコ、本当の家族の元へ帰れる。きっと。間違いないもん。飼い主のあの子が結婚して、子供でも出来たらきっとその子にチャコは転生すんねん。だから、絶対、大丈夫」

 桃ちゃんにチャコは見えないはずだけど、寝転びながらチャコを持ち上げて顔と天井を見つめながら、真面目にそう断言し語った。


無縁


「・・・なぁ、ちーちゃん。うちんとこの県境にある山の麓。あっこの『幽霊屋敷』のこと、なんで知ってたん?」

 ボクらは”あれ”以来、たまに一緒に秘湯に入るようになった。ボク個人的にはこの温泉の独特な匂いのおかげで、桃ちゃんの溢れ出る『臭気』が掻き消されてちょっと変な気にならないから逆に良いんだけど・・・桃ちゃんはどう思っているんだろうかが気になる汗。

「幽霊屋敷?」

「チャコの場所、教えてもらう時に一緒に見えたんよ。なんか、古いボロボロん家で、変な気配がするとこ。チャコが落とされたあの川のずっと上流のとこのな」

「ああ、えっと・・・前に相談に乗ってもらった話のきっかけになったのが、そこの建物の離れ小屋に埋まっている遺骨だったの・・・きっと、ボクの中でまだ気になってたんだと思う。たまたま、近くだったので見つけちゃったのもあって・・・・・・」

「ああ、そうやったん。あの時はチャコで必死やったから気にせんかったんやけどな。あっこはね、地元じゃ有名な心霊スポットやったんよ。ちーちゃんの見え方のビジョンやったから、なんか普通に見るよりも大分と気持ち悪かったで」

 ・・・チャコが温泉の湯内で犬掻きをして泳いでいる汗。霊で犬なのに、温泉の気持ちよさがわかるのだろうか汗。どうしよう真面目な感じで話している桃ちゃんを尻目にチャコの行動が気になってしまう。

「あ、え、えっと汗、実際は普通の、そんなに怖くない家なの??」

「うん。あ、うちは行ったことないで?こんなんやしさ。大分と誰も住んでない廃墟となってしまって、アホな不良どもが度胸試しで行くような所なんやけどな。うちのおばぁに小さい頃に聞いたことがあったような・・・ちょっと思い出したことがあんねん」

「あの古民家のことで?」

「多分そう。そんなピンポイントで家のことやったんか、山全体のことやったんかもしれんけどな・・・あっこにぁ『鬼婆』が住んでるから行かん方がええ、遊びでもな。見つかったら食べられるでの・・・ってね」

「鬼婆ぁ・・・あの、昔話に出てくるやつ?」

「まぁ、そんな感じで言ってたわ」

 双子の後に幽閉された老婆のことが連想された。けど、ボクが視るその双子も老婆も感じはそんな怖いような、鬼のような形相はしていなかった。

「他の話が混ざってるかもしれんけど、昔、この村に言葉が通じんような人物が瀕死で流れ着いて、一旦は保護し受け入れて暮らしてたらしい。けど、盗みや暴力、そして堕落とあまりに素行が悪くてみんなに追い出されたんやて。あの山に逃げるように去っていったけど、それから鬼婆の話ができてきたからその時の異国者がなんとか生き延びて暮らしてたんちゃうか、とか」

「・・・そうなんですね」

「いや昔の聞いた話やし、年寄りが言っていることやったら尚更、色々と大袈裟なんかもしれんけどな。まぁ、何してたんかは知らんけど、ちょっと可哀そうかなって感じで何となく覚えててん。”いちびった”中学ん時の奴らがよう毎年、夏になったら話してたわ。どうせ根性もないからウソついて『行ったったで俺ぇ』てことにしとったけどな。実際は家の前まで行ってただけで帰ってきとん。マジ情けないしシラけるやろ?」

 チャコが岩の上で寝ている・・・犬って暑さに弱いんじゃなかったっけ?

