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新連載「今、会いたい投資家」シリーズ vol.1 鎌倉投信 みんなの顔が見えるオープンなファンドだからこそスタートアップ投資の透明性を追求できる。 ~社会的な事業に適した成長スタイルを共に考え、存在価値を高め続ける~

SIIFは、2017年の創設以来日本でインパクト投資のエコシステムを創りたい、という思いで活動してきました。4年が経って日本でもインパクト投資の認知が広がり、急速に実践者が増えてきています。社会的インパクトを生み出そうとする共通の目的はありつつ、そのアプローチや投資哲学、投資手法も様々。まさにプレーヤーが多様化してエコシステムが発展する段階に入ってきました。そういった様々な投資家の皆さんがどんな思いで立ち上げられて、今どんな景色が見えているのか、そしてどんな未来を描いているのかを知りたい!という思いから、この新連載「今、会いたい投資家」をスタートします。

連載「今、会いたい投資家」の記念すべき第一弾は投資を通じて「より良い社会」の創発を目指す鎌倉投信。独立系投資会社として先端をいく同社の投資事業部長江口耕三氏に、同じ志を持つSIIFメンバーから、今年3月末に立ち上げたスタートアップ投資「創発の莟(つぼみ)」ファンドに懸ける思いと目指す未来、投資戦略についてお聞きしました。


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(中央)鎌倉投信株式会社 投資事業部長 江口耕三氏
(左)SIIF 常務理事 工藤七子
(右)SIIFインパクト・オフィサー 加藤有也

「創発の莟」を立ち上げた想いは?
工藤
 鎌倉投信さんは今年3月末に、スタートアップ投資ファンド「創発の莟」を設立されましたね。個人的にもずっと鎌倉投信さんのファンなのでスタートアップ向けの投資ファンドに新たにチャレンジされたのは興味津々でした。これはどういう経緯で立ち上げたのですか?
江口耕三さん(以下、敬称略) 鎌倉投信では2010年に「結い2101」という公募型の投資信託を立ち上げました。今、その受益者数は約2万人、総運用資産は約470億円、投資先会社数は68社です。もともと鎌倉投信では未上場、上場企業に限らずいい会社に投資していきたいと考えていました。しかし結いは投資信託ですので、基準価額を毎日算定しなくてはいけません。そのため、未上場企業への投資はハードルがあります。そこで未上場のいい会社にも投資をするために立ち上げたのが「創発の莟ファンド」です。1つの会社で公募型の投資信託とスタートアップファンドの両方を持っているのは、鎌倉投信の強みになります。普通のスタートアップ投資の機能にとどまらず、機関投資家としての鎌倉投信らしく、今までのVCでは応えられなかったニーズに応えたいと考えています。特徴として、①EXITを必ずしもIPOとせず事業に適した成長スタイルを支援する、②投資の透明性を追求する、③社会性をわかりやすく表現する、④クロスオーバー的に持続的な投資を行う、⑤社会課題への創発的な取り組みを実践する――この5つをコンセプトにしています。

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江口 一般的なビジネスの成長スタイルは、借入や内部留保でじっくり成長するスモールビジネスか、株式で調達して急成長して上場を目指すかの2つしかない。上場を目指すスタートアップ企業は1000社がVCから資金調達してもシリーズBに進めるのは400社程度、上場できるのは3社くらいで、ほとんどのスタートアップは途中で脱落してしまう。いい会社なのに上場できないとの理由で残念な形で「身売り」「清算」をするようなケースもたくさん見てきました。でも、社会に必要とされる会社であれば、無理な急成長を期待するよりも持続的な成長を支援したい。社会的な事業に適した成長を支援するファンドがあってもいいと思っています。IPOを目指す会社とスモールビジネスの中間的な成長パスを辿る企業を「グロウアップ企業」と位置づけ、積極的に支援していきたい。

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江口 「創発の莟」のLP(有限責任組合員)にはサイボウズさんやソウルドアウトさんなど「結い2101」の投資先に入っていただいた。横浜銀行や北國銀行は長いお付き合いがあり尊敬する金融機関です。LPにはお金だけでなく、「人と知恵と本気」も出してほしいと要望していて、月に一度、投資先の経営者と向き合う「インキュベーション会議」に参画してもらっています。スタートアップには、誰の、どういう想いが込められたお金か、それをわかった上で投資を受けてもらう。そういう透明性の高いファンドにしています。

