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朝読書のすすめ、または悪魔の囁き

 いつ読書をするべきか。
「そんなもん読みたいときでいいだろう」と思われるかもしれないが、決まった時間や決まったタイミングで行うことが習慣継続のコツらしい。故に読書にかける時間はさておき、読書を始める時間はいつも同じ方が良い。
 別に習慣化しなくとも本くらい読めるだろう。そういう人も居る。何なら私自身そう思っている。しかし実際のところ、精神が不調に傾きすぎると、本を読むことが出来なくなる。文字を文字として認識出来るのに、組み合わさると何が言いたいのかよく分からないという不可思議な現象が発生する。
 そのくせ毎日本を読まないと強迫観念で余計ストレスが溜まるので困ったものだ。そんな事態になるまで疲労を溜めないのが理想なのだが、如何せん心身の不調メーターがいかれているせいで、閾値付近にならないと気付けない。本当に困ったものだ。
 そういう訳で、自身のバロメーターの目安として、また心身の不調を感じていてもコンスタントに本が読めるよう、同じタイミングで読めるようにしたい。出来ることなら、今よりも長い時間。
 
 一日一冊本を読んでいた生活に戻りたいと語ったことがある。
 そのときにどうにか読書の時間を増やそうと画策しているが中々上手くいかないと述べた。
 現状、仕事の休憩時間及び入浴後に本を読んでいるのだが、さてどう増やそうか?
 スケジュールと睨めっこして、まず目をつけたのは就寝前。脳が活性化してしまうリスクはあるけれど、電子デバイスを見ているよりはマシだと思い就寝前にその時間を設けようとした。
 が、結果は芳しくなかった。自分の行動がとろいせいで就寝前の他のルーティンが終わらず、読書を始める前に就寝時間に到達してしまう。そもそも現状睡眠時間が足りていないのだから、潔く寝た方がいい。
 なればと、次に目をつけたのは夕方、執筆後から夕食までの時間。比較的まとまった時間が取れるのも魅力的……、だったのだが、如何せん睡魔が強すぎて全く集中出来ない。ここでも睡眠時間の影響が如実に表れてしまった。
 加えて、執筆に残りの集中力を全て費やしているせいで、さっぱり頭に入ってこない。これでは本を読んでいる意味が無い。
 仕事に行かず本を読めば全て解決できるのに……。どうにか文章で生計を立てたいところである。

 時に、朝執筆の話をしたのを覚えているだろうか。
 朝題材を考えようともさっぱり頭が働かず、結局帰宅後書き直す羽目になるから、朝は推敲だけにした方がいいかもしれないとかなんとか宣っていた記事である。
 あの記事を書いてから、前日に草稿を用意しておく時間を確保するのも中々難しくなってきたので、朝の執筆は保留状態である。休日は朝に記事を書くことにしているが。
 相変わらず白紙のドキュメントと睨めっこする朝の時間が非常に勿体なく感じてきたので、いっそ朝に本を読めばいいではないかと思い至り、少し前から執筆ではなく読書をするようにした。
 結局のところ、朝に本を読むのが一番頭に入りやすい。それはそうだ。頭の中がすっきり整理されている状態なのだから、情報はスポンジのように吸収され、適切な場所に配置されやすい。
 それに高揚感が得られるおかげで、その後の仕事もなんとなくやり過ごせる。実際、二~三時間くらいは乗り切ることが出来た。
 しかしまたしても、いくつかの問題点が隠されていた。
 まずは時間である。家を出る時間を気にしながら読まないといけないので、どうしても集中しきれない。没頭しすぎて無断欠勤、やりかねない。いっそ一回くらいやっても許されるくらい働いている気がする。
 まあこれくらいの問題点は予想出来ていた。休憩時間の読書も似たような欠点を孕んでいるからだ。
 しかし思わぬ――と思っていたがこれも予想出来たかもしれない――問題もあった。
 それは心が躍りすぎて、業務に支障が出ることだ。

 ヘーゲルについての解説を読んだ日のことである。
 ヘーゲルによれば知識を得るためには否定に否定を重ねる必要があり、何度も否定をし続けることで知識や理解がブラッシュアップされていく。そうして否定を重ねていくことでしか、人間の理解の範疇を越えた「絶対知」の領域には辿り着けない。「絶対知」は文字通り人智を超えているので到底到達不可能な領域なのだが、それでも目指さねばならないと説いていたという。
「肯定ばかりが尊ばれるけれど、やはり否定も大事なんだ! 私と似たようなことを考えてる人が居たんだ!!」と嬉しくなった私は、その後仕事に行き、かれこれ三時間ほど浮足立ったままだった。
 物語的にはここで重大な取り返しのつかないミスをした方がよかったのだろうが、そんなことは起きなかったので安心してほしい。
 しかしまあ、いつにもまして仕事に身が入らなかったのは事実である。思えば休憩後も「読書楽しい! あーもうまだ働かなきゃなんねーのかよ帰って続き読ませろよ」と思っているのだから、朝の読書後も似たような感情に苛まれてもおかしくはない。
 理解がより強く深くなるせいで、その反動もより大きくなるということだろうか。
 更に言えば、時も場所も相手も選ばず哲学者の系譜を(浅い知識で)人に伝えたい欲求を抑えきるのが大変だった。アウトプット前提読書の弊害……、ではないな。単純に私が人に話して知識を整理するタイプの人間というだけで。

 様々な試行錯誤の末、現状、朝に読書をするのが尤も効果的で精神の安定性も高いように思われる。完全に私の主観だが。弊害やデメリットもあるけれど、メリットがそれらを補って余りある。
 貴方もどうだろうか、朝読書。精神性パフォーマンスの向上に関しては、私が保証しよう。アウトプット欲さえ抑えきればこちらのものである。本に夢中になりすぎて、遅刻だけにはご注意を。


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