「なぁ、チャコの時みたいに、うち、行こか?ちーちゃんもずっと気にしてたから思念として強く残ってたんやろ?うちも、なんか気になってしゃー無くなってきたんよ」

「・・・え?でもさ、チャコの時と違って遺骨を還す先が無い、ってか分からないよ?」

「一応、おかんか誰かにも聞いてみるけど最悪、だれも知らんかったとしてもそんな廃れた家の、心霊スポットみたいに騒がしい場所で眠るよりかは、もうちょっと静かなとこに埋めたった方がいいんちゃう?ってか、普通は警察に届けるんやろうけどな。でも、届けたって身元不明とか引き取り遺族が居ない場合、公営墓地の無縁納骨堂に合葬されるだけ。それってどうなん?」

「んー・・・梓さんに相談してみる?」

「・・・そやなぁ・・・・・・」


瘴触


「・・・ってことなんですよ、梓さん。どう思います?」

「・・・そうですねぇ・・・・・・」

 いつも、まるで先を見透かしているようで落ち着きのある梓さんが、珍しく考え込んでくれている。

 ボクに化粧を施している時の梓さんは幽体で見て肉体で書いてくれているので、ボクには二重にボヤけて視える。ずっと見てるとボクの目が霞んで見えているような錯覚に陥るから、あまり見ない様にしているんだけど、真剣なこちらからの相談でもあるので人の目をみて喋るのが礼儀だ。

「モノ自体はそんなに危険とういう訳では御座いません。ただ気がかりなのがやはり人であったにも関わらず意思が低く、そして永い時間ときを経てあのような瘴気しょうきを纏う程になったという経緯が気になります。私も今の仕事が片付いたら少し探ってみようとは思っていたのです」

「あ、そうだったんですか!」

「あのまま・・・そうですね。後十年ほど、あのまま何にも動物や植物ですら干渉を受けずにあそこに放置されていますと、ちょっとした悪霊や悪しき精霊へとなり得てしまうやもしれません。これも何かの『縁』。浄霊させておいてもよいかと考えておりました」

「じゃあ、またボクたちにやらせて下さいよ。桃ちゃんもあそこの土地の住民って『縁』もあり、気になっていたそうなんです。問題はその浄霊方法が分からなかったんですが、梓さんがそこを協力してもらえるのなら不安は無くなります!」

「・・・そこも気がかりなんです。要はまた、桃華さんが現地に行かれて遺骨を回収するということは、あの瘴気に桃華さんが触れるということ。そこが懸念なのです。他の者であれば問題ないでしょう。桃華さんだと何を感じ取ってしまうか、もしくは・・・・・・」

「???」

「・・・はい、出来ましたよ。本日からはこの室内からでも大丈夫だと思われます。まだ一応は隠れ蓑の咒を施しましたが、これは念のためです。意識を室外へ、この屋敷の外から『第三の目』を開き、千里眼を開始してみて下さい」

 ボクは集中して眼を開いた。また彼誰時かわたれどきの歪で広大な森の中の風景が映ると思いきや、そこは町の中だった。

「・・・あれ?」

「・・・千鶴さん、その手首の髪留め」

「・・・ああ、これ、今日のお昼に桃ちゃんと温泉に入ってた時に借りたヘアゴム・・・借りっぱなしで手首に付けたままだった・・・・・・」

「桃華さんの持ち物で影響を受けてしまったのですね。『協調』の延長で相性も良い証拠でしょう」

「じゃあ、ここは桃ちゃんの家ってことですかね」

「その可能性が高いようですね」

 すると桃ちゃんが出て来て、バイクに跨りどこかへと向かった。

「・・・なんだか嫌な予感がします。失礼ながら千鶴さん、桃華さんを追って頂けませんか?」

「え?あ、はい」

 ボクは桃ちゃんのバイクのスピードに置いて行かれながらなんとか上空から追って行った。河川敷を上流へと走るその前方には、例の瘴気が立ち上っている山がそびえ立つように待ち構えていた。


瘴気と愁気


「・・・やっぱり、ここに来ちゃったんですね」

「・・・みたいですね。凄く嫌な予感が濃くなりました。決して眼を離さないでください」

「はい・・・・・・」

 梓さんが今までにない面持ちでボクと重なっている眼を睨ませる。

 それにしても桃ちゃんは一人で夜中にこんなところによく来れるなと感心する。ボクなら怖くて絶対に無理だ。例え視えないと言っても、その能力が故に嫌でも感じるはずだ。でも、逆に考えればこの古民家で怪しいのは離れの小屋だけであって、母屋はただの倒壊しかけたボロい家でしかない。何も知らない、分からない人と比べれば漠然とした恐怖心は無く明確な分、マシかもしれない。それと、ボクも梓さんと視た時の感じ。例えば誰かに殺されたとか凄惨な理由での自死の場合では、その意思は強いモノへと変わりやすいけど、ここの三名の最後は静かで落ち着いたものだった。理不尽な幽閉だったかもしれない。病気や衰弱で苦しかったかもしれないが、恨む対象が恐らくは家族である。不特定多数とか無差別的なものでもない。そんな印象でもあるので、だからボクは梓さんの心配の理由が全然分からなかった。