「存在価値を高める経営」を広めていきたい
工藤
 いろいろな問題意識をファンドの中に織り込んでいるんですね。「結い」の投資先が「創発の莟」の投資家になったのは、最初からピンポイントで声をかけていったのですか?
江口 そうです。鎌倉投信が尊敬し、相互に理解しているところのお金しか預かることはできないと思っているので、今回は関係性のある投資先や金融機関に限定しています。僕らはこれまでESGとかソーシャルインパクトとは言ってこなかったのですが、「創発の莟」に関しては社会性と経済性を追求しながら社会的課題の解決を目指す会社を先頭に立って支援するファンドと位置付けています。

加藤 インパクト投資はある意味、お金に色がある世界です。「こういう課題を解決したい」と考えるLPさんからお金を預かって、同じ色の理念を持つ企業に渡し、ビジネスで課題を解決してもらう。だから、同じ色のLPさんの巻き込みがあってこそ、思ったことの実現を目指すことができます。そういう意味で鎌倉投信さんのやり方はとても魅力的です。かつて投資を受けた側が投資家に回りたくなるファンドというのは素晴らしい流れですね。
江口 今はVCやCVCがたくさんありますが、これからは投資家の多様性が必要になります。投資を受ける側が、誰のどのようなお金かを理解したうえで、自分たちにフィットした投資家を選べるようになるといいと思っています。
工藤 まさにその「多様性」が私たちにとってもキーワードになっています。事業の成長のスタイルの違いに言及されていましたが、この辺りの問題意識を掘り下げるとどういう景色が見えていますか?
江口 IPOやM&Aを目的として起業する人はいません。困っている人を助けたい、少しでも社会を良くしたいと思って起業するのです。しかし、外部から株式で資金調達をしたら、イグジットはIPOかM&Aとなります。多様な成長スタイルを選ぶことができなくなるわけです。スタートアップと投資家の間にある想いと目的の非対称性をなくすことが重要だと思っています。私は資金を調達した1000社のち、IPOをしない997社のすべてが持続して社会に価値を提供できると思っています。それには規模や成長スピードばかりを追うのではなく、その存在価値をどう高めていけるかを考えられる人がいないと持続できない。例えば、パタゴニアのような会社は、売上規模ではユニクロの何百分の1ですが、メッセージ性が強く存在価値がある。この「存在価値を高める経営」をスタートアップに広めていきたい。鎌倉投信は68社に投資をするために、いろいろな企業を訪問して経営を学んでいます。そのノウハウをスタートアップに提供して、多様性のある成長スタイルを提供したいと思っています。

加藤 自分たちもほとんど同じ議論を内部でしています。先行投資と急成長でIPOを目指す道にも、足元の営業利益で着実に返済していく銀行借り入れにもフィットしないけれども、この事業は社会には必要だという「第三の道」をどう支えるか。このグラデーションを多様にしていくことが、SIIFの今後の事業の重要な軸になると議論しているので、とても共感しました。イグジットの多様性、投資する側のサステナビリティをどう広げられるかが重要だと思っています。江口さんが描く、現時点で可能なイグジットのシナリオを聞かせてください。
江口 Exit to Community と言うコンセプトがあります。社会的課題に取組むにはある程度の事業規模が必要と考え、鎌倉投信から資金調達を行うわけですが、5年~7年後に鎌倉投信から経営陣、従業員、顧客、取引先、パートナー企業などのCommunityへ株式をバトンタッチする考え方です。Community が株主であれば、同じ目線・目的で、同じ想いを共有しながら経営ができる。一つのモデルとして取組みたい。

投資判断は徹底したヒヤリングから生まれる
加藤 投資判断はどのようなところに着目していますか?
江口 投資をするか、しないのか。我々が決めることではなく、社会が決めるという考えが基本にあります。10年、20年後の社会に必要とされる会社かどうかを知るために、シナリオをつくり、10年、20年後の未来からバックキャストします。加えて、経営者だけでなく従業員や取引先、顧客、地域の方々、株主などにも徹底的にヒアリングをしています。そして、ステークホルダーの想い、期待、願いを理解したうえで、会社の必要性を評価します。これは「結い2101」の投資検討でも基本はまったく同じで、上場会社への投資でも1年以上をかけてリサーチします。自分たちの基準や判断で〇×を決めるのではなく、会社に関わるみなさんがどういう未来を描いているのか、一緒に考えながらその必要性を客観的に評価したいと思います。
工藤 投資候補先の経営者に社員の話を聞きたいといっても社員に会わせるのを渋る方もいませんか?
江口 確かに、断られる場合もありますし、エース級の社員を集められることもあります。しかしそれではその会社の本当の姿を理解できないので、困ってしまいます。
加藤 ファイナンスに付きまとう情報の非対称性という課題に、まずは鎌倉投信側がご自身の考え方や依って立つ情報を開示していくことで、企業側もよりオープンに情報を提供しやすくなる。これは、共に対話の透明性を作り上げていくようなプロセスですね。ただ単に「教えてほしい」といっても出てこない情報はありますよね。
江口 投資先候補の情報を知りたいと思うのに、投資をする側のファンドは情報をオープンにしません。これではフェアではありませんし、同じ目線で、同じ目的で事業を支援することはできません。だからまずは鎌倉投信の透明性をどのように高めていくかを考え続けています。

