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「馬毛島」をめぐる市長と市民の苦悶――軍事基地建設で揺れる鹿児島県西之表市で《後編》

 鹿児島県・馬毛島の基地建設問題が争点になった2021年1月の同県西之表市長選挙は、基地は「失うものが大きい」として不同意を掲げた八板俊輔市長が再選を果した。しかし、わずか144票差という「薄氷の勝利」。同日の市議会議員選挙は賛否両派が拮抗する結果となる。決して盤石ではない2期目の八板市長の足元を見透かすように、その意向にお構いなく、防衛省は次々に手を繰り出し、市長を追いつめていく。

1、難しい市政運営

 再選後、八板氏は、市長選で民意が示されたとして防衛省に対し、海上ボーリング調査の中止と環境影響評価(アセスメント)を行わないことなどを文書で求めたが、同省はアセスの手続きに着手。八板市長は「地元の理解を得られていない中で計画を進めるべきではない」と批判する。4月には市長が防衛省を訪問し、反対の立場を伝え、記者団に「市民の疑問に答えていない。市民に寄り添う形で一度立ち止まってほしい」と語った。

 市長の反対を横目に、防衛省は5月、米軍FCLPが周囲に及ぼす騒音を測定するため、自衛隊機を使った「デモ飛行」を馬毛島上空で実施。騒音の激しい「タッチアンドゴー」は行わず、機種も違うため、市民からは実態は分からないとの疑問の声が上がり、市長も判断できないと述べる。

 そうした中、市議会6月定例会の最終本会議で、基地推進派が提出した馬毛島基地の「整備・運用を早期に求める意見書」案が賛成多数で可決される。政府側に早急な基地整備を促す内容だ。反対派の議員から出ている議長は議決権がないため、議会での賛否の構成は、基地反対を掲げる市長の立場とはねじれた形になる。反対の議員から提出された意見書案は否決された。

 12月には「米軍再編交付金」について、防衛省が西之表市などに説明した。再編交付金とは、在日米軍関連の再配置や機能移転のための基地整備などを推し進めるための「特別措置法」に基づき、受け入れる自治体に交付される予算。進捗状況に応じて配分されるので、自治体に対する「アメとムチ」にたとえられる。防衛省側は「円滑な実施が見込めない場合、支給できない制度」などと説明し、高圧的な姿勢を露骨に示す。政府が札束で自治体の頬を張る。その「札束」は税金だ。
 
 同省はこの時すでに基地の本体工事に関連するコンクリートプラントの入札を公告しており、八板市長はこうした対応に不快感を示し、「計画の是非を判断する材料がそろっていない」と訴える。
 
 さらに政府は2022年度予算案に馬毛島基地の施設整備費に後年度負担を含む契約ベースで3183億円を計上。地元の意向は眼中にないかのような振る舞いに、市長はいらだちを募らせる。

2021年の市長選で八板俊輔氏の陣営が配ったチラシ(表)


チラシ(裏)
馬毛島基地に対して「基地は『失うものが大きい』」
「最後は、地元の意思が決める」と明記している

 そして2022年1月7日、日米両国の外務・防衛担当閣僚会議「2+2」が開催され、馬毛島基地建設の「決定」を合意してしまう。5日後には防衛省の担当者が西之表市を訪れ、「候補地」から「整備地」になったことを市長に伝達した。環境影響評価(アセスメント)さえまだ終わってないのに、西之表市民の民意を完全に無視した既成事実づくりである。「暴力的」と言っていいだろう。 

 基地推進派からは、市長が反対姿勢を続ければ、交付金から外されかねないとの批判が出てくる。また、隊員の宿舎について、同じ種子島で容認姿勢の中種子、南種子両町に設置する方針が示され、それも市長を追い込む要因になる。過疎化に悩む離島にとって若い自衛官が住民になることは魅力に思えるのだ。

  防衛省側の攻勢をうけながらも、八板市長は市内の様々な団体を招き、計6日間にわたって馬毛島基地建設についての「ヒアリング」を行う。商工会や農協、建設業組合や教育、福祉関係、市民団体も含め、その数は約50団体にのぼった。市が公表した意見の概要は次のようなものだ。