 桃ちゃんは持参した軍手をはめて、スコップで小屋の中を掘り始めた。どんどんと掘り進むにつれ黒い瘴気が増えていく。しかし、桃ちゃんの湯気オーラも対抗するかのように臭気として立ち上る。まるで陰と陽が相殺しあって調和と相殺をしているみたいだった。

 いくつもの遺骨が出土してくる。そして三つの髑髏が出てくると、瘴気が一つになり桃ちゃんのオーラを一部飲み込んだ。

「あ!!梓さん!」

「・・・・・・」

 瘴気がどんどんと形を成して行く。髑髏が三つ、浮遊し取り込んだ桃ちゃんの力を使って霊体へと具現化した。

《あ・・・あ・ああ・・・・あ・・・・あ・・・あ》

 三位一体となった霊体が・・・いや、もはやその形態は怨霊そのものの様な異様な形となり桃ちゃんを襲い掛かっている。

「千鶴さん、お一人で千里眼を維持してください!」

「は、はい!何とかやってみます!だから梓さん!桃ちゃんを、何とかしてください!!」

 梓さんは何かまた別に集中しだした。

「・・・あれは・・・私の予測が間違っていました。どうやら『口減らし』ではありません。『座敷牢』の被害者のようです」


座敷牢


「・・・ざしきろう?」

「私も実際に目の当たりにしたのは初めてなので、なんとも言えませんが・・・話には聞いたことがあります。現代のように医学などが発展していない時代では、奇行な行動をとる人は『鬼』や『物の怪』に憑りつかれたと言われ、様々な呪いや儀式にて憑りついた悪霊を払おうとしました。しかし、効果は見られずに致し方なく憑いた人を閉じ込めて、外部の者への危害を防ぐために幽閉していたといいます」

「奇行な・・・行動?」

「衝動的な行動を起こす者が稀にいます。突然、人を襲ったり傷つけたり。それは先天的な病であったり、加齢により後天的であったりとまた様々です」

「そ、そうなんですね・・・・・・」

「実際に憑いた者もいるでしょうが、その殆どは病気であることが多いのです。そして、今では時を経て逆にそういった経緯の影響も受けてしまい、このような本当の物の怪に成ろうとしています」

「や、ヤバイじゃないですか!・・・ああ、ごめんなさい桃ちゃん、ボクがこんなものを見つけてしまったばっかりに!」

「・・・大丈夫です、私がなんとかします。私の見謝りが原因です。申し訳ございません。桃華さんの寛大さが、まさか負の感情までも慈悲な心にて『分け与える』とは思いませんでした。それに、千鶴さんにもこの存在を探る許可も出しました。私の全面的な失態です。でも、まだこの程度の怨霊では物質的な影響は受けないでしょう。後、桃華さんだからこそ生気の『分け与え』により霊体化しましたが、有り余る幽体にて私が行くまで十分に耐えれるでしょう」

「・・・ああ!危ない!!桃ちゃん!!」

「!!!」


夢窓


 桃ちゃんが異形のモノの一撃を食らった。しかし、梓さんの言う通り、吹き飛ばされるが溢れ出る桃ちゃんの湯気オーラがまるでクッションのようにダメージを包み込む。でも、吹き飛ばされた先の地面への衝撃で桃ちゃんは意識を失った。

「ヤバイ、ヤバイですよ梓さぁん!」

「・・・もう少しで・・・着きます」

 異形が桃ちゃんの傍で立ち尽くす。この物の怪も長い暗闇の生活により目がよく見えていないようだ。嗅覚で桃ちゃんの場所を探り当て、そのまま立ち上る桃ちゃんの臭気を吸い続けている。

「・・・このまま吸われ続けていったら・・・さすがにヤバいんじゃないですか?」

「・・・私からも・・・立ち上る瘴気が見えました!」

 突然、奥の森林から大男が現れた!
《・・・ああ”!ギギ・・・あぎゃ?》

 男は片腕で物の怪の首根っこを掴み圧倒している。胸部と腹部に表れている双子の顔が悶え苦しんでいた。その男は物の怪の複数あるうちの細い腕を引き千切り喰いだしていたからだった。

ザッ!・・・ザッ!・・・ザザッ!!
 背後からまた、誰かがやってくる足音がする。

「・・・夢窓!!