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インパクト評価にこだわる経営者が増えている
工藤
 インパクト投資の世界では、インパクト測定というものがついて回りますが、資料を拝見するとIRIS+ などのグローバルなインパクト測定ツールも検討されているのを知りました。鎌倉投信さんは独自の世界観があって、標準化された定量指標のようなものに違和感をお持ちなのかと思っていましたが、社会的価値の可視化については今回のファンドではどのように考えていますか?
江口 社会的価値の指標や可視化は、我々よりも、スタートアップのほうが積極的だと感じています。社会を良くするための数字、ファクトを出していきたいという強い意思があって、頼もしいと思いますね。ただ、やっぱり手間暇もかかるので、SIIFさんのような専門家にも入ってもらい、一つの指標でもいいので初期の段階から取っていくことを広げていきたい。
先日会ったアパレルの経営者はB-Corp認証 を取るといって頑張っていて、糸の生産で排出される二酸化炭素の量なども計算し尽くしていました。そうなるともう、「鎌倉投信は数字よりも想いを大切にしていますので」なんて言えないじゃないですか(笑)。なので、一緒にやっていきましょうという感じです。
工藤 なるほど。では、今後はファンドレベルでも投資先のインパクト評価は発信されていきますか?
江口 レポートを出していきたいと思っています。スタートアップが大切にしている数字を出すのももちろんですが、本質的に価値のある数字を追っていく必要はあると思っています。上場企業ではこれまでの財務的な指標に加えて非財務の指標を開示することが求められる。大切なことは、非財務の指標が財務的指標に対してどのような影響を与えるか、相関や因果関係を示すことであり、事業がシンプルなスタートアップのほうが取組みやすいと考えている。
工藤 企業側がインパクト評価に興味を持っているのは嬉しいし、本質的なところですね。
江口 インパクト指標の捉え方は変わりつつあります。経営者のリテラシーが相当上がっている。この2、3年で大きく変わった。こういう指標が経営に必要だという意識は定着しつつあるかなと思います。OKR(Objectives and Key Results:目標と成果指標)に組み込む会社も珍しくないです。
加藤 SIIFとしてもインパクト投資と言い始めて5年が経ち、様々なバックグラウンドを持つ投資家が急速に参入しはじめたという印象があります。インパクト創出を目指す企業に投資しようという気運が出てきたときに、今後のカギになるのが、経営判断にも役立てる実効性のある指標をいかに低コストで取るか。その手法をしっかり確立していく必要があるのではないかと考えています。シード期やアーリー期でも負担にならずに測定できて、インパクト創出の面で経営指標として追いかけていきたい数字が見つけられると、新たな投資家にも自信を持って「よい会社」として勧められる。インパクト指標の取り方はこれからの伸びしろだと感じます。まさに、ご一緒できたらうれしいですね。

江口 POC(Proof of Concept:概念実証)という言葉がよく使われるようになりましたが、POCは他の誰が決めるわけでもなく、自分たちで取得ができたかを判断するものです。サービス・コンセプトが市場に受け入れられるかを判断するときに、仮説実証のプロトコルをどのように設計して有意差を確保するのか。社会的な事業では絶対的に必要なプロセスであり、しっかりとしたPOCを取得しないかぎりは、「社会的にいいことしている」にとどまり、事業として展開ができない。インパクト投資を行う際には社会性を実証するPOCをどのように取得するのかがインキュベーションのポイントになっていくと思います。インパクト投資をコアとして派生する多様な取組みは、これからどんどん広がり、浸透していくと思います。
工藤 面白いですね。私たちはインパクト測定が絶対大事だと考えて5年ぐらいやってきていますが、ちょっと怖いと思うのは、計測の指標の標準化が進んだとき、測れる指標でただ測るという競争が起きて、それで投資家さんが思考停止すること。IMM(インパクト測定・マネジメント)をどういう方向に発展させていくかはすごく大事だと思っています。鎌倉投信さんはいろいろなステークホルダーの話を聞いて、その企業の価値を一面的ではなく捉えている。江口さんの右脳と左脳と感情とロジックをフル回転させて、形に落とし込んでいっている。チェックリストがあって、これにハマればOKということではない世界観ですね。だからこそ投資に時間はかかるかもしれませんが、1度投資したら、お互い情報開示をして長く付き合う。インパクトをきちんと測定して、ふわっと「いいことやっている」ではない。そのバランスは、これからのインパクト投資全体にとってすごく大事なポイントですね。

