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FACES  ~「変な声」と揶揄された男がナレーションの話を貰うまで~

皆様お世話になっております、シグマでございます。本日はいつもと違うテイストのnoteを投稿しようかなと思います。
最近Xで投稿しましたが、ナレーションの依頼を頂きました。本当に嬉しいことです。また、色んな方々から「ええ声」と褒められます、自分としては本当に泣きそうになるぐらい嬉しい一言なんですよね。その度に「自分の声が昔コンプレックスだったから嬉しい」という話をするんですけど、「信じられない」と「そいつらセンスない」と返ってきます。でも本当に今だから話せますけど自分の声が大嫌いでした。
ということで、本日はなぜ自分の声が嫌いだったのかちょっとした過去話を。
タイトルにあるFACES これは某テレビ局の番組名から取りました、まぁパクリですw(開き直り)💦 それのキャッチコピーが「いじめを越えて」。
この辺りでもう察しがつくかと思いますが、めっちゃ重い話になります。
中にはエグイ話あるので、まぁもし宜しければってレベルで。じゃあなんで書くのかって話ですけど、こんなことあっても生きてりゃ何とかなる・誰かが味方になって必ず助けてくれるということを自身の経験から少しでも誰かに伝わればそれでええかなと思ってです💦

①15年前 すべてはこの一言から始まった

どこから話すってなると15年前の中学生時代です。多感な時期ですね。自分は小5で声変わりしていて、大人になってもこんな感じの声で話すことになるんだなぁと思いながら日々を過ごしていました。両親の声がデカかったのもあってか地声が大きく、音楽の歌の録音で40人ぐらいで一斉に歌っても「シグマの声めっちゃ聴こえるやん」と言われるぐらいデカかったです。声大きいことは良いことだろうと思っていたのであまり気にしてなかったです。ただ、ある日の授業での同級生の一言で状況が変わりました。

「シグマってなんでそんな変な声してんのに堂々と声出せるん?キモ」

・・・は?? 今なんて??突然の一言で面食らいました。すると、「うちもそう思ってた!!」「分かるー!」笑い声と共に聞こえる共感の声。「え、、、俺の声って変なん?」言い返せなくてフリーズ、ドンドン煽る同級生にかばう同級生。 最後は離席してた先生がものすごい剣幕で教室に戻ってきて怒鳴りつけて事なきを得ましたが、これが全ての始まりでした。先生のいない休み時間、友人と話していると遠くから「シグマの気持ち悪い声が聞こえるー!俺の声まで変になるわー!」「声がきもくなるから喋んなー!」「耳が腐る」という罵声。「気にすんな気にすんな」友人はその度に励ましてくれてたけど、僕の耳には全然入ってこなかったです(当時の友人には感謝と申し訳ないの気持ちが半々です)。さらに声だけでなく見た目まで言われるようになり初対面の女の先輩に「あんたが噂のシグマ君?キモイって噂聞いてたけど本当にキモイね。あたしの前に絶対姿を見せないで」と言われた日には完全に精神が壊れました。(何でこんなこと知らん人にまで言われなアカンのや?そんなに俺って化け物みたいな人間なん?)そっから荒れに荒れたし異性も怖くなり、「シグマー次の授業何ー?」と特に僕のことを嫌っていない異性に声かけられても返すどころかトイレに逃げて嘔吐するレベルで異性がトラウマになりました。「生きていくのが辛いよ。〇にたいよ。でも〇ぬのだけは絶対にダメ、やったらいかん。一生これは続かないと信じよう」心はボロッボロで辛うじて耐えてた状態でした。んなことあるわけねーだろと思われてもしょうがないですが、言われた側・された側は大人になっても覚えてますし、それを思い出して未だに震えるときもあります。