 梓さんがこの場でその名を叫んだと同時に、男と物の怪に対峙するかのようにボクの背後へ表れたのは「文楽」の舞台で見られる「人形浄瑠璃」、女方のかしら老女方ふけおやま人形だった。

「・・・え?あれ?あ、梓さん・・・?」

「夢窓!やめて!やめなさい!!」

 夢窓・・・あの『喰い男』か!!

「・・・イチコか。なんだ。なぜ”ソレ”をここに寄こす」

 イチコ??
 夢窓は老女方人形を見ながら誰でもない名を呼びかけた。この人形の名なのだろうか・・・・・・

「もうこれ以上、霊体の吸収を止めて・・・自分でもわかっているでしょう?もはや人間ではなくなっていることを」

 夢窓の顔をよく見ると、おでこに少しこぶが出来ている。

「・・・だから。なんだ?」

 まるで梓さんと夢窓の二人が会話をしているように聞こえる。
 あれ?なぜ聞こえる??梓さんを通して??

 視界では夢窓と人形が会話をしているようにも見える。ということは、この人形が梓さん?

「・・・そこの女が、お前の新しい仲間ってことか」

 夢窓はボクと桃ちゃんの方を見ながら言った。桃ちゃんを指して言ったとは思うけど、目が合っている気がして冷汗が全身に溢れ滲むのを感じる。

「私たちの時代では成し得なかったけど、揃ったの!今のこの世界でやっと各クレアが・・・きっとあなたも治せる!だから・・・もう止めて・・・・・・!!」

 夢窓はもう、こちらを気にせず異形の物の怪をどんどんと食べていく。梓さんの人形は特に何をするわけでもなく、ただ悔しそうに睨み黙っている。ボクはそもそもに何も出来ない無力のまま、桃ちゃんの心配をしているだけだった。

「・・・イチコよ、まだ『浄霊』などと考えているのか。生温い戯言ざれごとだ。悪しきは滅殺のみ。『除霊』・・・いや、『滅霊』あるのみ!」

「戯言などでは無い!!」

「見ろ!!お前がこの場に来るのが遅いが故に!そして、生温い戯言で滅さなかったが故に!貴様の仲間が傷ついているぞ!いつまでその様なことを・・・いや、何人そのような犠牲になれば気が済むのだ!!」

 夢窓がこちらを・・・気絶している桃ちゃんを指さして、まるで演説かのように説伏せてくる。

「一を救おうとし、それが起こす十の被害を。一を許し、それが起こす百の屍たちを招く。貴様らは自分たちが無関係だとでも未だに”ほざく”のか!?!」

「・・・くっ・・・・・・」

「たまたまに、この場に俺が居合わせなければその娘はどうなっていたかのう。そこそこの魂が吸われ只では済まなかっただろうな。貴様は昔から何も学んではおらん。目前に見えたことしか対処しておらぬ。目の前の悲劇にしか考えが及んではおらぬ。多くのクズや下郎げろう下衆げしゅうから外道げどうまでのその後の無知で愚かな思考により、その何十倍にも広がる悪習と罪の意識なき過失による本当の意味での『罪なき者』がそのしわ寄せを食うのに俺は我慢がならぬ。そしてその様な下衆でさえも救おうとする貴様や貴様の母どもと共に暮らす者たちですら、その勝手な理想による不幸と不運に巻き込んできた・・・そう、その意識事態が『罪の意識なき過失』だ。そこの女も真の『罪なき被害者』だ。そして無駄に何倍もその幻想が膨れ、多くの人が傷ついていく」

 ・・・梓さんが・・・泣いている・・・・・・

「・・・そこで視ている貴様も、ただの傍観で部外者気取りでいるならば、この愚か者どもとお似合いだな。共倒れるがいい・・・・・・」

 夢窓は食べ散らかした残骸と、様々な意思を振り払うかのように踵を返し去っていった・・・・・・


挫折


「・・・梓・・・さん」

 その後、梓さんは何も言わずに人形を操り、桃ちゃんを救出したら一言だけ
「・・・ごめんなさい」
 と言ってボクらの訓練部屋を後にした。

 ボクは何をすればいいか分からなかった。なんて声を掛ければいいかも分からなかった。先ずは状況を理解するだけで精一杯だったって言えばいいのかな。

 以前に、梓さんはあの喰い男はここ、マヨヒガ屋敷の住人だったって言っていた。昔からの知り合いだったってことは分かる。

 屍・・・罪なき被害者・・・下衆、外道・・・・・・

 何か大きな事件か、出来事があったのだろうと言うことは何となく伝わった。何があったのだろうか。

 そして、夢窓の言葉。

 無意識の罪、過失、無知という危険、救うその後の責任・・・・・・

 ボクがずっと考えて悩んでいたことと似ていた。目の前にある悲劇を無責任に、そして無暗に、自分の感情の為にだけで衝動的になることの罪。

 ボクが今まで生きてきた世界観とは全くの逆の価値観に衝撃をまた受ける。そこまで考えたことが無かったからだ。ただほっとけない。ただ見たくない。ただ救うだけが罪になるなんて・・・・・・

