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なぜ締め切りを守れないライターには良い文章を書く人が多いのか?

締め切りがあるから原稿を書く

 締め切りを1ヶ月過ぎた原稿がまだ上がってきていません。
 何度も催促して、ようやくライターから「書けたも同然です。今日中には」という連絡がきたのは3日前。さすがに催促の文言も言い訳の引き出しもお互い尽きてきた感があります。

 締め切りを設定して、原稿を上げてもらうのは編集者の大事な仕事ですが、これがなかなか悩ましい。
 締め切りを破るライターには、良い文章を書く人が多いからです。
(あくまで私の経験上ですが)

 真っ先に思い出すのは名コラムニストだった小田嶋隆さんです。

 小田嶋さんは「引きこもりの浦和サポ」を自認するほどのサッカー好きでした。サッカー雑誌の連載をお願いしていた頃があったのですが、締め切りを守ったことは一度もありませんでした。発売日に間に合うぎりぎりのタイミングで原稿が上ってくることが恒例になっていて、いつも綱渡りでした。

 それでも小田嶋さんが原稿を落とす(原稿が間に合わず掲載できないことを「落とす」と言う)ことはほとんどありませんでした。
 そして、たまにメールの返事もない、電話にも出ない人がいますが、小田嶋さんは催促の電話に必ず出てくれました。

 翌朝までに原稿が上らないともう間に合わない状況のとき。徹夜で原稿を待ちながら、小田嶋さんのTwitter(当時)をチェックすると30分から1時間おきぐらいにつぶやきまくっている。さすがにやきもきして、つぶやくたびに電話を入れると、

「はははは、そんなに電話してこなくて大丈夫ですよ。Twitterをやっているということはパソコンの前にちゃんといるということですから(つまり仕事をしている)」

 そのときは妙に納得させられて電話を切りましたが、確かにそのあとあまり時間を置かずに原稿は上がってきました。以来、小田嶋さんのTwitterは原稿の進捗具合をはかるバロメーターになりました。
(締め切り日とかさなる時期に海外へ行く旨を【業務報告】と題してTwitterで投稿したときもありました…)

「9割方書けていたけど、オチが決まらないので最初から書き直している」

 が小田嶋さんの〆切破りの常套句でしたが、そのオチが本当に真骨頂でした。

 芸能人からスポーツ選手、政治家まで、対象の痛いところを突くのが巧みで、皮肉を込めながら軽妙な笑いに昇華していく。大上段に正義を振りかざすのではなく、風刺のきいた文章とはこういうことなのかと毎回うならされました。とにかく全体の構成から細部にまで神経が行き届いていて、時間がかかるのも納得できるものでした。

 とにかく文章もキャラクターも魅力的な人でした。打ち合わせのときはいつもニコニコしていて、あらゆる話題を知性とユーモアで包み込む。

「締め切りがあるから原稿を書くんですよ」

 そこに山があるからのクライマーよろしく、珍しく真顔で言っていましたが、よくよく考えたら自慢げに語ることではない気がします。でも案外真理なのかもしれません。

 そもそも、締め切りを守れないのか、守るつもりがないのか。この違いは大きい。小田嶋さんは前者だったからこそ多くの編集者に愛されたのではないかと思います。

 後者の例で思い出す強烈な人もいます。

 自分が新人編集者だった頃、名のあるベテランライターとの打ち合わせで原稿の締め切りを伝えたら「本当の締め切りは?」と聞かれたことがありました。「いや、これが本当の締め切りです」と答えたら、「君、ダメだよ! 本当の締め切りを伝えたら。原稿は締め切りを過ぎてから書くんだから」と怒られました。要はサバを読むのが業界の慣例ということを伝えたかったらしいのですが、少なくとも説教される道理はないよなと思っていました。

 この人は原稿をよく落とすことで有名でした。それでも仕事が絶えている様子がなかったのは、待たせる価値があるものを書き続けていたからかもしれません。

 原稿を書くのは大変にしんどい作業なので、締め切りがないと書かない人がいるのは当然です。そして、繰り返しになりますが、そういう人の文章に限って魅力的なことが多いような気がします。
 禅問答のようですが、締め切りがないと書かない書き手に原稿を書いてもらうために締め切りがある。現にこの原稿も締め切りがあるから書いていて、面倒くさがりな自分はそうしないと書かないと思います。

 若い人ならまだしも、書きたい衝動で書いている人がどれだけいるのか。意外に少ないのではないかと思います。

 期日を決めると目標の達成率が上がると何かの本で読みましたが、そういう意味でも締め切りは重要で編集者は簡単に諦めてはいけないということかもしれません。自分自身が強烈に読みたい原稿を読者に届けるためには。

 小田嶋さんは2年ほど前に亡くなりました。締め切り地獄から解放されて今頃何を思っているのか。締め切りがないことを寂しがっていて欲しいなと思います。

文/アワジマン
迷える編集者。淡路島生まれ。陸(おか)サーファー歴23年のベテラン。

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