見出し画像

すぐそこにある《前世》 (SS;1,800文字)

そこのあなた、ほら、男の子を連れてるお母さん、あなたですよ。ちょっといらっしゃい、占ってあげます。いや、お代は結構です。ちょっと、顔相が気になったものだから……。

「お母さん、面白そうだから、占ってもらおうよ」

あなた、何か悩み事はない? 特に無い? それは問題ね。悩みがないってことがおかしいわ。やっぱり思った通り、……ほら、心配ごとあるでしょ? いいのよ、秘密は守るから、何でも私に話してみて。気持ちが軽くなるはずだから。
……わかった! あなたを悩ませてるのは、お子さんの教育のことね?
びっくりした? なぜ当たったかって? ……わかるわよ。詳しく話して!
息子さんが……やたら理屈っぽくって将来が心配? 担任の先生も心配してる? ……はいはい、わかってるわよ、ぜーんぶ。……この子でしょ?
ユウタくんっていうの? ちょっとこの水晶玉を見てごらんなさい?

「水晶玉って、これ? この丸いガラス玉?」

ガラス玉じゃないわ。水晶玉よ。

「でも、オバサン、本物の水晶なら光の入る方向によって屈折率が違うはずなんだけどな……これは……」

チッ、いいのよ……これはね、特別の水晶なの。それからね、オバサンじゃなくて、お姉さん、と呼んでね。……とにかく、玉に顔を近づけてごらんなさい……あ、見えてきた! ユウタくんの《前世》 ── 《前世》ってのはね、ユウタくんがお母さんから生まれる前、何だったかってことなんだけど……。

「ボク、生まれる前に何だったか知ってるよ! 図書館で性教育の本を読んだんだ! お父さんから出てきた……」

その説明はいいわ、お姉さんも知ってるから。それよりさらにずっと前のことなの……見えてきた、きた、……これはこれは、ユウタくんの《前世》は学校の先生だったみたい……だから物知りなのね……あ、でも、たいへん! 何か学校で事件が起きたみたい! ……それで、その先生、命を落としたようね。……たぶん、悪い《霊》が憑いていたんだわ……。
お母さん、どうやら、息子さんに生まれかわった後も、《前世》で取り憑いていた《霊》が、まだつきまとっているようね。

「オバ……お姉さん、すごいね、よくわかったね、ボクに《霊》が取り憑いてるってこと!」

ええ、この水晶玉を通してユウタくんの姿を見たら、背後に、蒼い顔をした学校の先生と、何か黒いぼんやりした影が見えるもの。……お姉さんはね、厳しい修行を積んだから、普通の人には見えない、《前世》の姿や、《前世》で取り憑いていた《霊》も見ることができるのよ。
お母さん、ここまではお代金はいただきません。でも、このままだと、息子さんは、《前世》の先生と同じように、《霊》から逃げることはできないかもしれません。
幸い、私は除霊師の資格 ── 《霊》を鎮め、息子さんから穏やかに離れてもらう能力を持っています。そのためには……。

「ちょっと、お姉さん、この、ニセ水晶玉を通してお姉さんを見たら、お姉さんの後ろにも何か見えるよ。お姉さんの《前世》かな?」

《前世》? そんなの、あるはず……あ、いや、へえ、ユウタくんにも見えるの? 何が見える?

「後ろに見えるの、やっぱりお姉さんだ! ……でも、今より若くて、お化粧して、なんだかすごーく短いドレス着て、何か飲んでる! その隣は……これが《霊》かな? ……隣に座ったオジサンがお姉さんのカラダに抱きついてる!」

何言い出すのよ、ユウタくん、オトナをからかっちゃダメでしょ! 怒るよ!

「あ、お姉さんが前世で着てた服、ボク、知ってるよ! 3年前まで駅前にあったキャバクラのお姉さんたちが、お客さんを外に送って出る時に着てたヤツだ! お母さん! お姉さん、《前世》はキャバクラに勤めてたんだ! 《霊》にモテモテだったみたいだね! 3年前にあの店が潰れた後、占い師に生まれ変わったんだ? すごいね!」

な……何それ? 知らないわよ!

「あ!」

な、何? まだ何かあるの?

「お姉さんに抱きついてる《霊》! お母さん、お父さんに似てるよ! ……そういえば、ボクが小学校に入った頃、お父さん、帰りが遅い日が多かったよね? 仕事でお客さんを接待してるって、酔っぱらって帰って来てたけど、ホントは《霊》をやってたんだ! お姉さんの《前世》に取り憑いてたんだ!」

……!

「……あ、お母さん、どうしたの? 帰っちゃうの? お姉さんに、除霊……してもらわなくていいの?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?