《そこで視ている貴様も、ただの傍観で部外者気取りでいるならば、この愚か者どもとお似合いだな。共倒れるがいい》
 あの時、あいつはボクのことまで視えていたのか・・・・・・?

 つい考え込んでしまっていた。


 ・・・いや、桃ちゃんは?


 ボクはハッとしたように現実に戻り、屋敷内の扉を順番に視ていった。



 ボクが駆け付けたころにはもう、シャルが桃ちゃんを抱きかかえ部屋に運ぼうとしている所だった。

「・・・梓さんに軽く事情は聞いたよ。大丈夫だって。このまましっかりとした睡眠と、起きたらたっぷりの栄養を取れば問題はない。打撲や軽い擦り傷の手当をしておくよ」

 それを聞いて、夜なのにシャルが対処してくれることにも安堵した。

 ただ、梓さんの方が気にかかる。

 何か大きな悩みを抱えているような。そしてそれはボクなんかが簡単に聞き出そうとすることすらおこがましい程の大きな運命さだめ・・・・・・

 以前に視た、梓さんのオーラ。強くて暖かい湯気・・・しかし、なんだか消え入りそうな儚さがあった。そう・・・蠟燭の炎が消えゆく瞬間、パッと最後のエネルギーを振り絞るかのように光り輝くような、そんな強さと儚さ・・・・・・

 点滅していたような気がしたのは気のせいではなかったかもしれない。幽体も魂も、精神状態や感情が大きく作用する。ボクたちの肉体が食べ物や環境、気候に影響するように、そして体調不良を起こすように、幽体も精神世界で左右する。精神が傷つき、あまりにも幽体が影響したならば、それは肉体へと及ぼすことがある。ストレスによる頭痛や腹痛が身近によくある事象の例だ。

 ある有名な俳優が演技をしている時、そのシーンは演じるキャラが敵に胸をレーザーか何かで貫かれるという演技だった。最高の演技が収録できたが、熱演が過ぎ実際にその俳優もその後に胸の痛みを訴え、病院に行ってみると胸の内部が熱傷していたという。

 『思い込みバイアス』『プラシーボ効果・ノーセボ効果』とも言うらしいが、精神的エネルギーが肉体にまで反応することは科学的にも明らかな事例でもある。

 ボクたち各々のこのクレア能力もその一つのようなものだ。見えて感じ、聞こえて伝える。肉体的、物質的に全員が行える当たり前な事象。しかし、モグラやミミズの地中生物は見る必要がないので見えないように退化した。ペンギンや鶏は滑空するほど飛べなくなった。ヘビは四肢を無くし、タコは骨格を捨てた。

 代わりに何を得たのだろう・・・それらの代償に見合ったのだろうか。

 ボクが視えているように、きっとだれも見えていない。
 モグラは何を視てるのだろう。ペンギンはどんな気持ちで海を飛んでいるのか。ヘビはどの道を歩み、タコはどこに潜んでいるのだろう。

 実際はボクにしか解らないし、彼らにしか答えを持ち合わせない。

 だからできるだけボクは、シルヴァちゃんを通して今まで視てきたことを言葉として、文字として残していこうと決めた。これからもずっと残していけるかどうかはまだ分からない。ボクたちが見てきたこと、感じてきたこと。そしてこの『言霊』がどこまで影響を及ぼせるかもまだ現状では分からない。たまたまの『縁』が紡ぎし、たった一人へのメッセージかもしれない。しかし、それもまた立派な一つの『縁』だ。

 見て、聞いて、触れて、匂いや味を感れじて、そんな当たり前を大事にしよう。傍にいてくれる隣の人を感じよう。目の前にある便利な全ての物や環境も、場所や時間が違えば当たり前ではない。

 家族も、友達も、全て大事で大切な『縁』である。

 下らない事や仕方がない事なんて、何一つ無いんです・・・・・・



『心霊カンパニア』
第一部
END



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