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学校についての考察~あのシステムにも実は意味があったのではないか~

 突然だが、学校という場所は好きだろうか。
 勝手な憶測だが、問われた半分くらいの人は嫌いだと答えそうだと思っている。勿論(と言っていいか分からないが)私も学校は好きではなかった。
 学校で嫌だったことは山ほど語れるし、嫌だった体験談はそこら中に転がっている。だが、学校の有用だったかもしれないシステムについては、あまり触れられていないように思う。これもまた認知バイアスの仕業で、そういう風に感じるだけかもしれない。
 そこで今回は、本から得た情報を元に、学校における理に適っている部分を考察していこうと思う。


時間割

 質問を重ねてしまい恐縮だが、皆さんはどれくらいの時間集中出来るだろうか?
 1時間、30分、中には2時間以上なんて人も居るかもしれない。ちなみに私はその日のコンディションと作業内容によって集中できる時間が変わってくる。
 多少の振れ幅はありそうなものだが、樺沢紫苑氏の著書「神・時間術」には、人間の集中力を調べてみると15分、45分、90分という三つの単位時間が表出してくると書かれている。
 15分は同時通訳のような、非常に難度の高い行為に必要な集中力が持続する時間だ。この極度の緊張感も伴う集中は短時間しかもたない。アクション映画のアクションシーンも長すぎると眠くなるなんて話がある。
 そこまで精密性の高い作業でなくとも、人間の集中力と言うのは長くても40分くらいしか続かないものらしい。テレビドラマも1時間の間に何回かCMを挟むから1時間の枠で放送されているが、実質的な放映時間は40~45分くらいだ。スポーツの試合時間で見ても、バスケットボールなら10分×4回、サッカーなら45分×2回といったように、純粋な試合時間だけを見ると大体40分~45分という単位時間が見えてくる。
 同書はその名の通り効率的に時間を使うにはどうすればいいか、ということが書かれた本なので、15分・45分・90分の単位時間を元に効率を上げる方法が書かれているのだが、ここで45分が丁度いい時間である理由の一つに、小学校の授業時間が挙げられていた。
 確かに小学校では45分おきに休憩が設けられ、しかも大抵の場合、休憩後は別の授業が行われる。一度リセットして、新たな知識を蓄えやすい状態になる、という訳だ。この時間割というサイクルは、集中力や時間術という視点で見ると、かなり理に適ったシステムのように思われる。
 時間割を自分でカスタマイズして、好きな時間に勉強を教えて貰う訳にはいかないのが少し物足りないところではあるが、流石に贅沢を言い過ぎか。

朝読書

 小学校のときは朝のHR(小学生時代は「朝の会」という名称だった気がする)の前に読書の時間が設けられていた。正確な時間は覚えていないがこれも15分~20分くらいだった気がする。
 同書でも触れられているし、方々で散々言われていることだが、朝、特に起きてから3時間の間、脳は一番生産性が高い。よって創造的な仕事や勉強、読書をするのに向いているのだそうだ。
 大体8時30分くらいから朝読書の時間だった気がするので、余程早起きをしていない限りは「起きてから3時間」が成り立つ。強制ではあっても、朝に本を読む習慣を設けるためと考えると役に立つ行いだと思う。尤も、嫌々読んでいる子もかなり居たので、身になっていたかは不明だ。むしろ読書嫌いに繋がりそうな気もする。
 そもそも今の小学校でも朝読書は行われているのだろうか。「朝読書にぴったり!」みたいな帯を見た記憶があるので、まだ廃れていないと思いたい。
「朝読書にぴったり」だから読む、無いし読ませるという思考で本当に読書の意義が生まれるのか疑問が残るが、話が脱線するので深くは触れないでおく。