②転機 どん底の僕を救ってくれた2人

そんな僕が変わったのは上記の2人の恩師です。1人は高校時代の音楽の先生です。音楽の授業で僕が声を出さないことを最初は僕に厳しく言っていましたが、厳しく言われてもなお声を出さない自分に違和感を覚えたのか、授業終わりに僕を呼び出し「何かあったやろ?今ならだいもおらんけん良かったら話してみんね」と尋ねてこられ思い切って過去の話を打ち明けました。すると、「分かった。おいが何とかする。あとお前が良かったらでよかけん時間あったら声出しの練習してみるや?」と返事が。「考えてみます・・・」とその時は返せませんでした。(何とかするって何も出来んやろ・・・話して良かったんかなぁ)とその時は半信半疑で教室を後にしました。そして翌週、音楽の授業で歌の指導に入る前に先生がこう仰いました。「まず一言。人の声をバカにできるほどお前ら大してよか声しとらんけんな!下を見るな、上を見ろもっと!自分より下の人間ば作って落とすとかみっともなか!」さらに僕を前に呼び出し「うとうてみろ」と。先生を信じて頑張って声を出しました。からかってきた奴らもいて(中高一貫校に通っていたので残念ながらいました)僕をにらむように観てましたが頑張って最後まで歌い切りました。歌い終えてさらに先生から一言、「今の聴いて変な声って言える奴、おるなら前に出てきてうとうてみろ!おらんのか?おらんなら一生お前らは人のことバカにする資格なか!恥を知れ!人前で大きい声ば堂々と出す!こいがよか声っていうやつぞ!シグマに拍手!」しぶしぶの拍手でした。ですが、その授業以降僕の声をからかう人間は徐々にいなくなりました。さらに放課後週1で20分ほど声出しの指導を頂き、その度に「音楽ばやっとるおいが聴いてもよか声しとるけん」と励ましを。卒業まで自信もって喋ることは出来ませんでしたが、最低限のレベルで人前で話せるようになるまで回復しました。

もう1人は大学の教授です。講義でグループワークを行って教育に関するテーマの発表があったんですけど、その教授がグループの発表終わるたびに喋ってた人にかなり踏み込んだ質問や意見をガンガン言ってくるため上手く返答できずに凹んで席に帰っていく姿がチラホラ。自分のグループは皆が発表したくない~と譲り合っててキリがなかったためやむなく僕が喋るよと自主申告💦 まぁ頑張って発表して数分我慢して玉砕されてくっかぐらいのスタンスで発表へ。発表後、身構える僕に対して教授は開口一番、

「君めっちゃ良い声やね、よく言われるでしょ?」

・・・はい??え??質問・意見は?あまりにも予想外の言葉に困惑。「皆もそう思わない?」とみんなに投げかけほとんどがうなづく。(嘘でしょ!?)と。まぁその後発表に対する質問・意見のオンパレードでKOされたんですけどw ただ講義終了後も教授から「いや本当良い声だったよ。言われない?」と言われまして過去をありのまま。すると、「嘘でしょ!?そんなこと言われたの!?信じられない!ドンドン声武器にして自信持ちなさい!先生で声が良いのは強みよ!」と驚きの声と共に激励が・・・もうねぇ・・・こんなこと言われたら泣くって。
講義室出てから家に帰るまで涙こらえるので必死でしたよ。頑張ってきてよかったなって・・・。それから喋ることに対する恐怖心や緊張が大きく減って人と喋ることをまた好きになることが出来ました。このお2人には本当に感謝しかないです。

③現在 ~過去を通じて今思うこと~

今でこそ職場を始め、気まぐれに配信活動や雀魂私設リーグなどを通じてVCなどでたくさんの人と交流できていますがあのままだったら今の自分は絶対なかったなと、何だったら配信活動もやってなかったと思います。配信活動は興味を持ったというよりも、教授に褒められたことがきっかけで一人事で良いから大きい声で喋る・話すことに慣れる環境を作りたいということから始めたものでした。そこから別に定期的にやるわけでもなく気がついたら8年。今でも自分の声には自信がないです。話す人みんなに「いい声だなぁ、俺もこんな声になりたい」という気持ちを抱くこと多々ありです。そんな僕の声を褒めてくださる方がいらっしゃる、驚きと嬉しさが入り混じってます。オンライン活動で初めて声を褒められたのは第一期Σリーグの牧野伸彦プロの凸待ち配信でした。いやー嬉しかったですよ。「ほんの少しだけ声に自信もっていいかな?」ってなりましたし。辛かった過去があるから褒められることが本当に嬉しくて嬉しくて(´;ω;`)
過去が原因でどうしても謙遜が抜けないということだけ知っていただければと思いまして💦 ただ当の本人は物凄い喜んでおりますので💦 

さて、過去の経験を通じて思うことは、本当に周りに助けられてるなと。今回ナレーションの依頼を頂いた時に「15年で、こんな変われるんやなぁ。」と物思いにふけり今回noteに自身の過去を書かせていただきました。重い話も度々あり申し訳ありません。でも、応援してくださってる皆さんのおかげで僕は今もこうして生きております。自分が褒められて助けられたので今度は僕の番ですね。交流する人や生徒のことを知って、出来る限りその人たちのいい所を多く見つけて褒めることが出来るように頑張っていきたいです
こんな僕で良かったらこれからも仲良くしてください。 以上。

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