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鬼は内に…(短編小説;1,900文字)

「そろそろ帰った方がいいんじゃないか? ── 今日は節分だろ?」
 職場の懇親会が終わり、同期の福山を2次会に誘ったらこうだ。
「節分? ……豆撒きのこと言ってんの? やらないよ、そんなの……ほら、賃貸マンションだし、豆が部屋に散らばって、子供が口にいれたら不潔だって女房が言うし……」
「そうか。いや、ウチは一応オレが鬼の役で9時に登場することになってるから……悪いな、これで」

「……ったく、節分の豆まきなんて、今どきアナクロだろ?」
 初めて入った、カウンターだけのバーだった ── 40代に入ったぐらいのママがひとりでやっている。
「そうでもないんじゃない」女は酒を用意しながら言う。
「ほら、この国って、季節イベントはずっと輸入超過じゃない?」
 ハイボールから顔を上げると、今夜最初の客 ── つまり俺が ── 来るまで相当っていたのか、顔が赤い。
「え、輸入超過? どういうこと?」
「だってそうじゃない。クリスマスパーティーにバレンタインデー、ハロウィーンの仮装にtrick-or-treat、ぜーんぶ欧米からの輸入品ばかりじゃないの!」
「……あ、そりゃそうだ」
「はい、どうぞ」
「これ、煎り豆じゃないか」
「そりゃそうよ、節分なんだから」
「やれやれ、煎り豆で酒を飲むとはね……」
「でもね、節分に豆撒くってのはほぼ国産よ。平安時代からだっていうじゃない。このイベント、海外に輸出して世界に広めるべきじゃないかしら」
「うーん、そんなの、流行るかねえ……」
 女はカウンターに手を伸ばし、俺の指に触れてきた。
「流行るわよ。どこの国でもどこの文化でも、『邪気を払う』ってニーズ、あるんじゃない?」
 言いながら、グラスを持つ俺の指を1本ずつ外し、自分の手のひらに重ねようとする。
 カウンター越しに女の顔を見れば、整ってはいるが、なんだか違和感がある。顔が赤いだけじゃなく、唇の端に八重歯がのぞいている。いや、それだけでは……。
「ママ、頭に何か付けてる?」
 髪は軽くパーマがかかっていたが、頭の上に二か所、何かのぞいている。
「あ、これ? 今気付いた?」
「ちょっと触らせてよ」
 立ち上がって手を伸ばす。
「何、これ?」
 それは、3センチほどの突起だった。
「何って、つのに決まってるじゃない」
「え、でも、なんだかぶよぶよしてたよ」
「生えて間もないから、まだ柔らかいの」
「……へえ」
 薄暗い照明の下でははっきりしないが、黄色っぽい色だった。
「いいね、これ」
 それは、熟れて柔らかくなったトマトのような触感だった。
「あ、だめ、そこ、感じやすいの……」
 指先でゆっくりこすると、ママは体をよじらせ、あえぎだした。
「だめだってば、そんな風にしたら……もう……我慢できなくなっちゃう……」
「あれ、なんだか少しずつ大きくなってる!」
「……進化の途中なのよ」
「え、進化? いや、俺もさするだけじゃあ我慢できなくなっちゃったよ」
 カウンター越しにママの『角』に口づけをした。
(……『節分』に『接吻』か?)
 ママの反応にも次第に気持ちがたかぶり、いつか『角』を交互にしゃぶっていた。
「ああ……はあ、はあ……だめ、だめだって……」
 『角』はさらに大きさが増し、硬くなってきたように思えた。
「……いいわ、でも、ちょっと待って、ほかのお客さんが来ないように、お店の看板、中に入れてきてよ」
「よし、わかった」
 入る時は店の名なんて意識しなかったが、赤いスタンド看板に『鬼は内』とあった。
 看板を店に入れ、内側から鍵をかけた。
 女は紫色のドレスを脱ごうとしていた。
「これ、虎皮だから、ゴワゴワするの……特にチクビにあたって……」
 ドレスの下には黄色の下着が見えた。

 ── その時だった。

「おい、あけろ、どうした!」
 轟音と共にバーのドアが連打された。
「あ、いけない! ウチのダンナだ!」
 ママはあわてて脱ぎかけたドレスをまとう。
「え? ダンナって?」
 と尋ねる間もなく、バーのドアに、何か重々しい物体が打ち付けられ始めた。
「今夜は忙しいって言ってたのに!」
「え? ええええ? ここ、裏口か何かないの?」
 ママは悲しそうに首を振った ── 赤かったその顔は、今やあおみがかっている。
 強烈な破壊音と共にドアに大きな亀裂が入った。
 俺は店の中を目で探した ── 何か武器はないか?

 ドアにはさらなる打撃が加わり、顔大の穴があいた。
 穴からは巨大な棍棒の先が見えた ── びょうのような突起物が付いている。

 俺は気が遠くなりそうな意識の中で、カウンターの小皿に盛られた煎り豆をつかんだ。

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