  基地化への不安・不満――
・工事による海洋汚染
・航空機騒音による睡眠の妨害や畜産への影響
・軍事施設への恐怖
・軍用機の事故や基地関係者のトラブル
・テロの標的になるのでは
・島内が分断される懸念
・基地経済への依存体質(自活への思考停止)
・島周辺の漁場の喪失 等 

 基地化への期待・要望――
・交付金による公共サービスの充実
・武道館、市営グランドなど公共施設の新設・改修
・農業や漁業などの産業への助成
・基地関連イベントによる集客
・隊員宿舎設置による人口増
・地場産品の消費拡大
・隊員の地域貢献
・国防・安全保障への貢献 等

  言うまでもないが、西之表市民約1万4000人は反対一色でも、賛成一色でもない。さらに言えば、それぞれの市民一人ひとりの心の内でも賛否いずれにも決め切れない迷いや苦悩がある。市長がそうした市民の思いに向き合い、その声をすくい上げようとしている最中にも、防衛省は基地関連工事の入札を相次いで公告していく。「安全保障」「日米同盟強化」を旗印に掲げ、一方的に島民の思いを重機で押し潰すような防衛省の振る舞いには、シビリアンコントロール(文民統制)もあったものではない。 


2、「特段の配慮」

  22年2月3日、八板市長が防衛省で岸信夫防衛大臣と面会して手渡した文書に、基地反対の市民らは衝撃を受ける。「馬毛島への自衛隊基地整備に関する住民の不安解消を求める要望書」と題するその文書は、日米両政府が馬毛島の基地整備を決定し、問題が「新たな段階」に進んだとして、各団体からの意見聴取の内容を記す。

  その上で、「安全保障については、国の専管事項であり、重要な課題であると認識しています。一方で、離島の自治体である本市としては、市民の声も踏まえると、地元住民が安心して安全な暮らしができるようにすることが大切であると考えますし、住民もそのように望んでいます」として、市と国による協議の場の設置を求める。

  問題になったのは次の部分。

  「地元住民の不安解消や地域振興のため、施設整備に際し、馬毛島が存する西之表市への再編交付金等の交付や隊員の居住等についても、特段の配慮を要望します」

  基地建設を前提にした要望にも受け取れる。新聞各紙は「特段の配慮」を引用し、反対していた市長の「事実上の“黙認”」「歩み寄る姿勢」「姿勢を軟化」「対話姿勢に転換」などと報じた。

  さらに、馬毛島の基地建設関連工事をめぐって、島の東側にある「葉山港」周辺の水深を深くするための浚渫工事に、西之表市が同意していたことが分かる。種子島漁協が市を通じて防衛省に浚渫を要請していたが、工事物資運搬のための水深確保であることは明らかで、それまで市は「不要」という考えだった。7月には鹿児島県が浚渫を許可し、翌月から工事は始まった。 

住民説明会の後、記者団の質問に答える八板俊輔市長=2022年11月20日、西之表市民会館

 7月22日、市長は岸防衛大臣に面会し、「自衛隊馬毛島基地(仮称)の設置に伴う市民の不安と期待に関する確認事項」と題する4ページの文書を手渡す。これまで明らかになった課題や疑問点を整理し、21項目の確認事項を列記したものだ。
 
 例えば、西之表市上空を飛ばない対策を講じること、米軍が馬毛島の常駐することがないようにすること、有事の不安を払拭するため住民避難計画の作成に協力すること、岳之腰の景観、地形、遺構の保存に適切な措置を講じること、地域振興に関わる取り組みに積極的に協力し、交付金について長期的な制度設計を検討すること――。
 
