命がけのトレード・オフ〜渡り鳥と彼女の選択〜
アリストテレスは、寒くなると特定の鳥の姿が見えなくなる現象について、こう考えていた。
鳥たちは、どこかで冬眠をしているのではないか。
アリストテレス。古代ギリシャで彼が実際に呼ばれていたのと、このカタカナ表記の音は、かなり近い。レとスの間をのばせば、完全一致かも。
英語だと、彼を Aristotle アリスタートー(できるだけカタカナで表すとこう)と呼ぶ。はじめて聞くと、誰?タートル?🐢と思うかも。笑
1703年の、鳥類関連情報のパンフレットには、冬季に鳥は月へ飛ぶのだと書かれていた。ちなみに、当時の、ハーバード大学の教授の見解。
よくいえば、ロマンチスト。Fly me to the moon, and let me play among the stars.
古代ギリシャと1703年の考えを、私が、逆に書いてしまったわけではない。この頃の別の説に、鳥は冬、沼地の泥中ですごしているーーなどというものもあったし。
『ザリガニの鳴くところ』私は映画を観ただけなのだが、予想よりもずっと、よい作品だった。
渡り鳥の話とこの作品、沼地って言葉しかかぶってないでしょ?そんなことはない。むしろ、とても関連がある。そもそも、私は、全く関係がないものを出したりしない。
彼女の行ったトレード・オフは、渡り鳥のそれと同じくらい、タフで美しいものだった。このヒロインが好きだ。
この主人公により焦点をあてて考えるなら、前回の話と一緒に読んでもらっても、よさそう。
このように。私たちは、かなり長いこと、「渡り鳥」について理解していなかった。
あの人最近見かけないな → 家に引きこもっているのだろう。これ系ばかりで。→ 海外旅行にいっているのではないか。こういう発想がなかったのだ。
1822年の話。ドイツで、首に大ぶりの矢が刺さった、コウノトリが発見された。
矢は、中央アフリカのものであると判明。
矢が刺さったまま生きていただけでも驚きだが、さらに、この状態で3200kmほど飛行したことに。ヒィ
その後、同様の事例が20件以上確認された。注視してみたら、矢が刺さったまま飛んでくる強者が、あと24羽もいた。
北半球の鳥は、冬に、南へ長旅をしていたんだ……!人類が、鳥が「渡る」ということに、はじめて気がついた瞬間だった。
その前も、一部の野鳥に詳しい人たちは、不思議に思っていた。
なぜ、私がカゴで飼っている野鳥は、毎年同じ時期に太るのだろう。落ち着きがなくなるのだろう。夜間に活発になるのだろう。
それが、渡りのシーズンだったのだ。
科学技術の進歩により、今では、より詳しいことがわかっている。
出発前に、生殖器が縮小する・酸素や脂肪が効率的に使われるように細胞膜が変化する・羽の種類が変わる……など。体重増加などの比較的シンプルな変化だけでなく、このような特殊な変化がある渡り鳥も、少なくない数いる。
GPSトラッカーで鳥たちを追跡できるようになってからは、より一層、渡り鳥の詳しいことがわかっていった。
渡り鳥について、掘り下げる前に。引きで、もっと広く、鳥の飛び方について見てみよう。
地球上の、約1万種類の鳥には、異なる移動タイプとパターンがある。(その内の1つに、渡りがある)
日々の動き
地元の生息地内を飛びまわる。食べ物・安全な場所・配偶者などを探したりする。
世界の鳥類の8割は、渡らない。熱帯地方の鳥のほとんどが、渡らない種類だ。そして、世界の鳥の多様性のほとんどは、熱帯に集中している。
分散
全ての鳥は、生まれてからしばらくして、その場所(巣のすぐ近く)を離れる。つまり、分散は、一生に一度だけの行動だ。
多くの場合、単独で。「ひとりだち」と聞くと、巣から飛び立つ鳥をイメージする人も、少なくないかと。
いや、この歌の人もいるか。
マイクを置いて飛翔していったと書いてある。思った以上に、今回の話にあっていた。人気絶頂の中、ハタチそこそこで引退なさるなんて……。いさぎよすぎる。
長距離分散する鳥もいれば、ほぼとどまるに近いくらい、短い距離しか分散しない鳥もいる。
移住
定期的で季節的な飛行。ほとんどの場合、北から南へ。移住には、さらに2種類ある 。
① 条件的移住
住環境が正常で良好な場合、同じ場所ですごす。大寒波だとか食料難だとか、環境が許容範囲を越えて悪化した場合、ある程度の距離を移動する。
選べるのがポイント。条件に対して判断を下し、移るか移らないかを決定できる。
② 義務的移住
毎年予定通りに、2つの地域間を移動する。1年の何割かを繁殖地ですごし、残りの期間を非繁殖地ですごす。
選べない。そうするように、遺伝子に組みこまれている。これが、多くの人がイメージする「渡り鳥」だ。
なぜ、渡る鳥が存在するのか。
完全に理解されているわけではないが。
移住することで、生き残れる可能性が上がるから。繁殖成功の可能性が上がるから。これで、ほぼ間違いないだろう。生物の基本中の基本だ。
渡れば、世界中の環境における、季節の違いを利用できる。地球上のいくつかの場所は、交配や育成に最適だ。だが、1 年中通してというわけではない。
これは全て、トレード・オフと最適化に関する話である。
