夜窓の井戸穴


昼間、部屋で寝っころがって窓を見あげると空が見える。夜間、部屋の蛍光灯をつけて同じように窓を見あげても空は見えないことがある。夜だから見えないのではない。窓に近づいてみれば夜空は見える。

これは夜景の灯を捨象できるような視角で窓を見上げるということが必要条件であることは言うまでもない。

最初は夜空だろうと思い込むのだが、本当は黒い闇の遮蔽によって夜空の星さえ見ることはできない。例えば、底が見えない井戸の中の暗闇を覗きこんでいる感じ。底無しの四角い井戸みたいだ。

しばらくその暗闇のようなものを眺めているとなにか揺らぎのようなものが見えるというか感じられたりするが、窓に近づいてゆき街の灯が視界に入ると同時に夜空が見えてくる。室内光が支配するところまで窓から離れれば再び暗闇によって夜空は遮られる。夜空は大地の暗さや街並みの灯りによって、はじめて夜空たり得るのだろう。

当たり前のことだが、私たちの眼は物しか見ることができない。つまり何もない空間の任意の地点を見ることはできない。世界は圧倒的な空間が広がっているが、そこに物質的なものがなければホワイトアウトと同じ状態になるだろう。

不思議なことに、この黒い空間を眺めていると、ものであるはずはないのに、対象として見えているような錯覚を覚える。つまり何もない空間を対象として直接眺めているような感じがするということだ。

山中にて真っ暗闇の中を歩いた経験があるのだが、闇が直接眼球の表面に触れているかのような感触を不思議に思ったことがある。ものが見えなくなれば、ものによって後退していた空間そのものが対象化するということなのだろうか。

私たちにとっての夜空は星の光がまたたき、それは大気の透明性によって、真っ黒い宇宙が透けて見えていることを告げている。宇宙は漆黒の空間であり、夜になるとその闇が地上まで降りてくる。夜の暗さは宇宙の暗さに他ならない。

逆に昼間の空は圧倒的な光が大気によって拡散され、それが漆黒の宇宙を遮断することによって青空や雲が見える。空の明るさの背後には漆黒の宇宙の暗さがある。そしてそれらが私たちをして透明な大気層の厚みを感じせしめる。

このように感じられる大気層の厚みと、前述の夜の窓に見えるこの黒い井戸のような空間は、なんか似ているというか、同じもののような気がする。

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