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エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第12回】哲学を知って、考えるフェア(イカも一緒に!?)

お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。

テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!

第12回のフェアのテーマは「哲学」です。

いか文庫中

いか文庫 ◆ 商品もお店も無いけれど、毎日どこかで開店している「エア本屋」。店主(リアルでも書店員)と、イカ好きなバイトちゃん(ベトナム在住)、ほか3名とで、WEB、テレビなどで活動中。

店主 バイトちゃん。突然ですが、私いま、哲学に興味津々です。

バイトちゃん(以下、ちゃん) なんだか意外です!なにかあったんですか?

店主 哲学をテーマにしたドラマにハマったんです。

ちゃん あっ。この前オススメされた『ここは今から倫理です。』ですね?

ここは今から倫理です。書影

『ここは今から倫理です。』雨瀬シオリ(集英社)

店主 そう!雨瀬シオリさんのマンガを元に作られたドラマで、とある高校の倫理の先生と生徒たちとのお話なんだ。

ちゃん 私も1巻を読んだところです。

店主 勉強があまり得意じゃなくて、周りの人に言われるがまま行動することが一番良いと思っている女子生徒がまず出てくるじゃない?でも、倫理の高柳先生の授業を受け始めたことがきっかけで、「教養」を得ることに興味が湧く。

ちゃん うんうん、この子のこれからが気になっています。

店主 他の生徒たちも、高柳先生から聞く哲学者の言葉から、自分が直面している問題とか、自分がどうやったらより良く生きていけるのか?ってことを考えるようになるんだけど、私も、先生の言葉や姿に触れて、ビビビビ! って電流が走ったような気持ちになってしまって!

ちゃん 私の高校では倫理が必修科目でした。他の科目よりも勉強っぽくなくて私は大好きだったんです。でもこのマンガを読んで、倫理が高校生にとっていかに必要な授業だったのかってことが、今ようやくわかった気がしています。

店主 そうだね。私も受けていたはずなんだけれど、当時は全く理解できなかったんだ。でもこの物語に出会って、哲学ってすごい!考えるってすごく楽しい!ってことを今更知って、哲学に関する本をいくつか読み始めてるの。だから次のフェアは「哲学」をテーマにしてみたいんだけれど、どうかな?

ちゃん 少し難しそうだけど私もやってみたいです!

店主 じゃあこのマンガは並べるとして、隣には『考える教室 大人のための哲学入門』を。まずは哲学者のことを知らなくちゃと思って、一番理解できやすそうなものを選びました。

考える教室書影

『考える教室 大人のための哲学入門』若松英輔(NHK出版)

ちゃん 私ももう一度学び直したい!

店主 批評家の若松英輔さんが、歴代の哲学者、ソクラテス、プラトン、デカルト、ハンナ・アレント、吉本隆明について、それぞれが残した書物と共に紹介していく本です。恥ずかしながら私、全員名前しか知らなくてね……。バイトちゃんは知ってた?

ちゃん ソクラテスとデカルトは勉強したので。表紙に「自分の考えを深めていくために」と書いてあるのが気になります。私はいつも考え方が薄っぺらいなあと我ながら思うので、深めたいなぁ。

店主 哲学者は、自分の身の回りに起きていることに関して、自問自答と発見を繰り返していてね。私も考える方だとは思うんだけれど、繰り返すことはしていなかったんだよね。繰り返し考えることはすごく疲れるけれど、今は、その疲れがむしろ心地いい。

ちゃん 私の娘が通っているベトナムの幼稚園では、自分が興味を持っていることについて皆の前で話す場があるんです。なぜそれに興味があるの?って深掘りされたりしていて。こんな小さい子が何も話せるわけないじゃん!と感じながらも、海外の学校では早くから“深く考える”“伝える”の教育がされているんだなと羨ましくもあります。

店主 それはすごい!!

