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ひ 「広島風お好み焼き」


岡山に住んでいた中高生時代、倉敷駅の駅前商店街の、ほっそい裏路地を入ったところにある「ふるいち」というお好み焼き屋が好きだった。部活の帰りに友達に誘われたのが最初だったと思うが、それからいろんな人とそこに連れだって行くようになった。当時、たしか350円で広島風お好み焼きが食べられた。かなりボリュームがあって、財布に余裕があるときは50円追加してモチを入れたりしていた。たしか「部活帰りに昼飯食べる」と母親に申告すると、たいてい五百円玉を渡されたので、それでもおつりが来る価格で腹が膨れるあの店は「圧倒的正義」だった。当時まだギリギリ缶ジュースは100円で売られていて、500ミリのコカコーラとか三ツ矢サイダーを食後に腹に入れれば、15歳男子のブラックホール胃袋はやっとおとなしくなってくれた。

それだけでなく『ふるいち』は美味かったのだ。岡山県って広島と大阪に挟まれているから、文化はその折衷という感じで、たとえば野球のチームだと、半分が広島ファン、半分が阪神ファン、1割が巨人ファン(あ、合計が10割超えた)だった。1割の巨人ファンというのは昭和の「あるある」で、日本テレビで平日毎日テレビ放送があるから、地元の球団があっても、巨人に心を持って行かれる「岩盤支持層」が全国にいたのだ。ちなにみ僕は広島ファンだった。父親の会社の福利厚生で年に一回、岡山市民球場とかでやる広島戦のチケットがもらえて、僕も生で小早川や津田や大野を見たのが理由だ。今考えれば父は水島コンビナートで石油の仕事をしていたから、同じ中国圏の雄・マツダ自動車(カープのスポンサー企業)と付き合いがないわけはなく、そういった事情でチケットが会社に出回ったのだろう。

そんな岡山ではお好み焼き屋も、半分が広島風、半分が大阪風だった。

広島風と大阪風では、実はほぼまったく違う食べものと呼んでも差し支えないぐらい方向性が違う。一応キャベツ、卵、小麦粉、豚肉、ソース、という材料を鉄板で焼くというレギュレーションは同じなのだけど、「規定演技」としての両者の違いは目を見張る。マヂカルラブリーの漫才と銀シャリの漫才ほど違う。本州のそばと沖縄のそば(ソーキそば)ほど違う。広島風を一度も食べたことのない人のために説明すると、簡単にいえば、広島風はまず「クレープ」を作る。そのうえに、鰹節をちょっとかけて、さらにもやしと大量のキャベツを載せる。鉄板で豚肉を焼いてさらに載せる。目玉焼きを作る。そこに隣にできたクレープが土台の「山」を上からひっくり返す。これが広島風お好み焼きだ。ソースも広島風の方がドロッとしていて甘い。あと、焼きそば入れることも多い。健康に良いのは明らかに広島風で、炭水化物の量が全然違う。「ほぼキャベツ」だから。世の中に数ある料理のなかでも、キャベツの甘みという魅力をあれほど引き出せている料理は広島風お好み焼きがトップではなかろうか。一度ご賞味いただきたい。

ちなみに昨年秋に僕は倉敷を訪れたとき、「もうなくなってるだろうな」と思いながら、『ふるいち』を探した。あった。お好み焼きは580円だった。30年ぶりに食べた。同じ味だった。感動で泣きそうになった。


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