見出し画像

『海のまちに暮らす』 その1 大学を休学する、東京を離れる



 細かな順番は忘れてしまったが、大学を休学することを決めたのは二〇二一年の秋口だった。その頃は上野にある学生共同のアトリエとアルバイト先である池袋の美術予備校へ通うために豊島区の端のワンルームで暮らしていた。ほとんど眠るために帰っていくような場所だったから、そのアパートについて書くべきことは少ない。覚えているのは部屋へ入るために狭い階段を三階まで上がらなくてはならなかったことと、周りを下町らしい住宅の群れに囲まれた比較的閑静なエリアだったことだ。

 とにかく一度そこを離れることにした。その町が退屈だったわけではない。東京が嫌になったわけでもない。ただ純粋にそのように決めてしまったのだ。これは自分の癖のようなものだと思うが、自分の中で何か新しいことを決定して動き出そうとする時、明確な動機や目的らしきものが見つからないことがままある。どうしてそれをやっているのか、他人にうまく説明することができない。身体の動作と進行中の出来事だけがそこにあり、それらが互いに関係を持ちながら過ぎていく時間の流れにただ身を置いている。そうすることで初めて自分が何をやりたかったのか、考えることができるような気がするのだ。とはいえ大学の休学に費用がかからなかったこと、所属研究室の教授から町の名前を聞いていたことは、結果として真鶴へ自分が強く惹きつけられる要因となった。

 年が明けると大学を離れ、西武沿線のアパートを出た。最寄だった小さな駅舎のそばには日当たりの良い神社が佇み、僕はそこで赤茶色の毛を持つ片目のない猫の姿を探したが、石段ではまだ掃かれていない枯れ葉が春先の日差しを受けているだけだった。


 真鶴というのは半島の名前で、地理でいうと神奈川県の南西から相模湾へ突き出した小さなでっぱりのことを指す。東京から向かえば小田原の先、JR東海道線で二時間の距離だ。湯河原、箱根、熱海といった名のあるリゾート地に挟まれながらも、バブル景気の激しい開発を逃れ、庶民的な趣をたたえた人口六〇〇〇人あまりの静かな港町である。

 家探しには少々時間がかかったが、湯河原の不動産会社の紹介でいくつかの家をまわり、最終的には湯河原と真鶴の町境にあたる高台の土地に平屋をみつけた。キッチンスペースを除いて六畳間が三部屋、裏手にはみかんの樹々が並んで植えられた風通しの良い場所である。何より、寝室の障子窓を開ければ高架線の奥に真っ青な相模湾が横たわっている。午後のぼんやりとした曇り空を受け止めて、だだっ広い海面に光の粉を浮かべながら町を外側から包み込んでいる水のたまりだ。生活の領域にいながら、その視界に水平線が引かれているというのは不思議な感じがした。不思議で新しく、突然に開かれた奇妙な心地よさがあった。

 家賃は六万五千円とのことで、それまで暮らしていた都内のワンルームアパートと数百円も変わらなかった(そのかわり部屋の広さは四倍になった)。しばらくは家賃を含めた毎月の生活費をどのように集めるのか、ということが自分の関心事になりそうだった。大学へ通いながら東京で暮らしていた頃は、美術予備校でアルバイトをしながら依頼されたイラストレーションや執筆の仕事を受け、奨学金ももらっていた。それらを組み合わせて生活費と制作費に充てていため手元にほとんどお金は残らなかったが、空いた時間で本を読んだり、下町の住宅地を歩き回ったりしていた。


 生活に必要な寝具やテーブル、椅子、冷蔵庫、洗濯機、食器などを新しい家へ運び込み、慌ただしい移動が落ち着くと玄関を出て駅前から南東に伸びる長い下り坂を時間をかけて降りていった。民家の隙間に根を生やすヤマモモの枝葉が、両脇の外壁を押し返すようにしてあふれ、砂利の上に黒い影を落としている。次第に空が広くなる。何隻かの使われていないボートが、石塀の上に乗り上げた形で固定されたまま、乾いた風を受けている。目線の先には群青色の波打ち際が弧を描くように海岸線を切り裂いて、白い波を飲み込んでいる。

 はじめて降り立つその砂浜は岩海岸という場所だった。人影はなく、少し小高くなった石の隙間から菜の花が湧き出していた。そのまま海岸線を奥のほうへ歩いていくと砂浜が途切れ、足元は次第にごつごつとした大小の石に変わるのだった。色形もさまざまな石たち。すぐそばで砕かれた波が宙を舞い、澄んだ海水が足元の隙間へ流れ込んでくる。

 ここにある石や岩盤は、はるか昔にここへやってきたものなのだという。およそ十五万年前の箱根外輪山の噴火により溶岩があふれ、その流れが半島を覆い、冷えて固まることでこの地形を残した。溶岩流の生み出した豊かな起伏はそのまま町の急峻な坂道となり、人々はその高低に沿うように家を建て、森を守り、生活を続けてきたのだと話に聞いた。長い大地の記憶の上に佇む町なのである。

 石の隙間に両足を刺すように立つと、まるで自分の身体が以前からそこに根を生やしている一本の樹木のように感じられて、その姿勢のまましばらく沖を横切る小舟の姿を目で追っていた。小舟は遠くの海上をただ光の一点としてちらちらと、波間に何かを撒き散らすように進んでいて、あまりに距離が遠いので本当に小舟なのか判然とせず、チーズケーキか犬小屋か石か、正体のよくわからないものが白く燃えながら漂っているようにもみえた。

 たった今、海上の小舟から自分の姿を認めたとしたら、それは実際粒のような樹木の一株に思えるだろうと想像して、両足を引き抜いて元来た道を引き返した。海風に背を膨らませながら、自分の暮らしはいっこうに根付かない植物の気まぐれか、波にさらわれて漂う小舟のようだと思うのだった。


つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?