ちゃん コロナ禍で家にいることが増えた時、色んな人が色んな思想をSNSに吐き出していたのを見て、店主、見るのが辛くなったと言っていましたよね。

店主 そうだったね。でも最近は、色んな考え方があるからこそ、ちゃんと自分で考え抜いてみようって思っていたところ。哲学の本を読みはじめて、さらに背中を押された気持ちだよ。あとね、いか文庫の哲学フェアだったら絶対選ばなきゃいけない本もあるの。バイトちゃん、知ってるんじゃないかな?

ちゃん 『イカの哲学』!いつか読もうと思ってましたが、ついにその時が来ましたね!どんな内容でしたか?

イカの哲学書影

『イカの哲学』波多野一郎 中沢新一(集英社新書)

店主 波多野一郎さんという、特攻隊の生き残りで、その後アメリカに渡って哲学を学んだ学者が残した『イカの哲学』という本を、学者の中沢新一さんが読み解いていくものでした。

ちゃん ふむふむ。

店主 イカ+哲学って一体どういうこと?って思って読み始めたんだけど、これがもう面白くて!波多野さんが、死を覚悟した時のこと、シベリアで過酷な労働を強いられた時のことを、アメリカのイカの加工場でアルバイトしている時に振り返る様子が綴られていてね。

ちゃん 強烈な匂いがしそうな状況で、ものすごく過酷なことを……。

店主 そしてその回想中にイカの姿を見て、世界平和の鍵を見つけ出す……っていう、突拍子もない結論に至るの。

ちゃん ぶっ飛んでる!そこで見つけた鍵がどんなものかすごーく気になります!何もアイデアが浮かばないときはイカを見つめてみよう。

店主 わはは!いいね!さらに中沢さんの解説が畳み掛けるように続いて、大真面目な内容のなのに、思わず突っ込みたくなるところもあるよ。

ちゃん 次に日本に帰ったらチェックします!

店主 ところでバイトちゃんは、何か並べたい本、ある?

ちゃん スペイン人作家、ガブリ・ローデナスの『おばあちゃん、青い自転車で世界に出逢う』という海外小説を並べたいです。つい最近発売されたばかりなのですが、読んでみたらまぁ、とても良くて……。

おばあちゃん、青い自転車で書影

『おばあちゃん、青い自転車で世界に出逢う』
ガブリ・ローデナス著 宮崎真紀訳(小学館)

店主 あ!私もいま読み途中だよ!表紙がかわいいよね。

ちゃん 90歳という年齢で大きな欲もなく、与えられるものに感謝しながら生きてきたおばあちゃん。そんな彼女のもとにある日、何十年も前に家出した息子が亡くなってしまったこと、そして孫がいたという知らせが入る。それを知ったおばあちゃんは、自分の人生にケリをつけるために、手がかりは無いけれど、青いおんぼろ自転車に乗って孫を探しにいく決意をします。

店主 うんうん。

ちゃん 道中では、妊娠したことを両親に言えずに家出した少女、騙されて途方に暮れている作家、妻に先立たれて前を向けずにいる老人など、うつむいている人たちにたくさん出会う。そんな他人である彼らに対し、愛や運命、時間についてを語るおばあちゃんの人生観そのものが哲学のようで、言葉が一つ一つ胸に刺さりました。

店主 いいねぇ。私、一昨年アラスカ行ったことで人生観が変わったんだけれど、オーロラとか自然を見たことだけじゃなくて、一人旅だったから、道中何度も自問自答したことも影響してるのかもなって、今ふと思ったよ。バイトちゃんも、ベトナムに住んでることで得ていることはたくさんありそうだよね。

ちゃん 私はベトナムという土地でというよりも、いろんな国の人と関わることが増えたことで、価値観がかなり変わってきたかもしれません。

店主 あぁ、ソクラテスも「対話」を大切にしていたって書いてあったな。自分とも、他人とも、話したり考えたりし続けることが大切なんだね、きっと。

ちゃん なるほどなぁ。知らぬ間に哲学を身につけているのかもしれないけれど、ちゃんと知ることで自分の考えを深めてみたい!

店主 うん! 私も! フェア、楽しみだね!

※本記事は『小説すばる』2021年5月掲載分です。第13回は『小説すばる』2021年6月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/

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