 これらの対応について基地に反対する市民からは疑問の声が高まる。市民有志は「容認を公言したに等しい」と批判し、八板市長に辞任を求める要求書を提出する。
 
 ひとつ言うならば、「確認事項」の文面にも八板市長の「こだわり」とも思える部分があった。次の文だ。
 
「防衛施設とは無縁であった西之表市にとって極めて大きな変化です」
「米軍への提供施設及び自衛隊施設とも無縁であった地域に整備される初めてのケースとなる」
 
 同じ趣旨の文言は20年10月発表の市長の「所見」にも記されているが、まったく基地ではなかったところに、新たに一から基地建設を始めるという事例は、敗戦後の日本では復帰前の沖縄でアメリカ軍が住民から土地を取り上げて強行した「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる基地建設がある。それ以外はなかったことだ。それぐらい重大な国家プロジェクトが民意を押し潰すように進められようとしている。にもかかわらず、国民のほとんどは知らず、国会での論点に上がることさえ少ない。
 
 国民がほとんど無関心のまま、小さな島の市民を対立させ、一人の市長を苦悩に追い込んでいる状態は、国のあり様としてあまりに異常だ。
 
 事態はさらに進む。9月2日、市議会定例会が開会。八板市長は「同意・不同意が言える状況にはない」として態度を明確にはしないものの、「市に求められる行政手続きがあれば適切に対応したい」と述べる。防衛省は、馬毛島にある小中学校跡地の市有地、市街地にある市有地(自衛隊官舎用地)を買い取る方針を市側に伝え、馬毛島にある「市道」については、すでに機能していないとして廃止するよう要求。
 
 そして9日、八板市長は、開会中の市議会に、学校跡地(約8850平方メートル)の国への売却、隊員宿舎を予定する種子島の市有地(約7000平方メートル)売却、馬毛島の市道廃止の3議案を提出する。防衛省の要請を受けての突然の提案だった。市長は「賛否とは関係ない」と説明したものの、基地反対派の市民の不信感を決定的に招く結果に。交付金支給の条件ではないか、との見方も広がる。
 
 9月30日の市議会最終本会議。3議案の採決は、「市政与党」である基地反対の議員が反対し、「野党」であるはずの推進派の議員が賛成するという奇妙な「ねじれ」状態に。反対議員から議長を出しているため、いずれも1票差で可決。反対の議員は八板市長に対する問責決議案を提出するが、こちらは否決される。
 
 市有地の売却案は不当な市有財産の処分に当たるとして、基地建設に反対する市民団体「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」のメンバーらは議会開会中に住民監査請求を行うものの、却下に。また、基地反対の市民有志は、市長の解職請求(リコール)に向けて署名集めを開始する。
 
 11月29日、塩田康一・鹿児島県知事は「県として理解せざるを得ない」と述べ、馬毛島基地計画を容認した。市長への重圧は次第に強まっていく。
 

3、市民と市長の選択

 市民らの話によれば、八板氏は幼いころから優秀と言われ、記者として活躍した後に島に帰ってきて市長選に出た時、かつての級友たちの期待は特に大きかったという。

 2023年1月1日、市長リコール(解職請求)に向けた市民グループの署名活動が1カ月の収集期間を終えた。集まったのは678筆で、必要数の有権者の3分の1に当たる約4100人分には達しなかった。
 
 前回の市長選挙で八板氏に投票したという市内の男性に聞いた。基地には反対だし、攻撃を受ける危険があることも分かっている。だが、基地関連の工事が始まり、島に人が入ってきたおかげで、街で営んでいる店舗が潤っているのも事実という。「八板さんは寝返ったのではない。反対の気持ちは今も変わらないはず。苦しんでいると思う。今、選挙があっても八板さんに入れます」
 
 基地に反対する女性は苦しい胸の内を語る。「心の中では基地は絶対にダメと思う。でも工事の関係で助かっている部分もあるんです」
 
 やはり八板氏に投票した別の男性は、リーダーとしての毅然たる態度を求める。「市長は優し過ぎます。市長にとって市民はだれもがかわいい。だから反対派と賛成派がいがみ合うのがいやなのでしょう。人としては分かるが、決断する立場になったのだから・・・」。


防衛省が馬毛島基地の本体工事に着手した1月12日夜、
首相官邸前でも市民らの抗議行動が行われた=東京都千代田区永田町

 基地反対の市民から見て、八板市長の対応が曖昧で煮え切らないように思えるのは当然だろう。防衛省が民意を省みずに基地建設を進めていく中にあっても、地元の首長が強く「反対」の意思を表明し、そのことを言い続けるならば、国側の動きへの牽制になるし、基地建設を止めたい市民にとって自らの選択の拠り所にできるのは確かだ。昨年からの市側の説明も市民に分かりやすいとは言い難い。 