渡りには、莫大なコストとリスクがともなう。(たとえ長期目線だとしても)それを相殺するほどの、メリットが得られるからであるはずだ。
渡りという技は、どのようにして生まれたのか。
ある種の鳥が、季節ごとに変化する食べ物を求めるなどして、熱帯の地元から短距離の移動をしていた。近所でもないが、田舎から都会に出るほどでもない。そんな距離感で。
最終氷河期の終わり頃、地球が温暖化した。氷河がとけると、北に、広大な新大陸が広がった。短距離移動をしていた鳥は、その情報をキャッチしたかもしれない。もう少し行ってみよう・もう少し行ってみようの繰り返しで、いずれ、ヨーロッパあたりに行きついた。
ザックリだが、このような推測がされている。
その逆だと考える研究者もいる。
北の鳥類が南(熱帯)に拡大したのだと。何より、年中あたたい。ここなら、定住できる。
引越しが終わった後は疲れきり、2度としたくないと感じる。南国をパラダイスと表現する。そんな人間からすると、こちらの説の方がしっくりくる。
いずれにせよ。
2つの大陸間を移動もしくは往来するような、長距離飛行者が、大きな利を得ていくことが繰り返された。それを真似る個体が増えていき、やがて、ある種は種全体として渡り鳥になった。
渡りのリスクについて。
はじめての渡りは、非常に危険なものになる。
若い鳥 → 持久力がある → 渡りを成功させる。直感的に、このようなイメージをもつだろう。だが、実際はそうではない。
渡りを成功させた鳥を調べると、若い鳥の方が圧倒的に少なく、多くがベテラン勢なのだ。
その理由として。初フライトがかなり難しく、初陣で、相当ふるいにかけられるという事実がある。
おそらくは、問題は、長距離を飛行することだけではない。新しい環境へ行くことは、新しい病原菌や新しい捕食者に出くわすことでもある。引越し先になじめないイメージ。
要するに。若いと有利なのは、何の間違いもないことで。一発目の渡りの試練度合いが、とにかく高いのだ。
なんだか共感できるね。
新学期とか、社会人1年目とか。
コストに関しては、既に書いたとおり。まず、脂肪をたくわえるなど。
以下は、その他の細かい話。
暦タイプと天候タイプがある。
毎年、全く同じ時期に出発する種類と、天候によって、出発時期が変わる種類がいる。
世界には、農作業のスケジュールのカレンダーがわりに、前者を使っている人たちもいる。
小型の鳥の多くは、ガイド(自分の前を飛ぶ鳥や一緒に飛ぶ群)なしで渡る。初回から単独飛行だ。
太陽の光・夜空の星々・地球の磁場などから、どこに向かってどれだけ飛べばいいのかを「感じとる」。すごい。
ハクチョウやガンのような大型の鳥は、群れで飛ぶ。
初回は先人に教わる。その時に、地形や風景を記憶する。2回目は新人を導ける。これもすごい。
異なる渡りルートをもつ鳥Aと鳥Bを交配させて生まれた、鳥Cは、AとBの渡りルートの中間を飛んだという。
おもしろいにはおもしろい。けれど、Cをかわいそうに思う。
AのルートもBのルートも、厳選されたよいルートなのだろう。その中間のルート(中間のように見えるルート)が、偶然よいルートなわけがない。
Cの飛び方は、AとBの無理やりのかけあわせにより、バグった結果なのではないだろうか。
鳥類無着陸飛行の最長記録をたたき出すのは、オオソリハシシギだ。
10日前後で、アラスカからニュージーランドまで行ける。11,000~12,000kmをノン・ストップ飛行。すごすぎる。
マラソンでたとえて、中継地点での水分補給くらいはする。休憩と呼べるほどのものは、とらない。
英名は、古英語の god whit や god whita が由来か。よい生き物的な意味。
鳥類の長距離飛行能力は、“わずか” 15,000年前に生まれたわけではない。渡りは、何百万年も前にさかのぼる、鳥類の原始的な特徴であろう。
このように、推測されている。
地球環境が変化し続ける中。渡り行動は、多くの鳥類系統で、獲得され・失われ・また再開されを繰り返してきたと。
私もそう思う。渡る必要がない時にも、渡り続ける?そんなのナンセンスだ。それほど、渡りは、危険で大変な行為である。
彼ら彼女らは、意味があって、命がけでそれを行っている。生半可にやれることではない。
鳥の渡りは、他の生物学的プロセスではまねできない方法で、地球上の全ての大陸を結んでいる。
そのため、時に、人間社会に甚大な被害をもたらすこともある。
最後に。
クチバシの発達と歯の喪失は、ほぼ同時期に、起こったようだ。これは、研究からわかっていること。
だからといって、こう言ってしまうのは、短絡的すぎる。
飛行しやすくするために、骨格を軽くしようとして、鳥たちは歯を失ったーー
私はこの説が嫌いだ。
クチバシは犠牲ではない。翼という、誰もがうらやむアイテムを手に入れた代償や、“罰” なんかじゃない。クチバシは、あらゆる種類のものを食べるのに活用できる、グッド・デザインだ。
多くの生物が、クチバシを採用している。クチバシは、とても人気がある。
クチバシよりも歯の方が用途が広いだなんて、私たちの思いこみにすぎない。
獣脚類の話は、また別の機会に。