感想文提出

 学校から離れて何某かの施設を見学しに行く。遠足に行く。観劇をする。音楽鑑賞会をする。
 普段の学校生活から離れ、非日常的な体験をする日もあったことだろう。
 授業を受けなくて済むとか、滅多にない経験が出来るなどと喜ぶのも束の間。「絶対感想文を書かされる」という予感がして消沈する。そして予想通り、担任教師から無慈悲な宣告が為され、深い深い溜息を吐く。
 ……なんて経験が皆さんおありかどうかは知らないが、感想文の提出という文化に覚えはないだろうか。事あるごとに提出を要求される文章課題に辟易していた人も少なくないと思われる。余白が多すぎるとやり直しをさせられるから、罫線のみの用紙のときは出来るだけ文字を大きく書いて誤魔化そうとしている子も居た。
 一見何の意味があるか分からなそうなこの行為にも、実は意味があったのではないか、と思う内容が書かれている本があった。
 同著者の「インプット大全」における記述だ。以前も紹介したが、「アウトプット前提でインプットする」という話があった。実際に著者のセミナーか何かで美術鑑賞をした際、美術鑑賞で得た知見や感想を5分間スピーチしてもらうことを告げてから鑑賞会に臨むと、皆嬉々としてスピーチを行い、半分以下の時間でスピーチが終わった参加者は誰一人として居なかった、というエピソードが掲載されていた。
 これを見て、どこかで聞いた話だと思った。
 そう、感想文の提出と、少し状況が似ている。
 正直嫌々書かせる感想に一体何の意味があるのだろうと当時は思っていたが、なるほど。記憶の定着を狙ってのことだったのかもしれない。根拠も何もなくやっていたことかもしれないが、それでもこうして今、アウトプット思考に取り憑かれた人間が誕生していることを思えば、効果はあったと言えなくもない。

 学校での感想文課題が関係あったかと言われると疑問しか残らないが、それでも感想文に関して印象に残っていることがあるので共有させてほしい。
 小学生の時。年に一回くらいの頻度で、道徳の授業の延長で体の不自由な方や障碍を持った方に話を聞く機会があった。例によって例の如く、感想文の課題が設けられていた。お礼の手紙という形式だったかもしれないが、まあ実際似たようなものだ。
 何年生のときだったかは忘れた。とあるご夫婦の話を聞く機会があった。そのご夫婦はどちらも足が不自由で、旦那さんの方は下半身が動かず車椅子、奥さんの方は片膝が曲がらず、片膝は曲がったままという状態で、ご自身も歩くことが不自由な中旦那さんの車椅子を押して講演に来ていただいた。普段の生活もそうして過ごしているのだという。
 私は子供ながらに、さぞ大変な暮らしをしているのだろうと思った。嫌なことだらけに違いないと決めつけていた。
 ところが、私の考えは外れた。
 奥さんがメインで講演を行っていたのだが、足が思うように動かない生活の大変さを語りながらも、一方で、苦しいばかりの生活を送っている訳ではない。私達は私達なりに、幸せに暮らしていると、堂々と語っていらした。
 私は衝撃を受けた。当時は障碍があるのは不幸だという思い込みがあったのだ。今考えれば相当酷い偏見だと思う。幼い時分にその考えが間違っていることを教えてくれたご夫婦には感謝の念しかない。
 そしてその記憶を未だ鮮明に思い出せるのは、強く感銘を受けたということもあるが、感想文を提出するという状況に立たされたおかげで、緊張感を持って話を聞くことが出来たことと、講演を聞いて感じたことをすぐに形に出来たことも、要因の一つではないかと考えている。
 感想文課題を少し美化しすぎだろうか? けれどあのとき素直に感動したことを文章にしたおかげで今、あの時の体験が残っているのは事実だ。もし課題が設けられていなかったら、酷くふわふわした記憶だけが私の脳内を漂っているだけで、すぐ取り出せる記憶として整理はされていなかっただろう。
 捻くれ者の私だが、この件に関しては素直に感謝している。

まとめ

 正直学校に関しては嫌な思い出の方が多い。今回私が長所として例に挙げたものも、人によっては嫌で嫌で仕方なかった負の記憶として残っているかもしれない。
 しかし視野を広げ、もしかしたら意味があることだったのかもしれないと振り返ってみると、不思議と過去の気持ちに折り合いがつけられそうな気分になってくる。
 今回の私の記事が、誰かの苦い記憶を和らげるきっかけになれば幸いだ。私も、自分が嫌だった出来事を振り返って、「誰かにとっては役に立っていたのかも」と考えを巡らせてみることにする。結果、嫌な記憶のままだったとしても、今より前に進めると信じて。


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