 ただ、一市長の権限によって国家権力の基地建設をストップできるかといえば、決して簡単ではない。例えば、馬毛島の小中学校の跡地。買収に当たって防衛省は、跡地そのものは基地の用地には使わないと明らかにしている。仮に西之表市が売却を拒んだとする。おそらく、同省は学校跡地には触らずに難なく工事を進めるだろう。その代わりに国の方針に逆らった市には、交付金不支給などの「仕打ち」が待っているかも知れない。むろんそんな不当な抑圧に屈して、政治家が信念を曲げるべきではないが、その結果、市長が基地推進派から突き上げを食らうのみならず、市民の間にさらに険しい軋轢が生じるかも知れない・・・。 


4、土着の思い 

 筆者が新聞社で八板市長の後輩であることは書いた。それゆえ「先輩記者・八板さん」への「ひいき目」に似た気持ちがないとは言わない。それを認めたうえであえて言えば、これまでの八板市長の言動よりも、大都会から遠く離れた離島の民の弱みに付け込み、危機を煽って島ごと掠め取るような国家権力の行為の方に、私は言いようもない憤りを覚える。 

 前述の通り、「馬毛島軍事要塞」は種子島などの離島を防衛するものではないし、沖縄の米軍基地の「負担軽減」ともまったく無関係である。琉球諸島を含む南西諸島全体を対中国の「防壁」に仕立て上げるための「要塞化」計画の一部だ。なによりも深刻な問題は、西之表市民も、国民全体でも、その事が議論の土俵に上がっていないことなのだ。 

種子島の高台より見た馬毛島=2022年11月5日、鹿児島県西之表市

 11月の住民説明会で、八板市長は市民に語りかけた。「私は種子島で生まれ育ち、この島を人に負けないぐらい愛しています。馬毛島もそうであります。この問題が急展開し、重要な局面になっています。私も職責を果たさなければいけない」
 
 そのうえで「私が懸念しておりますのは、迷ったり、判断しかねたりしている方、周りの空気に影響され、プラスやマイナスを自分に引き付けて考えないままに判断される方がいるのではないか。その懸念から、この間、防衛省と直接、市長として交渉する中で材料を引き出し、みなさんに提示しています。御自分の問題として、子孫にしっかり胸を張って、自分はこう考えてこう判断した、ということを言っていただきたい」。
 
 「この説明会は反対派のため、賛成派のためではなく、いろんな考えをお持ちの方が、それぞれの期待や不安を考える。この基地問題を契機に街づくりを考える場でもあります。賛成の方、反対の方、何を欲して何を避けようとしているのかを互いに知ることが正しい着地に至ることになる。それがなかなか伝わらないのは、私の力不足かなと思います」
 
 この言葉をどう評価すべきか。同胞に向けた切なる問いかけ、あるいはタテマエ・・・。

 島民ではない私にそれを断ずる資格はないだろう。一つ言えるのは、八板市長が、基地計画がもたらす故郷の軋轢と分断を心底憂い、今のこの難題をむしろ島の人々の結束につなげられたら、と切願していることは感じられる。
 
 私が知っていた八板さんは一人の「記者」だった。しかし島で再会した彼は、これまで見たことのない「土着の島人」であった。
 
 西之表市民と八板市長が何をどう判断し、どのような選択するのか。それによって国家の計画を変え得るのか、何も変わらないのか。われわれ国民がその問題を島の人々に押し付け、高みの見物を決め込むのは間違っている。日米安保体制は8割もの国民が支持している。沖縄の基地問題もそうだが、国を挙げてともに考えなくてはならない問題にほかならない。議論を怠るなら、日本人はいつまでも「思考停止」のままだ。

=《市長インタビュー》(https://note.com/shunichi_k/n/n2cb59ece12bd)に続く=
 
      川端 俊一(かわばた しゅんいち) ジャーナリスト

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