SIIFにはつねに先端を走って旗を振ってほしい
江口
 私はSIIFの取組み方や方向性に共感しています。やり続けることが大切で、鎌倉投信は10年以上もコツコツとやってきたので何となく分かってきたことがあります。それが創発の莟ファンドの設立につながった。SIIFのやってきたインパクト測定・マネジメントの推進は、5年後10年後にはデファクトスタンダード(事実上の標準)になる。その時に大切なことは、全社の指標を見比べてここは良い、ここは悪いと判断するのではなく、1社1社を丁寧に見るための指標とすること。社会性を示すプロトコルは会社のアプローチによってすべて異なるので、薬を承認するプロセスのように成長プロセスごとに丁寧な評価を投資家がしていかないといけない。
加藤 インパクトの可視化や定量化を重視しようとすると、単に投資先を比べるためにやっているのかという問いが出てきます。市場での取引のためには共通の指標で比較できるようにすることは必要ですが、一方で、一つ一つの投資先が生み出す独自の価値をインパクト測定で見いだすこともできます。お金以外の価値を生み出していることを、投資家が投資先とともに証明していくことは、未上場・非上場株の株主として緊密に関われるからこそできることです。上場を目指す道をたどっていても、独自の社会的な価値を早期から可視化、定量化していくことで、上場株やクロスオーバーの投資家にも評価されるという繋がりが出ていくといいと思っています。データにより比較可能にすることは意義のあることですが、そのためだけに指標化するのではないということは意識していきたいと思っています。

加藤 我々は今、インパクト投資が黎明期から成長期に入るこのタイミングでやるべきことは何だろうかと考えています。SIIFだからこそできることは何だと思われますか?
江口 私の立場から期待するのは、つねに先端を走ってほしいということです。新しい投資のコンセプトやインパクトに関する数字を取ることの意味合い、数字の取り方を含めてSIIFには常に先端でいてほしい。特にインパクト投資は日本ではまだ普及し始めたばかりなので、先端で旗を振り続けてほしいという思いがあります。
工藤 ありがとうございます。今、私自身SIIFの役割について再考していたところでもあり、創業から4年間、SIIFはいろいろな機能を果たそうとしてきましたが、「先駆者」としての立ち位置は大事だなと考えています。財団というバックグラウンド的にも「失敗できる強み」があります。だから、先駆的な気持ちは失わないでいたいですね。
江口 鎌倉投信のコンセプトも先端をいかなくてはいけないと思っています。時代が追い付いてもどんどん先にいくのが役割。それが社会を良くしていく取り組みになればいいと思っています。SIIFさんとも一体になって、社会的な課題を解決する企業にとって必要な存在になっていきたいですね。
工藤 これからも是非連携させて下さい!

<鎌倉投信【創発の莟(つぼみ)】ファンド概要>   
ファンド概要
・ファンド名称:創発の莟1号投資事業有限責任組合(特定投資家向け私募)
・ファンド運用者:鎌倉投信株式会社、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社
・設立日:2021年3月31日
・ファンド規模:最大25億円

投資方針・対象
・投資哲学・理念:これからの社会を創発するスタートアップに投資し、相互作用によって単純な総和にとどまらない新しい秩序や構造変化を生み出す可能性のある事業を育成・支援する。
・投資対象・テーマ・セクター:人・共生・匠の分野、事業領域。プラットフォーム構築を基本戦略とする、ビジネスエコシステム(相互作用によって新たな循環が生まれる事業)の形成に取組む事業モデル。日本国内に所在する非上場の株式会社(NPO・財団等は対象外となります)
・投資対象ステージ:シード・アーリーからレイターまで全ステージを対象
・投資金額:1社あたり3千万円から2億円程度

③ 投資・支援手法:
・投資手法:普通株式・優先株式・新株予約権付社債等、取得請求権付き株式
・投資回収手法:持続的成長性を優先的に考え、必ずしもIPOを投資目的とせず、経営陣や会社による株式の買戻し、従業員や取引先、顧客等への譲渡(Exit to community)、事業会社との連携(M&A)、海外を含む機関投資家への譲渡等、多様な選択肢を提供
・非財務支援:出資者(LP)とともに知恵と技術を持ち寄り、投資先の事業特性に合った多彩な成長機会を提案


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